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制作基礎知識シリーズVol.31
ホール・劇場のリニューアル@ 改修計画とは?

講師 草加叔也
(空間創造研究所 代表)

●背景

 建物や設備は、竣工後、供用が開始されると初期性能を安定的に発揮するとともに、人間同様に想定外の故障や経年的な劣化が生じることがある。人と違って自然治癒力が備わっているわけではないので、元の能力や性能を回復するには人為的に関与するしかなく、そのことを総称して「改修」あるいは「更新」(*1)と呼ぶ。
  人と同様に定期診断や経年数に応じた部位の交換を行い、最終的に耐用年数を迎えてその使命を終える。こうした建築物等の企画設計段階、建設段階、運用管理段階および解体再利用段階の各段階のコストを総計した生涯費用のことを「ライフサイクルコスト(LCC)」という。
  ある調査によると、中規模の事務所ビル建設に掛かる初期投資額(イニシャルコスト)は、ライフサイクルコストの4分の1程度ともいわれている。つまり、建物の竣工後に掛かる保全費、修繕費・改善費、運用費および一般管理費その他の合計額が、初期投資額の3倍程度掛かることになる。その中でも修繕および改善のために掛かる経費は大きな割合を占めるが、経済的な追い風があった時代には、初期投資額の大小のみが施設整備を判断する指標とされ、残念ながらその後に掛かる経費についてあまり考慮されてこなかった。そのため今ではライフサイクルコストが重荷になり、建物の長寿命化が叫ばれているにも関わらず、必要な新陳代謝が十分に行われず、建物や設備の劣化が放置され、耐用年数や安全性を損なう結果を招くことも少なくない。
  加えて、平成の大合併により、ひとつの自治体に複数のホール・劇場が整備される事態となり、劣化に対する再投資を止め、廃館に至るなど、建物や設備に対する改修・更新を巡る環境は非常に厳しいものになっている。


●改修・更新計画とは?

◎基本となる中長期維持管理計画
  ホール・劇場は、施設の竣工後から定期的なメンテナンスを行い、その都度、施設の劣化を回復させるが、やがて定期的な部品交換では対応できなくなってくる。一般的に竣工後5年程度経過すると軽微ではあるが舞台設備の一部で改修・更新の必要性が認められるようになる。また、10年を越える頃になると舞台設備だけでなく建築、電気、機械などでも更新・改修の必要性に迫られるようになる。さらに15〜20年を経過すると長期の閉館を伴うような大改修が不可欠な状況になる。もちろん、大改修に伴う経費は莫大で初期投資額の2割を超えることも珍しくない。
  こうした改修・更新を適正に行うためには、竣工からの経年数を見込んだ「中長期維持管理計画」の策定が不可欠となる。この計画では、想定される経年劣化を時系列で整理するとともに、必要となるであろう経費を現在価値(*2)として顕在化し、建物や設備を安定的に運用していくための指針とする。これを施設設置主体と施設運営者が共有することで、初めて施設の安全で効率的、安定的な運用を行うことができる。
  この中長期維持管理計画の策定が、建物および設備の維持管理計画の最上位の概念となり、その計画を遂行するための具体的な方策として、年間のメンテナンス計画、日常の点検業務などが組み立てられ、必要な専門性の確保や業務分担が定められる。

◎改修・更新の対象となる劣化の種類
  一般に劣化というと施設や設備を使い続けることで生じる「経年劣化」を思い浮かべる。経年的劣化は、人と同様、施設や設備にとっては宿命であり、不可避なことである。そのため計画的な改修や更新計画が立てやすい。中長期維持管理計画も主にこの経年劣化を回復させるための計画策定である。
  この経年劣化に加えて、ホール・劇場施設では「機能劣化」および「性能劣化」も同様に回復していかなければならない大きな課題となる。
  まず機能劣化については、音楽メディアを例に説明すると、かつてはレコードやカセットテープが広く使用されてきた。もちろん、現在でも一部では有効に機能しているが、既にほとんどがCD、ハードディスク、フラッシュメモリというデジタルメディアに代替された。つまり、機器の経年的な劣化ではなく、使用するメディアそのものが技術革新により代替されたことで設備更新が必要となったわけだ。特に電気音響設備では変化速度が急速で、今後もその可能性が高いと考えられている。
  また性能劣化は、施設自体の性能や基準の向上が求められるような場合を指す。例えば耐震性能の向上やバリアフリー化、利用者へのサービスやホスピタリティの向上といったことが挙げられる。少なくとも施設竣工時には問題ではなかったことが、社会的な基準や通念の変化、観客ニーズの向上などから転換が求められるようになったものについても性能劣化と呼ぶ。
  このことからもわかるように、ホール・劇場の改修・更新とは、単に施設や設備の機能および性能を建物が竣工した時点に戻すということでは決してない。それとは全く逆方向のベクトルでホール・劇場がこれからどこに向かっていくのか、向かっていこうとしているのかというビジョンを適切にとらえて、そこに向かっての成長を担保するための投資が改修なのである。施設や設備を元の時代に戻すのではなく、未来に向けたいかに効果的な投資であるかどうかが、改修の成否ということなのだ。


●指定管理者制度における改修計画の課題

 2003年に地方自治法が改正され、いわゆる指定管理者制度が導入された。制度導入の目的として、住民サービスの向上、多様化するニーズへの対応、民間の能力活用、そして経費の縮減が掲げられた。
  もちろん、公立施設の管理運営主体を聖域から開放することは“公の施設”全体を俯瞰すると効果的であったことは否めない。ただし、活動やサービス、そして施設が担う使命そのものが継続的に成長するホール・劇場では、まだまだ効果的な制度運用に至っているとは言い難い。特に指定期間が有期限であるということと施設および設備の安定的な運用および改修・更新計画ということは相反する要素が含まれている。
  例えば、日常的な維持管理およびメンテナンスは、基本的に指定管理者が担う業務基準として示されている。しかし、有期限である以上、指定期間を超えた改修や更新計画の策定は、基本的に施設設置主体が担う役割となる。つまり、指定管理期間を超えた中長期維持管理計画の策定主体と業務遂行主体が異なるという結果となる。
  また、大規模な改修経費が単年度で議会決議を経なければ執行できないことも指定管理者制度との齟齬を生んでいる。つまり、特定の年度に改修を予定していても議会の議決が得られなければ予算は執行できない。利用料金制を導入して運用している指定管理者にとっては、閉館を伴う改修・更新が想定外に発生すること、または実施しなくなることは、経営原資である貸館利用料金収入を大きく変動させ、経営を直接圧迫することにもなりかねない。当然、耐用年数を超えた設備が事故を招くという想定外のことも同様の結果を招くことが懸念される。
  ホール・劇場は、数年先の利用も前提としている施設であり、短期的な経費縮減を目的とした維持業務の質の低下が施設として欠くべからざる「安定性」「信頼性」「安全性」を損なうようなことがあってはならない。これは、住民サービスやニーズへの対応という指定管理者制度導入の目的を達成するための前提条件でもある。
  また、経費の縮減が、根拠のない施設メンテナンス回数の制限や日常点検の軽減化で達成されてはならない。経年劣化だけでなく機能劣化や性能劣化を放置することは、本来堅持されるべき公共財産の機能や価値を加速度的に低下させる原因となりかねない。そのことは長期的な意味で経費の無駄を生む元凶となることを十分に考慮する必要がある。

*1 改修・更新
改修:建物や設備の一部を修繕あるいは改善していくこと。
更新:建物や設備の一部を新たなものと入替えること。
*2 現在価値(Pn)
現在時点からn年後までに発生する収入や支出を比較しやすい値に換算するための方法のひとつで、現在の価値に換算する方法。


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