3月号-No.083
2002.03.10(毎月10日更新)
●今月のニュース●制作基礎知識シリーズVol.15●ステージラボ佐世保セッション報告初の修了証書授与、ネットワークづくりを目指した佐世保セッション 今回の会場は、今年市制100周年を迎えた佐世保市の大規模複合文化施設アルカスSASEBOです。2000人収容の大ホール、クラシック専用の中ホール、イベントホールと生涯学習施設を集約した市の新しいシンボルで、昨年3月に開館したばかり。期間は2月5日からの4日間で、ホールマネージャー、ホール入門、演劇、音楽の4コースが開講され、北海道から鹿児島県まで、計60名の受講生が研修漬けの日々を過ごしました。
●ホール入門コースの目玉は文化サロン コーディネーターの個性が光るカリキュラムで人気のホール入門コース。今回は、演劇評論家でNPOの代表でもある衛紀生氏の人脈をフルに活かした多彩な講師陣が並びました。特に、2日目と3日目にゲストを囲んで交流会形式で開かれた番外ゼミは、「ラボ版文化サロン」とでも呼びたくなるような贅沢な時間となりました。まず、2日目が「市民参加」をテーマにしたサロンで、小学校での演劇ワークショップや市民参加劇に力を入れている音更町文化センター館長の五十嵐隆男氏、金沢市民芸術村の初代演劇工房ディレクター青海康男、金沢に倣って繊維工場を改装した練習施設「AMIGO」をオープンしたばかりの埼玉県入間市市民部の守屋俊久氏、市民参加によるホール運営を行っている知立市文化会館館長の伊豫田静弘氏がゲストで並ぶと、まるでシンポジウムでも始まりそうな雰囲気に。小さなテーブルに分かれてのざっくばらんな交流で、「建物ができる時に市民は誰でも好きなときに自由に使えるという甘い夢を見るけど、現実はそうではない。ここを誤解のないように伝えなければ‥‥」といった本音談義があちこちで沸き上がっていました。
◎高本直人(ホール入門コース・新高松市民会館整備課・香川県) 平成16年の春に開館を予定していますので、事業の参考になればと思い参加しました。僕自身は開館準備に関わって約2年になります。その前は芸術文化には全く縁がなくて、楽器の名前もわからない体育会系で用地買収とかやってました。でも僕みたいなのが楽しく思えることをやれば、興味のない人にも興味をもってもらえるんじゃないかと思って、今は少しずつ知識を蓄えているところです。ラボで一番印象に残ったのが、舞台の上でいい演目をやることが重要なのではなく、常に市民に来てもらうための仕掛けをつくることが大切だということ。見に来る人だけを対象にするのではなく、それ以外の人をどうやって巻き込むかを、これから考えていきたいと思います。 ●内藤裕敬(南河内万歳一座代表)コメント 演劇の創造現場に行政が関わる場合、行政のシステムにも問題はあるが、演劇人の方も創作姿勢を問われているというのが今の状況。現代の演劇は、「作家の時代」からテキストを解体する「演出家の時代」、反新劇を掲げた「劇団の時代」を経て、90年代のプロデュース演劇の時代、つまり「俳優の時代」へと移ってきた。しかし、僕は、もう一度、「劇団の時代」が来ないとダメなんじゃないかと思っている。演出家というのは現場からしか育たないので、新しいグループが出てこないと、新しい演劇が頭打ちになる可能性がある。これからは「地域」と「劇団」がお互いに協力して演劇をつくれるような環境ができない限り、新しい演劇の可能性を秘めた「劇団の時代」は来ない。この環境がつくれるかどうかは、演劇にとってとても重要なことだが、それが地域にとってどういう意味をもつかは、地域が選択すべき問題だと思う。 ●ステージラボ佐世保セッション・スケジュール
◎ホールマネージャーコース 細川紀彦(金沢市民芸術村村長) ◎ホール入門コース 衛紀生(演劇評論家、NPO法人舞台芸術環境フォーラム地域演劇マネジメントセンター理事長) ◎演劇コース 大楽亮(兵庫県立尼崎青少年創造劇場) ◎音楽コース 坪能克裕(作曲家、サンシティ越谷市民ホール芸術監督) 制作基礎知識シリーズVol.15 文化政策に関する法律知識(2)●文化振興条例について講師 小林真理(静岡文化芸術大学文化政策学部 講師) 自治体が文化政策を行っていく上で根拠になっているもののひとつに「文化振興条例」があります。今回は自治体が主体的に制定している文化振興条例について詳しく見てみたいと思います。 ●前提としての地方自治法 前回も述べましたが、昨年末に「文化芸術振興基本法」が制定される前は自治体が文化政策を行う責務はありませんでした。ただし、2000年に「地方分権一括推進法」が制定される前の「地方自治法」第2条において、地方自治体の事務として、3項(5)に「…図書館、公民館、博物館、体育館、美術館、物品陳列所、公会堂、劇場、音楽堂その他の教育、学術、文化…に関する施設」を設置、管理し、または「これらを使用する権利を規制し、その他の教育、学術、文化…に関する事務を行うこと」と規定されていました。 それが地方分権一括推進法により地方自治法が改正され、地方自治体は「住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する」役割を担うようになりました。ここでの福祉とは社会福祉などの狭い意味ではなく、広く住民の「幸福」と考えた方がいいでしょう。つまり、住民がその地域に住んでいて、幸せを感じたり、ずっと住み続けていたいと思えるようにすることが、地方自治体の任務なのだと言えます。その意味で、ここに地方自治体が文化政策を行う根拠を読みとることもできます。 ●文化振興条例とは 「文化芸術振興基本法」が制定される以前において、地方自治体が国法に根拠のない自治体における文化行政や文化振興を自治体政策のひとつとして位置づけるために制定したのが「文化振興条例」です。 言うまでもなく、法律、条例、いずれも住民ないしは国民の代表議会の議決を経て制定されるものですが、法律が全国的に通用するものであるのに対し、条例はその自治体の区域のみで通用するものです。無論、条例と法律の間に矛盾があってはならないので、条例の制定は憲法第94条で「法律の範囲内で」認められると定められています。 自治体における文化振興条例の先駆けは、1983年に東京都で制定された条例です。その後、秋田県秋田市(83年)、三重県津市(84年)、神奈川県横須賀市(85年)、熊本県(88年)、北海道(94年)、福岡県太宰府市(97年)、北海道士別市(98年)などでも制定されています。文化振興マスタープランもそうですが、こうした文化振興条例の内容は、どの自治体が策定したものも、それほど変わりばえしない定型的なものとなっています。それは、文化の内容については地域の独自性があるのが当たり前とは言え、文化と行政、文化と市民、そして市民と行政のあり方については普遍的に成り立つ原則があるからです。 ●文化振興条例の内容 文化振興条例の内容を見てみると、概ね次のような要素で構成されています。(1)文化振興における原則、(2)振興する文化の概念と区分、(3)行政の責務、(4)施策、(5)施策検討のシステム、(6)実効の担保、です。この6項目に従って主な文化振興条例の内容を比較したのが【表1】です。 表1 自治体における文化振興条例の比較
条例の最初に規定されているのが、「文化振興における原則」です。前回も述べましたが、戦後の文化政策の出発点は文化の創造者を市民・国民においたところにあります。従って多くの文化振興条例でも、市民が文化創造の主体であることが規定されており、そのための行政の不介入の原則が明らかにされています。 この原則の規定において特に優れていると言われているのが、北海道文化振興条例です。その前文は「一人一人がひとしく豊かな文化的環境の中で暮らす権利を有する」というもので、文化権概念を謳ったとも言える内容は他に例を見ないものです。 次に規定されているのが、「振興する文化の概念と区分」です。これには、「芸術文化」「学術」など、振興する対象を示しているものと、「広く市民の文化向上のための諸活動」「自主的な文化活動」などという機能で提示してあるものがあります。実際に施策を見てみると、「芸術文化」「伝統文化」「生涯学習」「青少年のための施策」「まちづくり」「郷土文化遺産」等、文化振興条例の対象範囲が幅広くとらえられていることがわかります。つまり、経済的な豊かさを求めるのではなく、文化的な豊かさを求める人間の「活動」あるいは「成果」の振興を目指すということなのですが、まさにここにこそ地域の独自性や多様性が期待されるところです。 こうした文化振興条例を実効性のあるものとするために規定されるのが、「行政の責務」「施策」「施策検討のシステム」「実効の担保」といった具体的な内容になります。「行政の責務」としては、施策の体系化、基本方針の策定、施策実現のための組織整備などが定められますが、太宰府市の文化振興条例のように「行政の文化化」(第3条)に関する規定のあるところもあります。 ●条例の実効性と効力 条例の内容を宣言的なもので終わらせず、実効性を担保するという観点から見ると、財政上の措置が講じられているか、政策への民意の反映はあるか、が重要なポイントとなります。この点からいっても「北海道文化基金」の設立が規定されている北海道の文化振興条例は優れていると言えます。実際、北海道ではこのところの不況のあおりで文化基金を切り崩して助成するという方策も議会で議論されることがあるそうですが、振興条例の存在が歯止めとなっているとのことです(1999年4月北海道環境生活部文化・青少年室文化振興課長インタビューより)。また、地域によっては別に基金条例を制定しているところもあります。 これまで首長のイニシアティブではじめられることの多かった文化政策は、法的な根拠がないために、首長の交替により政策そのものが中止されることもありました。しかし、議会の議決を経た条例は、さまざまな状況の変化があったとしても政策を継続することができるという意味でとても有効な手段だと言えます。また、内容が例え宣言的であったとしても、当該自治体の目指すべき指標として、担当部局だけでなく、全庁の職員が理解し、実践していくことを求められる点で必要なものです。 ただ、文化振興条例を「つくっただけ、というか話題を提供したに過ぎない」ところがあるのも、事実です。しかし、消極的に捉えるより、条例制定後も市民が積極的に行政に関わって実効性を高めていくなど、市民の側の姿勢も問われてくるのではないでしょうか。文化芸術振興基本法が制定されたのを受けて、文化振興条例の制定を検討する自治体もでてきている中で、文化権の明示、市民参画による制定・評価プロセスの検討など、改めて条例のあり方を考える時期にきているのではないでしょうか。 |