地域創造

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地域創造レター

News Letter to Arts Crew

3月号-No.035
1998.03.10(毎月10日更新)

●新理事長あいさつ

●クローズアップ

日本初の音楽専用ホールの歩み〜神奈川県立音楽堂

●制作基礎知識シリーズ Vol.3 <演劇編(3)>


新理事長就任あいさつ

どうぞよろしくお願い申しあげます。
 
 私は、自治省の財政局長としてこの財団の設立準備に携わっており、今回の理事長就任については格別の感慨がございます。
 
 振り返りますと、課長時代から、地方団体がもっと自立性、自主性をもって地域づくりができればいいなあと考えておりまして、地域の人たちが自分で企画して自分で実施できる財政システムの開発と整備に取り組んでまいりました。その中で一般にも有名になったのが「ふるさと創生1億円事業」です。
 
 こうしたさまざまな制度を活用していただく中で、地域に立派な文化施設もたくさんできました。使われていないと批判する人もいますが、地域が自主的に施設選択をする中で市民が育つということもあるわけです。卵が先か鶏が先かではありませんが、箱がソフトを育てるところもあります。とはいうものの、遅れているソフトの充実に対する支援の必要性も痛感しておりました。
 
 それで1年半の準備期間を経て立ち上げたのが、この財団法人地域創造です。当時は、地域にいいものを安く提供することと、芸術文化を担当する職員の人材育成に力を入れる必要を感じていました。今回着任してみて、この3年間、地域の皆さまのご協力により、期待に違わぬ活動が行われていたのを知り、大変嬉しく思っております。
 
 特に私が大切だと思っているのが、人材育成です。地域創造にも年2回の研修事業(ステージラボ)があり、数百人の卒業生が全国で活躍していると聞いています。何についても言えることですが、行政とか施策とか言っても、基本はすべて人です。人を得ないと飛躍的な発展はありません。地方分権にも関係してきますが、分権が進めば進むほど、自分たちで決められることが増えていくので、すばらしい指導者と情熱があれば、いろいろな発展が考えられるようになります。そのためにも、市町村に人材がたくさんいなければいけないのです。
 
 ただ、人材育成はマニュアルでやれることではなく、非常な情熱家がいるとか、誰かがどこかで力を入れないとできません。例えば、毎年夏に行われている「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」というのがあります。これは、指揮者の小澤征爾さんの活動のすばらしさもありますが、これを実現するために、松本市、長野県は大変な努力をしたと思います。型通りに仕事をしていたのでは、こうしたものすごいエネルギーのいることはできなかったでしょう。つまり、こういう大変なことをやろうというところに、人は育つのです。我々としては、こういう人たちを少しでもバックアップできる仕組みを考えていきたいと思っております。
 
 芸術もスポーツも基本は同じで、感動するということではないでしょうか。感動するとは、自分の感覚に非常に素直になれるということ。これは人間の基礎だと思います。人によって好き嫌いがあるので、何に対して感動するかは違いますが、人生は自分を感動させてくれるものを探す旅のような気がします。もし、住んでいる地域によって感動するチャンスに恵まれないとしたら、それは淋しい。どこにでも出会いがあり、誰でも感動の担い手になるチャンスをもてるような地域づくりがしたいものです。
 
 日本は、戦後50年で世界に冠たる経済大国になりました。国民所得が上がり、人々の欲望が多様化した。それに連れて、行政に対する要望も多様化してきました。これからは、中央に依存しないで、地域が自分たちで欲求を掘り出し、自分たちで決めて、自分たちで責任を担っていくことが求められています。芸術文化の施策についても、同じことが言えるのではないでしょうか。これまでのように建物づくりで終わるのではなく、市民と一緒にソフトづくりについて考えていただければと思います。微力ながら財団もお手伝いできれば幸いです。
(聞き手 坪池栄子)

●遠藤安彦(えんどう・やすひこ)
 
  昭和15年(1940年)生まれ。中学時代はバスケット、大学時代はゴルフとスポーツ好き。91年からはじまった自治省と韓国内務部との日韓内政交流事業がきっかけとなり、韓国語の勉強をはじめたそうです。今では高校生の教科書が読めるほどで、「日本語の語順と同じで英語よりよほど覚えやすいよ」と勧められました。イタリア旅行のためイタリア語も勉強中とのこと。ちなみにクラシック音楽ではモーツアルトよりベートーベン、CDよりライブ。「21世紀は情報問題が大切になるので財団でもそこを勉強したい」そうです。
 
1998年1月に自治省事務次官を退官、2月1日に財団法人地域創造理事長就任。

クローズアップ

日本初の音楽専用ホールの歩み〜神奈川県立音楽堂

 神奈川県立音楽堂のオープンは、まだ戦争の面影の残る1954年。横浜港を望む丘の上に、県立図書館とともに開館しました。地方公共団体が開設した日本で初めての音楽専用ホールで、世界一の音響を誇るとされた英国のロイヤル・フェスティバル・ホールをモデルとして、前川国男氏が設計にあたりました。
 
 現在でこそ公立の専用ホールが多数建設されていますが、当時としてはまさに画期的なできごとでした。それを支えたのは、当時の神奈川県知事、内山岩太郎氏と、鎌倉在住の音楽家評論家、野村光一氏です。外交官として海外に赴任経験もあった知事は、戦後の荒廃した時期にこそ、質の高い文化事業を実施、提供していく専門性の高い施設が必要だと考え、音楽ホールの建設を計画。知事の発案を受けて、52年、野村氏を中心に音楽家による諮問機関「神奈川県音楽家懇話会」が結成されます。音楽ホール建設に熱意を燃やした専門家たちが、設計から運営方針にいたるまで、協議を重ね、提言を行い、音楽堂が誕生したのです。
 
 しかし、県議会から『運営は音楽だけに偏らないように』という要望を受け、条例上は多目的ホールとして位置づけられることになります。それに対し、野村氏等により組織された運営協議会は、専用ホールとしての運営理念を提示。音楽堂は、音楽に絞った自主事業を実施してゆきました。その中で55年から現在まで続いている長寿自主事業が「特別演奏会」です。
 
 「特別演奏会」は、海外の一流の演奏家を招聘して開催する事業で、これまでウラディミール・アシュケナージ、スビャトスラフ・リヒテルなど世界の巨匠たちがその舞台に立っています。同じく55年に始まった「音楽鑑賞の夕べ」では、レコード演奏+講話、実際の演奏+講話など、現在でいうレクチャー付きコンサートを実施、新しいファンを開拓してきました(94年に終了)。最近では専属室内楽団「アンサンブル神奈川 in 音楽堂」の活動、現代音楽のシリーズなど、常に新鮮な話題を提供していますが、特に94年に始まった「神奈川芸術フェスティバル」では、独自の視点でのプログラムづくりが注目を集めています。
 
 こうした自主事業に加えて、音楽堂のもう一つの特徴となっているのが、音響2名、照明2名、ステージ係3名の専属舞台技術の存在です。音楽堂の響きを熟知したスタッフが、演奏会の時に丁寧に楽器の位置や出のタイミングをアドバイスしてくれるため、アマチュアにとっても利用しやすいホールとして親しまれてきました。こうした蓄積の結果、1960年頃からは音楽専用ホールのイメージが定着。その後、ほかのホールとの役割分担も進み、現在ではクラシックを中心に音楽関係の利用が約90パーセントを占めています。
 
 音楽堂で忘れてならないのが、充実した音楽資料の存在です。開館以来、自主事業、貸館を問わず収集しているすべてのコンサートのチラシとプログラムを綴ったファイルは圧巻で、戦後日本の西洋音楽史を辿る貴重な資料となっています。自分たちの活動史を編纂したいと音楽堂に資料を借りにくる団体もあるそうです。66年にはレコードプレーヤー、辞典、図書、楽譜、レコードなどを備えた音楽資料室を開設(現在は図書館に移設)。研究者、愛好家に幅広く利用されています。
 
 92年の秋、県立音楽堂・図書館を取り壊し、紅葉ヶ丘に新しい形の総合文化施設を建築する「かながわ文化施設21世紀構想」が浮上しました。しかし、建築家は歴史的な建築物として、演奏家は音響の素晴らしさ、市民は、自分たちの歴史を刻んできた場所への思い入れから、建て替えに反対。結局、バブル崩壊の影響もあり、全面的な立て替えではなく、21世紀の文化施設として相応しい改修を加えた上で、保存されることになりました。
 
 今、音楽堂のある丘からは、ランドマークタワー、クイーンズスクエアなどみなとみらい21地区として急速な変貌をみせている横浜港が望めます。今年2月には横浜市文化振興財団の運営する新しいコンサートホールもオープンします。音楽堂がこれまで築いてきた歴史の上に、21世紀、どういった役割を果たしていくのか。改めて注目されるところです。


●神奈川県立音楽堂
[施設概要]木のホール(収容人員1106人/固定席1054席)、
リハーサル室1室、控室5室ほか
[所在地]〒220-0044 横浜市西区紅葉ヶ丘9-2
 

  平成8年度 開催種目別利用状況(回数)図へ


制作基礎知識シリーズ Vol.3

演劇公演を実施する(3) 演劇制作のフロー

講師 坪池栄子(文化科学研究所プロデューサー)
 
  演劇の制作基礎知識シリーズの最後として、実際に公演を実施する場合の基本的な業務の流れについて押さえておこう。公立ホールが主催する演劇公演には、大きく分けて2つのパターンがある。1つが、制作団体から一定価格でステージを買い取るパッケージ事業、もう1つがホールの職員自ら企画・制作を担うプロデュース事業である。今回は以上の2つについて整理する。


●パッケージ事業の場合
 
  パッケージ事業の流れは、基本的に音楽コンサートと同じである。つまり、1ステージを一定価格で購入、主催団体としてリスクを負って公演し、動員に関わる広報・宣伝・チケット販売業務をホール側が担うというものだ。

◎制作団体との直接交渉
 
  ただ1点大きく異なるのが、演劇ではビジネスにならないため、プロモーターのように地方公演のブッキングを請け負う専門業者がいないということ。したがって、プロモーターが営業に回ってきて仲介することはなく、ほとんどが制作団体との直接交渉になる。
 
  このシリーズの1回目でもふれたが、演劇業界は歌舞伎から小劇場まで多様なジャンルが混在している上に、それぞれ別の制作団体を組織しており、ジャンル毎に異なった商習慣をもっている。例えば、同じ俳優でも商業演劇と自分が所属する劇団の地方公演とでは、待遇もギャラも雲泥の差になる。
 
  制作部や営業部が比較的しっかりしている商業演劇や大手新劇団ならまだしも、小劇場系の劇団の場合、主宰者(その集団の作家、演出家、俳優を兼ねている場合が多い)と直接交渉になったりもするので、ホール職員にある程度の業界知識がないと、判断できないことも多いのではないだろうか。ただ、一旦、制作現場の人と信頼関係が築ければ、次回以降の交渉はかなり容易になる。


◎難しいプログラム選び
 
  パッケージ事業をセットするための情報源が、皆さんよくご存じの公文協資料(*1)である。再演ものや地方営業用プログラムが中心で、新作や商業的にもヒットしそうな生きのいい作品については、東京公演を見て、制作団体や劇場の人と直接、情報交換する必要がある。マスコミ系の俳優は公演の数カ月前でないと出演が決まらないなど、制作スケジュールが不安定な分、数カ月前で地方公演がセットできるケースもあり、ともかくまめに情報収集するのが一番である。
 
  基本的な情報不足に加え、CDやTVなどで日常的に触れられる音楽と異なり、演劇は市民の経験知が少ないため、適切なプログラムを選ぶのが極めて難しい。定評のあるカンパニーでも作品ごとの出来、不出来が激しいし、娯楽として楽しめるものならまだしも、古典以外は、プログラムを選ぶ基準がもてていないのが現状だろう。
 
  はっきり言って、観客づくりから始めるしかないと思う。そのためのプログラムのひとつとしてワークショップ(雑誌「地域創造」創刊号で特集)が注目されているが、観客づくりは各地域の実情とダイレクトに関わる課題なので、必要に応じて専門家を個別に招聘し、プログラムをオーダーメードする必要がある。
 
*1 公文協資料
社団法人全国公立文化施設協会発行の「公演事業資料」のこと。協会加盟の公立文化施設向け運営参考資料として毎年8月に翌年の催し物の案内をしている。希望者には4200円で特別頒布。


◎ツアーが前提のパッケージ事業
 
  前号でもご紹介したように、演劇鑑賞会では、10数団体が同じ舞台を共同購入して、30ステージ程度のツアーを組み、1ステージ当たり200万円見当の価格を実現している。しかし、これが1地域、1ステージの単発公演になると、同じ舞台の価格が何倍にも跳ね上がってしまう。
 
  劇団四季、ふるさとキャラバン、スイセイ・ミュージカル、一人芝居を専門に制作しているトム・プロジェクトなど、積極的な地方営業を行い、自力でツアーを組んでいるところは別として、現状では鑑賞会による共同購入や文化庁の鑑賞教室の類を除き、こうしたツアーを組むことがほとんどできていない。ツアーが組めなければ、ステージ価格は高くなり、パッケージ公演は実現しない。
 
  ホールとしては、共同購入のパートナーを見つける、何らかのツアーに便乗する、あるいは1週間公演、1カ月公演が自力で打てる動員力をつけないと、パッケージ事業を行うことさえ難しい。小劇団系の公演を積極的に招聘しているホールもあるが、地元の鑑賞会のプログラムとバッティングしない、地方で見る機会が少ないというだけでなく、カンパニーが小さく、商業ベースではないので比較的安価なのが大きな理由ではないだろうか。


●プロデュース事業の場合
 
  図1が演劇プロデュースの基本的な流れである。紙面がないので詳しく解説することはできないが、プロフェショナルな制作実務については東海大学出版会発行「芸術経営学講座3 演劇編」、芝居のつくり方については伊藤弘成著「THE STAFF」が詳しいのでそちらを参考にしていただきたい。


◎プロデューサーの必要性
 
  図の(1),(2),(3)のすべてを責任もって統括するのがプロデューサーである。日本の場合、資金調達まで行う独立プロデューサーは例外的で、基本的には、予算内で、一定の権限と責任をもつ契約(社内)プロデューサーが多い。公立ホールが自ら演劇制作を行う場合、このプロデューサーが非常に重要になる。
 
  演劇を制作するには長期にわたる多数の専門家の共同作業が必要となる。予定通りの制作費、日程で作品を仕上げ、事業目的を達成するには、現場経験が豊富で、全体を把握し、責任もって判断できる司令塔の存在が不可欠である。通常のホールの指揮、命令系統では対処できないということを肝に命じ、事業目的に応じたホールとしてのガイドラインを策定した後は、現場実務の責任者を任命して事にあたる必要がある。
 
  創作者(演出家など)にすべてをまかせるケースがあるが、創作者とプロデューサーはあくまで別の職能。創作同人的なカンパニーで創作者が全リーダーシップをとる慣習があるために混同するのだと思うが、公立ホールが公演をプロデュースする目的は作品をつくることだとは限らないので、事業目的と照らして、人選することが必要である。


◎市民参加事業の場合
 
  市民参加事業では、演劇制作のどの段階に市民が関わるかや、プロフェショナルの参加の有無によって、公立ホールが担う業務の内容が変わってくる。
 
  この場合、現実にはホール職員(もしくは市民)がプロデューサーの役割を担うことになるが、名目上、実行委員会が主催することも多く、それがあまり自覚されていない。プロよりもアマチュアが参加する事業の方が、プロデュース業務は手間暇がかかることに留意すべきである。
 
  ちなみに市民の関わりについては、企画立案から創作に関わる市民創作型、営業・舞台製作に関わる制作サポート型、公演実施に関わる運営サポート型の大きく3タイプがある。
 
  市民対応を考えていくと、公立ホールが公演をやるだけでなく、研修会やワークショップや会員事業などさまざまな事業がやれる場所だというのがわかってくる。必要に応じてノウハウを獲得していただきたい。


●制作基礎知識シリーズVol.3主な参考文献
「日本演劇全史」河竹繁俊著
「帝国劇場開場」嶺隆著
「日本の現代演劇」扇田昭彦著
「ぴあ」(1972年〜90年)
「戦後史大辞典」
「文化イベントデータファイル年鑑」
「芸術経営学講座3演劇編」東海大学出版会
「劇団経営実態に関する調査研究」
「地域アーツメディアネットワーク設立準備のための調査研究」

  図1 演劇制作の流れへ

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