地域創造

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今月のレポート

兵庫県西宮市
2 月号-No.130

西宮市大谷記念美術館
「美術館の遠足9/10」


 
 2005年12月23日。昨夜降った雪が残る西宮市大谷記念美術館の門前に、開館を待つ人たちがちらほらと並び始めていた。美術ファンらしき人もいれば、若いカップルや老夫婦、家族連れもいる。午前11時、開館。観客たちは、勝手知ったる他人の家のように展示室から茶室や庭へ、さらには搬入用の廊下や学芸室の廊下まで入っていく。午後に入ると人はさらに増え、夜にはかなりの混雑ぶり。なのに、各所で談笑しあうなど、のどかな雰囲気。夜にはパエリア・パーティも始まり、閉館の9時まで賑わった──。
 これは、サウンド・アーティストの藤本由紀夫と西宮市大谷記念美術館が共同で、1年に1日限り、10年間開催し続けるという展覧会『美術館の遠足』の会場の様子である。この展覧会は、毎年、オルゴールなどを使ったサウンド・オブジェを美術館の敷地内のあらゆる場所に配置し、“美術館”という建物やシステムを“遠足”の感性で発見し直そうという試みだ。9回目となる今回の入場者数は1,904人。1日だけの現代アートの企画としては破格の入場者数だろう。
 10年という長い年月の間には、美術館や行政の体制もアーティストの状況も変化する。そのフォローのため、本展を応援する『香櫨園倶楽部』を設立し、市民参加により支える仕掛けもつくられている。倶楽部会員には洒落た会報が配られ、ゲストを招いた例会に参加できるなどの特典がある。
 このように当初からこの企画を支えてくれる観客を強く意識した企画づくりを行っているものの、これは決して“観客にやさしい”展覧会ではない。会場には、作品配置を示した案内図や作品解説などは一切なく、当然、すべての作品に出合えず悔しい思いをする観客もいる。また、サウンド・オブジェの操作や楽しみ方がわからず、戸惑う観客も多い。そもそも藤本作品は、難解な要素も多分に含んでいる。ところが、通常の展覧会では苦情になりそうな不親切さが、本展では「来年こそ見てやろう」「もう一度来たい」という気持ちをかき立てる方向へ作用している。さらに回を重ねるにつれて、観客同士が作品のある場所や楽しみ方の情報交換をし始め、積極的に展覧会に参加し始めた。
 藤本さんは、「『展覧会とは誰がつくっているのか』を考えたら、アーティストは3分の1しかつくっていない。美術館と観客が3分の1ずつつくってこそ展覧会になる。9年目に入ってその考えが確信になってきました」と言う。
 会場で“観客”に感想を聞いてみた。カップルは「自由に作品に触れて、アートと見る人の垣根が取り払われているところがいい」。若いお母さんは「今年で2回目。静かに見るだけの展覧会は子ども連れでは行きにくいが、ここでは子どもものびのびできて親も楽しい」。ひとりで来た女性は、「初めてです。オルゴールのネジを回していた人がいたので真似しました。現代アートはよくわかりませんが、面白いですね!」など、活き活きと語ってくれた。
 もうひとつの展覧会の作り手である美術館の担当学芸員の池上司さんは、「展示室以外の場所にお客さんを入れるのは事故の危険もあり、非常に気を遣います。ですが、次第にお客さん独自のルール、マナーが自然に出来てきて私たちを助けてくれています」と言う。もちろん、ストレスを感じさせない安全の確保をはじめ、館内での飲食などアーティストが提案する前例のないアイデアを実現させたり、予算のやりくりなど、観客に見えない、見せない苦労もたっぷりある。
 学芸課長の川辺雅美さんは、「小さな美術館で予算も限られていますが、工夫次第ですよ。25回目を迎えた『ボローニャ絵本原画展』は、毎年3万5千人のお客さんに来ていただいてます」と頼もしく答えてくれた。
 最後に藤本さんの言葉を紹介しよう。
 「展示を観客への“もてなし”ととらえると、“わかりやすく親切に”だけが唯一絶対じゃないでしょう。ほっておいてほしい人も、謎を自分で解きたい人もいる。ごくわずかなクレームに動揺せずに全体を見通して、それぞれが独自の“もてなし”を考えていくのが当然」。
 今年10年目を迎える『美術館の遠足』には、時代の波を乗り切るさまざまなヒントが含まれている。
(ライター・山下里加)
美術館の遠足9/10 藤本由紀夫展
[主催]藤本由紀夫×西宮市大谷記念美術館
[期日]2005年12月23日
[会場]西宮市大谷記念美術館

地域創造レター 今月のレポート
     2006.2月号--No.130

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