地域創造

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地域創造レター

News Letter to Arts Crew

11月号-No.115
2004.11.10(毎月10日更新)

●今月のニュース

●公共ホール音楽活性化事業
●制作基礎知識シリーズVol.21


平成16年度 公共ホール音楽活性化事業スタート

●全国28地域に拡大し、平成16年度事業シーズン突入

 公共ホール音楽活性化事業(通称:音活)は平成10年度の事業創設以来、市町村、公立ホールから高い関心が寄せられ、本年度は北海道の利尻町を皮切りに、昨年度の約2倍にあたる全国28地域で実施することとなりました。利尻町では、音活登録アーティストとしては珍しいニューオリンズスタイルのブラスバンド、Black Bottom Brass Bandが吹奏楽クリニックやパレードをするなどのアクティビティを行い、好評をいただきました。
 秋から本格的なシーズンに突入し、月に2、3地域のハイペースで年度末まで全国各地で事業を展開します。今月号では、10月に行われた3地域の模様をご紹介します。

公共ホール音楽活性化事業平成16・17年度登録アーティスト
久保田葉子(ピアノ)、佐々木京子(ピアノ)、ピアノデュオDuetwo、神谷未穂(ヴァイオリン)、野口千代光(ヴァイオリン)、永井由比(フルート)、Buzz Five(金管五重奏)、BLACK BOTTOM BRASS BAND(ブラスバンド)、小林厚子(ソプラノ)、菅家奈津子(メゾソプラノ)、宮本妥子(打楽器)、デイヴィッド・ファーマー(クラシックアコーディオン)


平成16年度公共ホール音楽活性化事業開催地
利尻町交流促進施設どんと(北海道)、朝日町サンライズホール(北海道)、七ヶ浜国際村(宮城県)、名取市文化会館(宮城県)、田島町御蔵入交流館(福島県)、深谷市民文化会館(埼玉県)、流山市文化会館(千葉県)、相模湖交流センター(神奈川県)、吉田町公民館(新潟県)、新井総合文化ホール(新潟県)、八尾町コミュニティセンター(富山県)、福井市文化会館(福井県)、多治見市文化会館(岐阜県)、菊川町文化会館アエル(静岡県)、豊橋市民文化会館(愛知県)、木ノ本町スティックホール(滋賀県)、朽木村やまびこ館(滋賀県)、佐田町中央公民館(島根県)、伊方町民会館(愛媛県)、丹原町文化会館(愛媛県)、ユメニティのおがた(福岡県)、なかまハーモニーホール(福岡県)、松浦市文化会館(長崎県)、エイトピアおおの(大分県三重町)、大分市コンパルホール(大分県)、中種子町種子島こり〜な(鹿児島県)、平良市マティダ市民劇場(沖縄県)、名護市民会館(沖縄県)

●地元の資源「越中おわら節」を活用〜八尾町コミュニティセンター(富山県)
 富山県八尾町と言えば、情緒豊かな唄と踊りの「おわら風の盆」であまりにも有名です。そこで9月29日から10月2日まで、ソプラノ歌手の小林厚子さんと伴奏のピアニスト瀧田亮子さんによるアクティビティ&コンサートが行われました。
写真:アクティビティの様子“小林厚子さんのワークショップ。” 初日の9月29日は、地元の子ども合唱団を対象にしたワークショップを実施、小林さんから正しい発声法について指導を受けました。冒頭で合唱団員の子どもが「越中おわら節」の踊りを披露。しなやかでありながら体の軸が通った踊りに、小林さんたちはびっくり。「この踊りの姿勢は、正しい発声の基本にも通じる大切なポイント。発声の時も、足のモーターから送られた空気がすーっと体内のホースを通るような感覚を心がけてください」とアドバイスしていました。
 音活を担当したのは、教育委員会事務局の川口奈央子さん。昨年度まで健康福祉課に所属していて、高齢者に接する機会の多かった川口さんは、町が在宅高齢者の孤独解消や自主的生活支援を目的に行っている講座と連携したアクティビティを提案。10月1日には健康福祉施設でのミニコンサートを実現しました。
 無事事業を終えた川口さんは、「企画の立案に当たっては、各方面との調整で悩み、暗闇を探るようなときもありました。でも、今思えばコーディネーターの方もいて、どんなことでも相談できる幸せな環境だったと実感しています。今後は、音活を通じて交流をもった人たちとのネットワークを大切に活かしていきたいと思います」と話していました。

●園児、中学生、高齢者と幅広いアクティビティ〜なかまハーモニーホール(福岡県)
写真:アクティビティの様子“子どもたちから花束を受けるBuzz Fiveのみなさん。” 北九州市に隣接した中間市では、吹奏楽が盛んなこともあり、金管五重奏のBuzz Fiveを招いて、10月1日から3日まで事業を行いました。なかまハーモニーホールがアウトリーチを行うのは今回が初めて。できるだけいろいろな人に体験してもらいたいと、市立さくら保育園(0〜5歳児対象)、市立中間東中学校(吹奏楽部)、県立中間高校(吹奏楽部)、老人ホーム智美園(デイサービス利用者)でのアクティビティを実施しました。
 保育園では、一緒に歌いたがった園児から、「もっとゆっくり弾いて」とリクエストされる場面も。スライドで絵本を写しながらの演奏では、音楽だけで物語をイメージ。園児たちからはいろいろな感想が飛び出し、子ども時代に戻ったような温かい交流になりました。
 また、中間高校での楽器クリニックでは、事前アンケートで集めた質問に、「自分で“演奏家”だと宣言しちゃえば、もう立派な演奏家!」「アンサンブルのタイミング合わせはいつもだいたいで…要は慣れです(笑)」などとメンバーが独創的に(?)回答、笑いを誘っていました。最終日のコンサートには、東中学出身のサックスプレーヤー、楠本理規さんも出演。アクティビティに参加した中高生や智美園の方も多数訪れ、その盛り上がりぶりには、担当の太田環さんも「事業課、管理課といった枠を越えて、こうした事業に取り組んでいければ」と、確かな手応えを感じたようでした。

●一緒に演奏する喜びを伝えたピアノデュオ〜ユメニティのおがた(福岡県)
 福岡県直方市は、昭和初期まで筑豊地区の石炭を運び出すためのSL基地として栄えたところ。音活に参加したユメニティのおがたは、その鉄道跡地に2000年にオープンしました(大ホール1031席、小ホール250席)。そこで10月7日から9日までアクティビティ&コンサートに挑んだのは、木内佳苗さんと大嶋有加里さんのピアノデュオ、Duetwo(デュエットゥ)です。
 事業を担当した津田克之さんは、ステージラボ大分セッションの時に小学校でのアウトリーチを体験したのがきっかけで音活に応募。ホールに2台あるグランドピアノを使ったコンサートができればとDuetwoを招いたそうです。
写真:アクティビティの様子“小学校でおもちゃピアノの速弾きを披露したDuetwo” 市内の小学校4校で実施したミニコンサートは、「身近なところにクラシック音楽があることを知って欲しい」と運動会の曲としてお馴染の『天国と地獄』でスタート。一人で弾いているかのように二人が息を合わせるモーツアルトの『ソナタ第一楽章』、逆に、楽しい音、哀しい音、激しい音がぶつかり合うビアソラの『リベルタンゴ』と、デュオならではの多彩な演奏を披露しました。特に子どもたちの心をとらえたのが、おもちゃのピアノの速弾き。小さな鍵盤の上を撫でるように指が動くと、ピアノからまるで魔法にかかったような軽やかな音楽が流れ出し、子どもたちも先生も、ポカンとした顔で聞き入っていました。
 今回のアウトリーチでメインイベントとなったのが、子どもたちの描いた町の風景画をもとに大嶋さんが作曲した直方のためのオリジナル曲の発表です。「これからその曲を弾くから曲名を考えてください。これからもいろいろなところで演奏するし、CDにも収録します!」と、大嶋さんから大役を仰せつかったのは、上頓野小学校の6年生。演奏が終わった途端、「いつもやさしい直方」「夕方の帰り道」と自然にタイトルが口をついて出る……。「考えながら聞かせるのが目的だった」とは言うものの、子どもの素晴らしいインスピレーションに脱帽した瞬間でした。
 「アウトリーチをするのに“デュオって何だろう”と改めて二人で考えたのですが、結局、一緒に演奏するのが楽しいってことなんですよね」と木内さん。こうしたデュオ・マジックからか、ミニコンサートが終わると、「ピアノに触りたい、弾きたい」という子どもたちでピアノはあっという間に囲まれ、『猫ふんじゃった』の演奏会に。
 「心をひとつにすれば何人でも何でもできることがわかりました」という感想に、デュオによるアウトリーチの成果が集約されているような音活でした。

公共ホール音楽活性化事業に関する問い合わせ
 芸術環境部 小澤・中俣 Tel. 03-5573-4074


制作基礎知識シリーズVol.21 邦楽の基礎知識(3)


●現代邦楽の動向
 講師 奈良部和美(ジャーナリスト)
 欧米音楽とのミックスで新たな魅力を獲得した現代邦楽

●現代邦楽の歩み
 明治維新と共に邦楽の近代化は始まった。欧米の音楽に刺激され、声を伴った従来の演奏様式から楽器を解放し、洋楽の演奏スタイルや作曲法を採り入れた演奏様式の革新と楽器の改良が始まる。そのひとつの結実が、昭和初期の宮城道雄らによる新日本音楽運動だ。そして1960年代半ばには、邦楽に現代音楽の手法を導入した「現代邦楽」が第一次ブームを迎える。横山勝也の尺八、鶴田錦史の薩摩琵琶とオーケストラによる武満徹作曲の『ノヴェンバー・ステップス』や、尺八奏者山本邦山がジャズに挑んだ『銀界』は、西洋音楽と邦楽の枠を超えた新しい音楽の誕生を告げ、若い聴衆の心をつかんだ。現在、40歳代、50歳代の演奏家には、この衝撃から邦楽の道を選んだ人も多い。
 90年代に入り、「邦楽ニューウェーブ」によって再び邦楽が注目されるようになる。ワールドミュージックの流行を経て、若手演奏家がポップスなどの手法を取り込み次々にバンドを結成。当時、マスコミが話題にしていたバンドブームの流れに乗り、テレビにも進出したが、衰退したのも早かった。一方、実力のある若手演奏家たちは、同世代の聴衆をつかもうと模索し続けていた。義務教育で平均律を学び、欧米の音楽を聞いて成長した彼らにとって、邦楽と洋楽の区別は希薄で、共に聴くに値する音楽であり、表現手段であることに変わりはない。
 例えば、津軽三味線の木下伸市は、民謡界の反逆児といわれた伊藤多喜雄のバックバンドにいる頃から、座って演奏するものだった三味線をストラップで肩から下げ、ギターのようにかき鳴らし、三味線や和太鼓、ギター、ドラムスなどで構成するロックバンドにも参加した。三味線の伴奏で人情話や任侠道を語る浪曲師の国本武春は、「三味線ロック」と称して、黒眼鏡にジーパン姿で登場し、エレクトリック三味線を使って弾き語りを行い、絶滅寸前といわれた浪曲に新しい聴衆を呼び込んだ。長唄三味線の「伝の会」や能楽囃子方の一噌幸弘は、歌舞伎、能といった古典の舞台を勤めつつ、独自のライブ活動を展開して幅広いファンを獲得している。
 邦楽ニューウェーブから生まれた動きを助走に、90年代の終わりにかつてない変化が現れる。これまで邦楽に興味のなかった人たちにもアピールする、芸能界で活躍するスターが誕生し、第二次邦楽ブームが始まる。
 先駆けといえるのが、雅楽の篳篥(ひちりき)奏者・東儀秀樹だ。宮内庁楽部で雅楽を学び、退職して篳篥のソリストとして活動を始めたが、癒し系音楽ブームに乗って多くの若い女性ファンをつかんだ。貴公子然とした容貌も手伝ってテレビドラマに出演し、写真集も出版されるなど、邦楽界では前代未聞の売れっ子になる。また、黒紋付に袴という伝統的な衣装に、髪を茶色に染めた津軽三味線のデュオ、吉田兄弟の売れっ子ぶりも邦楽関係者を驚かせた。
 成功の一因は売り込み方法にある。多くの邦楽の演奏者は自分でマネジメントを行なっているが、東儀も吉田兄弟もマネジメント会社に所属し、レコード会社が積極的にPRに関与している。2つの成功例によって、邦楽もやり方次第でブームを生み出す素材になることが証明され、レコード業界も「邦楽は売れる」という認識に立って、積極的な新人発掘に乗り出した。
 2000年に入ると、成果が出始め、尺八の藤原道山や津軽三味線の上妻宏光のように、若く、美形で恰好いい演奏家がテレビを通じて知られるようになり、マスコミに登場した演奏家のコンサートには大入りが続く。津軽三味線奏者・木下伸市のドキュメンタリー番組や、上妻宏光の密着ルポの出版が続き、ゴシップでスポーツ新聞を賑わせる演奏家も現れた。
 演奏の善し悪しより見た目偏重のブームとの批判もあるが、ジャズにたとえられる即興演奏を特徴とする津軽三味線は、木下、上妻の超絶技巧が恰好よさに結びついているのであり、彼らを目指して演奏家を志す若者が増えるという手応えのある成果も見せている。
 こうした変化の背景には、自国の文化を再発見しようという風潮がある。加えて、ワールドミュージックの流行により、欧米音楽志向に陰りが出たことも大きく影響している。どんな民族の音楽も自分の感性で聴くようになった人々によって、日本の伝統音楽は、ブルガリアンヴォイスやインドネシアのガムランのように新鮮な音楽として発見されたのである。

●邦楽の義務教育化など激変する環境
 時代に呼応するように教育行政も変わっていった。98年、文部省(現文部科学省)は学習指導要領を改訂し、2002年度から中学校の音楽授業で和楽器を教えることを義務付けると共に、小学校でも日本の音楽、和楽器を積極的に教材に使うことを指導目標に掲げる。音楽教師になるためには、日本の伝統的歌唱と和楽器を大学で必修科目として履修することが求められるようになったのだ。130年ぶりといわれる音楽教育方針の大転換に、専ら西洋クラシックを学び、教えてきた教育現場は意識改革を迫られている。
 この変化にいち早く反応したのが楽器業界である。ヤマハなどの大手企業も参入し、楽器の開発が盛んに行われた。伝統工芸ともいえる和楽器は非常に高価であり、自然素材でつくられていて、補修も容易ではない。加えて、製作者は零細な企業が多く、学校の需要を満たす規模ではない。そこで、安く、手入れが楽で、大量に提供できる楽器の開発が必要となり、新和楽器とも呼べるさまざまな楽器が開発されている。

●流派の壁を超えた活動が活発化
 邦楽は長く、芸風を伝える核となる「家元」を中心に、弟子たちによる「流派」によって伝えられてきた。無形の文化を変わらぬ形で伝承する手段として有効だったが、そのために同じ楽器でも流派が違えば楽譜の記譜法も違い、他流の演奏家と演奏できない制約もある。ひとくくりに古典曲といっても、流派により演奏できない曲があるなど、家元制度は邦楽の音楽的発展を阻む要因のひとつにもなっていた。
 しかし、若手演奏家の台頭とともに流派の壁を超える動きが活発になっている。近頃、その象徴ともいえる出来事が、尺八界で起こった。従来、虚無僧寺で伝承されてきた古典本曲の演奏は琴古流など一部の流派以外では許されていなかった。しかし、古典本曲は演奏家が一度は演奏したい曲であり、希望が絶えず、ついに都山流が琴古流の演奏家を講師に招いて、勉強会を開くことに成功したというのだ。
 若手の活躍、邦楽専門のライブハウスの誕生、伝統楽器と伝統的発声を主体にした作品が対象の「国立劇場作曲コンクール」の継続的開催など、ここ数年、邦楽界には“疾風怒濤の時代”といえるほどの変化が訪れている。しかし、マスコミと大衆の興味は、まだ古典の世界にまでは届いていない。関心が高まったといっても、箏や尺八でビートルズやロックを演奏することが注目される段階であり、楽器を習う愛好家は箏も尺八も減少している。「古典こそ面白い」と尺八奏者の山本邦山は言うのだが、現代曲は巧みでも古典の弾けない演奏家も現れている。新しい動きの実体は、欧米音楽とのミックスに留まっているというのが現実であり、伝統に立脚し、現代を表現する邦楽の模索は道半ばである。


 最後に、ホールでの邦楽公演についてふれておきたい。人気のある邦楽演奏家の公演はコンサートホールで行われることが多いが、日本のホールの多くは西洋クラシックを基準に音響設計されているため、古典・現代曲を問わず邦楽には残響が長すぎる。声を伴う演奏は銭湯で聞く輪唱のように聞こえ、三味線はバチの打撃音ばかりが強調されるほか、シンセサイザーなど音の大きい楽器との共演では、PAを使っても邦楽器の音は聞きづらくなりがち。邦楽の魅力を聴衆に伝えるにはホールと楽器の相性を探る努力が必要だ。
 邦楽界は保守的な世界と考えがちだが、進取の気性に富む演奏家は多い。企画段階から協力を仰ぎ、ホールの特性を生かした演奏会を組み立てることは可能だ。さらに、出演を依頼する演奏家の実演は必ず聞くことをお勧めする。場所を問わず、音楽の魅力を伝えるために、音響をはじめ彼らが凝らす工夫を体験できるからだ。邦楽や古典芸能を主体に設計されたホールの演奏会では、会場の使われ方を知ることができる。

*1 ちなみに、より豊かな音を目指す演奏家の欲求を満たすための楽器の開発はそれ以前から行われており、1990年に開発されたエレクトリック三味線「夢絃21」はその代表といえるもの。この楽器の登場によって、三味線は大音量のドラムスやシンセサイザーとの共演が可能になり、若手演奏家の活動の場が一気に広がった。
*2 岩波書店発行の「日本の古典芸能における演出」は、伝統音楽に1章(徳丸吉彦「日本音楽における演出」)を割き、参考になる。
*3 日本橋劇場(東京都中央区)や紀尾井ホールの小ホール(同千代田区)など

本稿は国際交流基金発行「Performing Arts in Japan 2003」掲載原稿を再構成したものです。


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