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制作基礎知識シリーズVol.29
コミュニティダンスの基礎知識@
英国のコミュニティダンスの歴史と現状

講師 吉本光宏
(ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室長)

 去る8月、「ダンスが日本を救う!?─日本におけるコミュニティダンスの確立に向けて─」と題したシンポジウムが、東京と京都で開催された(*1)。コミュニティダンスとは、教育や健康、福祉、地域活性化などにダンスの力を活用しようという活動で、英国で70年代半ばから活発になってきたものである。シンポジウムでは、英国からコミュニティダンスの専門家を招き、その考え方や実践例が紹介され、日本でも同様の取り組みができないか、幅広い議論が行われた。
 今回の「コミュニティダンスの基礎知識」では、本号で英国における歴史や活動の概要を紹介し、次号以降、その推進役を担う英国コミュニティダンス財団の活動内容、日本における取り組みの可能性などについて整理、考察する予定である。


●コミュニティダンスの歴史

 アーツカウンシル(英国芸術評議会)の資料によれば、英国のコンテンポラリーダンスがスタートしたのは1960年代、コミュニティダンスのルーツは70年代の半ば頃とされている。コミュニティダンスは、60年代後半から70年代のコミュニティアーツ運動から生まれ、発展した。その頃は、コミュニティダンスという概念が明確ではなく、教育や市民参加を視野に入れ、地域にコンテンポラリーダンスを持ち込む新しいコンセプトとしてダンス・アニマトゥール(animature、推進者)というフランス語が使われていた。
 当時のコミュニティアーツ運動は、都市化の進展によって崩壊しつつあるコミュニティを立て直すことが目的のひとつとなっていた。そのため、地域に密着した芸術活動の価値や存在意義を高めようという動きの中で、コミュニティダンス的な活動にもスポットライトが当たるようになる。
 また、1946年に設立されたアーツカウンシルは、創設者で経済学者のケインズが提言した「質の高い芸術に対して支援を行う」という理念に基づいて、「ハイアート」のみを助成対象としていた。その結果、一部のエリートに権力が集中し、硬直化した芸術的なヒエラルキーが形成されるようになっていたという。そうした当時の文化的システムへの挑戦も、コミュニティアーツ運動のもうひとつの狙いであった。
 黒人、女性、同性愛者などから生まれた反体制運動の追い風も受け、コミュニティアーツ運動は次第に広がり、コミュニティダンスも徐々に市民権を得るようになっていく。ダンス活動の対象は、労働者や青少年、高齢者、障害者、マイノリティ、失業者などで、病院や刑務所に出向くような活動も行われた。
 ダンス教育者として著名なPeter Brinsonは、コミュニティダンスを英国ダンスにおける「第3の要素」ととらえている。つまり、第1の要素であるプロフェッショナルな劇場でのダンス(=バレエ)、第2の要素である教育としてのダンスに対して、第3の要素であるコミュニティダンスは、それまでダンスにふれたり、参加したりしたことのない市民を取り込んだ、というのである。
 また、当時の英国のコンテンポラリーダンスは、バレエと違って観客が少なかったため、多くのカンパニーが地域での教育活動に取り組むことで普及を図り、観客を開拓しようとしたことも、コミュニティダンスが定着した背景だとされている。


●コミュニティダンス財団設立の背景

 現在、英国でコミュニティダンスの振興の中核的な役割を担っているコミュニティダンス財団は、このような歴史的な流れの中で、いくつかの組織的変遷を経て設立されたものである。
 まず、84年に初めてダンス・アニマトゥールの会議が開催され、自分たちの活動を紹介し、情報交換や支援を行う組織として、86年に最初の全国組織NAMDA(*2)が設立される。NAMDAは、アーツカウンシルから助成を得て、年次総会を開き「Animated」というニュースレターの発行を開始。当時の会員数は約30名で、コミュニティダンスを普及するためのハンドブックも作成された。
 89年にNAMDAはCDMF(*3)に名称変更し、「Animated」を充実させてニュースレターから雑誌に改訂。アニマトゥール入門コースやコミュニティダンス奨学金などの研修プログラムを立ち上げる。この頃会員は約100人となっていた。
 CDMFは、90年にアーツカウンシルの定期助成団体(毎年申請しなくても助成を受けられる団体)に認定される。95年には会員数約400人となり、コミュニティダンス財団という名称に変更され、現在に至っている。

●英国におけるコミュニティダンスの現状

 2002年3月にコミュニティダンス財団が発表した調査レポートによれば、英国では年間7万3,000回のコミュニティダンスへの参加の機会が提供され、480万人が参加したという。参加者の年齢層は3歳から93歳までで、障害の有無や文化的な背景、歴史や伝統などにかかわらず、あらゆる人が含まれている。公演が開催された場合、平均観客数は315人で、延べ1,040万人が鑑賞している(*4)。
 コミュニティダンスに参加することは、精神的にも肉体的にも健康維持に寄与することから、英国の病院の中には、投薬のかわりにダンスへの参加を促す処方箋を出すところがあるという。あるいは、少年院に入所した子どもたちの更正にも大きな成果をもたらすなど、コミュニティダンスはあらゆる場面で、現代社会の課題解決に成果を発揮している。
 また、コミュニティダンスが活発になったことで、劇場での公演を主目的としていた従来のバレエやダンスとコミュニティダンスの境界は曖昧となり、ダンスの行われる場所も多様化が進んだ。新しい観客層の開拓や助成金のしくみにも影響を及ぼし、地域の機関とさまざまな協働事業が立ち上げられている。今では、コミュニティダンスから舞台の新しいダンス作品が創造されることも少なくない。
 実は、97年に誕生したブレア政権は、それまでの芸術助成の方向性を大きく転換し、優れた芸術作品に対する支援から、芸術へのアクセスの確保を重視するようになった。その結果、アーティストは一般市民のニーズに対応したさまざまな活動を提供できるということが広く認識されるようになったという。コミュニティダンスの成果がこうした政策変更を促したとも考えられるが、同時に、芸術助成の方針が転換されたことで、コミュニティダンスはさらに発展し、英国社会に根を下ろしていった。

*1 DANCE LIFE FESTIVAL 2008 ダンスが日本を救う!?―日本におけるコミュニティダンスの確立に向けて―
[全体企画・制作・主催]NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク(JCDN)/ブリティッシュカウンシル
◎シンポジウムT in 東京「ダンス=アートの力で日本を変革していくために、我々は今、何をすべきか」
◎シンポジウムU in 京都「日本の教育に必要なこと=生きるために必要なコミュニケーション力と創造力を育てること」
※1月以降、英国からリズ・ラーマンやストップギャップ・ダンスカンパニーを招聘し、福岡、札幌、富山でワークショップが開催される予定。
http://www.jcdn.org/DLF2008/

*2 National Association of Dance and Mime Animateurs (NADMA)

*3 Community Dance and Mime Foundation (CDMF)

*4 この調査には、地域のプライベートなダンススクールや社交ダンスの参加者は含まれていない。つまり、それらはコミュニティダンスとは一線を画するものと認識されている。コミュニティダンスの定義的なことについては、次回でもう少し詳しく解説することとしたい。

※本原稿の執筆に際しては、以下の資料を参照した。
稲田奈緒美「ロンドンにおけるコミュニティダンス教育の現状」(2006)
ケン・バートレット(スー・エイクロイド編集)「コミュニティダンスの発展のために」(文頭のシンポジウムでの配付資料)
Foundation for Community Dance, map-ping community dance (2002)
Arts Council England, Country Profile: Dance in England (2003)

●ダンスユナイテッドの教育プログラム

 コミュニティダンスの具体例として、冒頭のシンポジウムで紹介されたダンスユナイテッド(Dance United)という団体が少年院で行った「アカデミー」というプログラムを紹介しておきたい。
それは、プロのダンスアーティストを育成するために使われたメソッドから開発された新しい教育プログラムである。具体的には、従来の教育環境から落ちこぼれて、犯罪者となる恐れの高い青少年に対して、身体的にも、精神的にも、そして芸術的にも質の高い経験を提供する取り組みである。青少年の犯罪の再発を防止するだけでなく、彼ら自身の能力の発見や社会での成功にも結び付けることが狙いとなっている。
 シンポジウムでは、英国中部の都市ブラッドフォードの少年犯罪対策チームと協働で、ダンスユナイテッドのダンスアーティストたちが少年院の青少年たちを対象に実施した事例がDVDで紹介された。3週間、毎日5時間のダンスプログラムを実施し、最後に劇場で成果発表の公演が行われた。たばこやアルコールに浸り、盗難車を乗り回し、店にも強盗に入るなどして少年院に送られた青少年たちが、そのダンスプログラムに参加することで、すっかり更正されてしまう。
 ダンスユナイテッドのディレクター、ハーバートさんは「ダンサーになるということではなく、若者たちに自分で選ぶスキルを与えることが目的です。ここに来る若者たちは受け身で、自分たちで選択しない。(プログラムを通して)何かを選択する前に一度静止し、考えてから実行に移すことを教える」という。参加した少年のひとりは「体のあちこちが痛いけど、健康になってくるのがわかるし、自分でも何かできそうな気がしてきた。他の人がどう考えるか、人の立場で考えられるようになった」と体験を語る。
 公演には家族や友人が招かれるが、ほとんどの少年たちは、そこで生まれて初めて自分たちが肯定的に見られる経験をする。その結果、自信が高まり、ダンスの中で求められていた集中力や協調性の意味を理解するのだという。そうした様子を観察した少年犯罪対策チームのスタッフは、彼らが「栄養や健康に関心をもち、はっきりものを言って話ができるようになり、振る舞いが変わって自信がつくなど、わずか3週間で変身した」と証言する。ビルの工事現場で働いたり、チームスポーツに参加したりするなど、他のさまざまな更正プログラムと比較して、コンテンポラリーダンスが最も大きな成果を最も短い時間でもたらしたと、その効果の大きさに驚いている。
 ある少年の母親は、「私の息子だなんて信じられないぐらい、本当に変わりました。よい子のクローンでもつくったんじゃないかと思うぐらいです」と語り、参加した少年のひとりは「これまでの5年間は本当にひどかった。過去と決別して新しい世界が始まるんだと思う」と体験を振り返っている。

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