地域創造

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制作基礎知識シリーズVol.36
創造都市の基礎知識@
創造都市と創造産業の概念

講師 吉本光宏
(ニッセイ基礎研究所 主席研究員・芸術文化プロジェクト室長)

●世界を席巻した創造都市論

 英国のシンクタンクDEMOSが創造都市の概念を最初に提示したとされる(*1)小冊子『The Creative City』を発行したのは1995年だった。著者はフランコ・ビアンキーニ(Franco Bianchini)とチャールズ・ランドリー(Charles Landry)。なぜ創造性が都市にとって重要な要素となってきたのか、なぜ創造性を振興することが経済的な成功を生み出すのか、そして、創造性をどのように集約すれば多種多様な都市問題の解決に役立つのか。この小冊子では、欧州内外の100を超える都市の調査やコンサルティングによって得られた知見に基づき、総合的かつ学際的な視点からの考察が行われていた。つまり創造都市は、帰納的なアプローチによって生み出された概念なのだ。
  当初その調査は、各都市の文化的生活の質を向上する方策を検討する目的で行われたが、芸術や文化が都市にとってもっと大きなインパクトを有していることが明らかになり、その成果としてこの冊子が発行された。
  欧州の創造都市と深い関係にあるのが、「欧州文化首都(European Capital of Culture)」だ。これは、欧州連合が加盟国の中から毎年欧州の文化首都を指定する制度である。85年のアテネから始まった当初は、年間を通じて多様な文化イベントを実施し、文化的なインフラ整備を行うというものだったが、90年のグラスゴーを境に、観光や地域活性化などへの波及効果が重視されるようになっていく。
  94年5月に、ランドリーらによってグラスゴーで最初の「創造都市ワークショップ」が開催されたが、その頃から、文化首都は地域再生の触媒的な機能を果たすようになり、2004年からは地域に対するインパクトがより大きく考慮されるようになる(*2)。
  また、著作としてはランドリーの『Creative City ─A Toolkit for Urban Innovators』が2000年に(*3)、日本では佐々木雅幸(大阪市立大学教授)の『創造都市への挑戦─産業と文化の息づく街へ』が2001年に出版されるなど(*4)、創造都市の考え方は、急速に広がっていく。ランドリーは世界各国に招聘され、2005年12月に大阪で開催された国際シンポジウム「新・都市の時代─創造都市を創出する」では、「今や政策に行き詰まった世界中の都市が、まるで呪文を唱えるように創造都市政策を掲げている」と語ったほどである。

*1 佐々木雅幸(大阪市立大学教授)は、『アメリカ大都市の死と生』『都市と諸国民の富』などを著したジェイン・ジェイコブスが創造都市論の源流としている。
*2 An international framework of good practice in research and delivery of the European Capital of Culture programme.Key recommendations from the European Capitals of Culture Policy Group (2009-2010)
*3 邦訳は、後藤和子監訳『創造的都市−都市再生のための道具箱』日本評論社、2003年。
*4 この著作の中で佐々木は創造都市を「人間の創造活動の自由な発揮に基づいて、文化と産業における創造性に富み、同時に、脱大量生産の革新的で柔軟な都市経済システムを備え、21世紀に人類が直面するグローバルな環境問題やローカルな地域社会の課題に対して、創造的問題解決を行えるような『創造の場』に富んだ都市」と定義している。


●製造業から創造産業への転換

 創造都市が注目される背景には、製造業を中心とした20世紀型の経済が衰退し、知識集約型の産業や経済が台頭してきたことがある。実際、かつて鉄鋼や造船などの重厚長大産業で栄えた地域が失業率15〜20%までになるほど衰退し、芸術文化や創造産業の振興に力を入れて活力を取り戻した事例が、欧州の代表的な創造都市には多い。
  今では創造都市と対で語られることが多いこの「創造産業」という言葉は、英国労働党が1997年の選挙キャンペーンで用いた「クール・ブリタニア」が発端とされている(*5)。ブリタニアはブリテンのラテン名。つまり、英国の古くさいイメージを一新し、カッコよさ(クール)をアピールしようというものである。
  実際、ブレア政権の誕生後、古いイメージを払拭するために新しい政策が次々に打ち出された。まず、文化遺産省を文化・メディア・スポーツ省に改編(*6)。翌98年には、創造産業を「個人の創造性や技術、才能に起源をもち、知的財産の創造と市場開発を通して財と雇用を生み出す可能性を有する産業」と定義し、該当する13分野の産業規模や就業者数の調査結果を発表した(*7)。
  この創造産業の考え方も瞬く間に世界に広がり、各国が同様の調査を実施した。また、2008年には国連貿易開発会議(UNCTAD)が「クリエイティブ・エコノミー・レポート2008」を発表した。2000〜05年の間にクリエイティブ産業の貿易額は、年平均で8.7%という前例を見ないペースで増加。途上国にとっては経済成長や雇用創出、貿易収支の改善だけではなく、社会的包摂や文化的多様性のためにも創造産業のポテンシャルを引き出すべきだとした。
  音楽、演劇、美術などの「芸術」も創造産業に位置づけられるが、ここで重要なのは、「創造産業の中でも最も強く創造性が問われる芸術が、創造産業全体を牽引する」という考え方である。佐々木は、創造産業の同心円モデル(図表1)によってそれを図式化した。すなわち、「創造的コアに位置づけられる芸術は、先端的であるがゆえに評価が難しく市場で成立しにくい。しかし、創造産業を育成できるかどうかは、創造的コアに対する支援施策を持てるか否かにかかっている。先端的な仕事に従事するアーティストやクリエーターが存分に活躍できる条件を備えた都市でなければ、創造産業は発展しない」というのである。
  芸術や文化は長らく「金食い虫」だと揶揄され、市場では成立しないから公的支援が必要とされてきた。しかし、その芸術を振興しなければ、今後成長の期待できる創造産業は育まれない。言い換えれば、芸術への投資は周辺の創造産業群を通じて大きな経済的リターンをもたらす、そんなパラダイムの転換が起きているのである。

*5 当時23歳でブレア陣営のブレーンを務めたマーク・レナードが書いた「Britain TM」(トレードマーク・ブリテン)というレポートがきっかけになったとされている。ちなみに、このクール・ブリタニアですぐ連想するのが、今ではTV番組のタイトルにもなったクール・ジャパンだろう。そのルーツは、米国のジャーナリスト、ダグラス・マクグレイ(Douglas McGray)が2002年に外交専門誌『Foreign Policy』に発表した「Japan’s Gross National Cool」という論文である。彼はその中で、アニメやゲームをはじめとした日本の文化的潜在力が世界に大きな影響を与え始めたと日本を再評価した。グロス・ナショナル・クール(GNC)は、GNP(国民総生産)にならった表現で、「国民総クール度」といった意味である。
*6 1992年に設立された文化遺産省(Department of National Heritages)を1997年7月に文化・メディア・スポーツ省(Department of Culture, Media and Sports, DCMS)に改編。
*7 @広告、A建築、B美術・骨董品市場、C工芸、Dデザイン、Eデザイナーズ・ファッション、F映画・ビデオ、GTV・コンピュータゲームソフト、H音楽、I舞台芸術、J出版、Kコンピュータソフトウエア・コンピュータサービス、Lテレビ・ラジオ


●新たな社会階層「創造階級」

 創造都市政策を考える上で、もうひとつ触れておかなければならないことがある。2002年に出版された米国の都市経済学者リチャード・フロリダ(Richard Florida)の『The Rise of Creative Class(創造階級の台頭)』(*8)である。フロリダはこの著作の中で、今後高い成長の見込める知識集約型産業は創造的な人材の集まる都市や地域に立地することを示し、そうした21世紀型産業を支える社会階層を「創造階級(Creative Class)」と名づけた。
  彼は、そうした人材を引きつけ、イノベーションを生み、経済成長を促すには、3つのT(図表2参照)すべてが揃った場所でなければならないとし、この指数を使って都市比較を行った。なかでも寛容性の指標として用いた「ゲイ指数」は大変な反響を呼んだ。同性愛者の割合の高い地域は、異分子を排除しない寛容性に富み、創造性豊かな地域として今後の経済的な成長を見込める、というのである。
  このように、創造都市の概念が発表されて以降、世紀をまたぐ形で、都市政策も産業や経済政策も「創造性」を重視する方向へ雪崩を打ったようにシフトしている。
  08年度に横浜市から委託を受けて筆者の研究所が実施した調査によれば(*9)、創造都市を政策に掲げている、もしくは、創造都市的な政策を導入している都市は、世界各国で66都市にのぼった。情報の把握やアンケート回収ができなかった都市も少なくないことから、実際にはもっと多くの都市が、創造都市的な政策を展開しているに違いない。
  では創造都市とは何なのか。正直なところ、それを明確に定義することは難しい。ただ、その考え方は小冊子の発行から20年近い歳月を経た今も古びる様子はない。むしろその間にさまざまな解釈を生みながら、創造都市の概念自体がますます拡大しているように思えてならない。
  次回以降3回にわたって、国内外の代表事例を振り返りながら、地方公共団体の文化政策や地域活性化策における創造都市の位置づけや意味を再整理してみたい。

*8 邦訳は、井口典夫訳『クリエイティブ資本論−新たな経済階級の台頭』ダイヤモンド社、2008年。
*9 ニッセイ基礎研究所(横浜市委託調査)、国内・外の創造都市に関する調査、2008年3月

図表1 創造産業の同心円モデル

出展:佐々木雅幸、2008、『価値を創る都市へ』(NTT出版)所蔵


図表2 リチャード・フロリダの創造性指数(Creative Index)


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