地域創造

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制作基礎知識シリーズVol.34
音楽アウトリーチの基礎知識C
音楽アウトリーチの事例[3]

講師 中川賢一
(ピアニスト/指揮者)

●普及活動のきっかけと考え方

 僕のクラシック音楽の普及活動は、ベルギーのアントワープ音楽院に留学してヨーロッパで演奏していた時代の経験が基になっている。ベルギーのコンセルヴァトワールでは、子どもたちを呼んで集団で即興音楽をつくるなど、音楽で人間の感性を拓く取り組みが普通に行われていた。例えば(指揮者に当たる人が)コップを持ち上げたら子どもたちが音の出るものを鳴らし、鞄を持ち上げたら吹けるものを吹くみたいな。僕も友人に誘われてパリのアンフィテアターで「子どものためのジョン・ケージ・シアター」をやったことがある。サングラスをかけてジャパニーズ・マフィアに扮し、ピアノをドライバーで壊す真似をしながらノイズミュージックをやるとか。1998年に帰国した時に、こうした活動を日本でもやらなくちゃいけないと思った。
  帰国してすぐに現代音楽のアンサンブル・ノマド(*)に参加し、99年にはジョン・ケージの「2台のプリペアードピアノのための3つのダンス」を演奏するなど、僕自身の活動は現代音楽に傾倒していった。その一方で、仙台の地元に戻った時に、日本でもこうした普及活動をやりましょうと仙台市市民文化事業団に30本ぐらい企画書を出したり、大学のゼミの講師として話したりしていた。ゼミで知り合った渡邊由香さん(現名取市文化会館職員)から子どもが通っている幼稚園での演奏をプライベートに依頼され、サティの『ジュ・トゥ・ヴ(あなたが好きよ)』を弾いたこともある。演奏が終わって「好きな子がいる?」と聞いたら、女の子が「サトル君」って。それが日本での初めてのアウトリーチ体験になった。
  当時、僕の出した企画書は時期尚早でかなり妄想っぽい感じだったから(笑)、実現はできなかったが、いま行っている普及活動のアイデアはほとんどその頃からあったものだ。例えば、子どもたちが描いた絵を演奏するとか。ジュークボックスならぬ生ジュークピアノになってリクエスト演奏するとか。ホールの楽屋やリハーサル室など全館を使って、ヴァイオリンの部屋、ミニマルミュージックの部屋など色々なアクティビティを行い、最後にコンサートをするとか。
  そうした普及活動について思っていたのは、子どもたちや音楽家ではない人たちに向けて「本格的に」音楽を紹介することが必要だということだ。よく「気軽にクラシックを楽しむ」と言って耳あたりのいい曲目ばかりを演奏するが、そういうアプローチは問題だと思っていた。1時間30分もあるマーラーのシンフォニーとか、現代音楽とか、クラシックは小説でたとえるなら長編小説やジェームス・ジョイスの作品のようなもので、確かに難解なところがある。でも、そういう音楽は凄いし、楽器や楽譜をつくった人間は凄いし、コンピュータと違うアナログは凄いし、複雑なものが伝えられる人間のコミュニケーションは凄い。そういう凄さを伝えるべきだし、音楽家やクラシックのファンではない人が音楽の凄さを読み解くためのガイドが必要だと考えていた。そんな時に音楽事務所を立ち上げたばかりの岡村雅子さんから地域創造の公共ホール音楽活性化事業を紹介され、平成14・15年度の登録アーティストになった。


●安土町・文芸セミナリヨでの試み

 僕の考えていた普及活動のすべてを注ぎ込んだプログラムが、2002年に滋賀県安土町の文芸セミナリヨで行ったアクティビティだ(下記参照)。担当者の希望がホールでのアクティビティだったことから、1日1グループの子どもたちに、前半はピアノの構造(1時間)、後半は即興による音楽づくり(2時間)の両方を体験してもらった。
  前半は、まず『月の光』など3曲を演奏し、照明を暗めにして聴いてもらうなど、自分なりの聴き方でいいというのを体験してもらった。楽器の構造を知るワークショップは、今でも定番でやっているが、調律師の方がとても協力的だったこともあり、演奏中に素手で弦や鍵盤に触ってもらうこともできた。セミナリヨではやらなかったが、今では最後に一筋縄ではいかないヘビーなムソルグスキーの『展覧会の絵』から「キエフの大門」を演奏している。これは友人の画家ガルトマンが亡くなった時に色々な思いを込めて作曲したものだ。友人を思う気持ちでこれだけの曲が生まれ、それが140年後の今も受け継がれている。そういう人の思いの凄さ、色々なものが蓄積された長いストーリーの凄さを伝えたくて追加した。生きることは簡単ではないが、そういう一筋縄ではいかない感情のある曲を色々な回路で楽しむことが大人になる面白さだというのを感じてほしいと思っている。
  後半は、楽譜が読めなくても、楽器が演奏できなくても音楽はつくれるという表現の体験をしてもらった。例えば、子どもに「ド」を3回弾いてもらって、僕がそれに和音を付けて競演したり、4人の子どもたちが僕の合図(指揮)で色紙を貼った鍵盤を叩き、音の波をつくることで曲にしたり。また、ワークショップの成果をコンサートに繋げる試みも行った。
  人が考え抜いた楽器の凄さをわかってもらうにはどうすればいいか? クラシックに対するハードルを低くするにはどうすればいいか? 楽譜を介在させずに曲をつくるにはどうすればいいか? ピアノを弾く技術がない子どもたちと競演するにはどうすればいいか?─限定した鍵盤から子どもたちが自由に選んで音を出すことはできるし、そこから生まれた極めて複雑で高度な和音をプロの僕が繋げれば曲としてのストーリーが生まれる。ぐちゃぐちゃだった音がみんなで一緒にやると凄い音楽になるし、みんなで会話しながら音楽をつくると楽しい。それはドレミファのしっかりした曲だと難しいけど、フリーな現代音楽のアプローチなら子どもとも競演できる。そんな風にして人としての感性を全部開放して複雑なものを楽しんでほしい。そうすれば人生の楽しみが増えるし、豊かになる─クラシック音楽の中にある人間の叡智と美的感性、動物的感性のすべてを構造的に子どもたちに伝えたいと思って考え抜いた安土でのプログラムが、僕が行う普及活動の原点になっている。



平成14年度「公共ホール音楽活性化事業」
文芸セミナリヨでのアクティビティ
ワークショップ「この夏はピアノがおもしろい!」(滋賀県安土町)


●文芸セミナリヨでのアクティビティ
◎「ピアノのひみつ!」(1時間)
楽器の構造に焦点を当てたワークショップ。演奏の後、アクションモデルを用いてピアノの鍵盤の仕組みを説明。続いて反響板(フレームをマレットで叩く)、弦の振動(ピンポン球を飛ばす)、場所による響きの違い(演奏に合わせて行進)を体感。最後にムソルグスキーのピアノ組曲『展覧会の絵』から「キエフの大門」を演奏。
◎「音楽の可能性」(2時間)
音符や専門用語を一切用いず、声や音の出るおもちゃを使いながら楽器以外のもので集団即興による音楽をつくり、みんなで『安土組曲T』を演奏。子どもたちが描いてきた絵を楽譜に見立てた中川さんの即興演奏を聴きながら、全員でコンサート本番にステージを飾る墨絵を作成。
◎「コンサート本番」(2時間30分)
墨絵を飾り、クラシックの名曲の1部と現代音楽の2部で構成。2部ではロビーに展示した巨大五線譜に来場者が自由に記入した音符や言葉を元にした中川さんの即興演奏、墨絵を楽譜に見立てた即興演奏、客席の聴衆が音の出るおもちゃで参加した『安土組曲U』など。

●アナリーゼの可能性

 最近、特に力を入れているのが「アナリーゼ」だ。よく行われているレクチャーコンサートというのは、聴衆の理解を助けるために楽曲や作曲家について解説するというもの。それに対してアナリーゼは、楽曲のパートを細かく分けて演奏しながら解説し、まるで楽譜が読める演奏家のように、楽曲を分析しながら聴くための助けをする試みだ。
  クラシック音楽においては、ある音型(メロディ)がどう変容していくかがとても重要だ。それを僕が弾いて聴かせながら説明し、耳で音型を覚えてもらうことで、積極的に分析的な聴き方をすることを促していく。言葉でいくら説明されてもわからないが、少しずつ聴いてもらえば聞き分けることができる。
  クラシック音楽の普及を考える場合、子どもだけでなく、大人に対してどのようにアプローチするかを考える必要がある。僕は大人の聴衆にはロジックでその面白さを伝えたいと思っていて、専門家がどこまでディテールにこだわっているかを専門家と同じように追体験できるアナリーゼには大きな可能性がある。人が音の秩序を見つける凄さ、その快感の凄さを感じてほしいと思っている。


*アンサンブル・ノマド
1997年に現代音楽をリードするギタリスト佐藤紀雄によって結成。若手の才能あるプレーヤーを集めた自在な編成により、斬新なアイデアのプログラムを取り上げて演奏活動を行う、現代音楽を語る上で欠かせないアンサンブル。98年から2001年までは東京オペラシティ文化財団の主催により年5回の定期演奏会を行う。

●中川賢一プロフィール
桐朋学園大学音楽学部でピアノ・指揮を学ぶ。ベルギーのアントワープ音楽院ピアノ科最高課程、特別課程を修了。1997年オランダのガウデアムス国際現代音楽コンクール第3位。ヨーロッパで演奏活動を行い、1998年帰国。アンサンブル・ノマドのメンバーとして活動するほか、室内楽奏者、指揮者として活発な演奏活動を行う。オーケストラとの競演、ダンスや他分野とのコラボレーションも多い。夏木マリ「印象派」シリーズ音楽監督、東京フィルハーモニー交響楽団では“ドクトル中川”としてさまざまな曲のアナリーゼをライブ、ウェブ上で展開。地域創造の公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)登録アーティスト(平成14・15年度)・おんかつ支援登録アーティストとして各地の公立ホールで活動。また、指揮者・編曲者として地元参加型の創作舞台「神楽オペラ」(大分県豊後大野市)、「アワビ伝説」(宮城県七ケ浜町)、「愛の歌」(沖縄県名護市)などに参加。東日本大震災後は地元仙台など被災地での慰問活動を積極的に展開。

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