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今月のレポート

福島県喜多方市

「2019喜多方発21世紀シアター」

 1980年代に開館した地域の老舗公立ホールの特徴のひとつが市民による裏方ボランティアの存在だ。たんば田園交響ホールと並び、名を馳せていたのが喜多方プラザ文化センターで、昨年開館35周年を迎えた。そのプラザが2000年から新たに取り組んできたのが、まちなかも会場にした子どものための芸術祭「喜多方発21世紀シアター」である。記念となる20回目が8月1日から5日までプラザをメイン会場に市内25カ所で開催され、全国から音楽、人形劇、大道芸、芝居、落語、マイムなど85団体が参加。延べ384人の市民ボランティアが支え、124公演が繰り広げられた。

 この芸術祭は、喜多方に拠点を構えた劇団風の子東北(*1)を主宰する澤田修さんが地元の子どもたちのためにと提案したのが始まり。2003年から規模を拡大し、児童劇団などのショーケース的な芸術祭として東北エリアのおやこ劇場関係者も多く訪れるようになった。
 4日、5日と幾つかのパフォーマンスを回った。プラザの会議室では、劇団なんじゃもんじゃによる『ベッカンコおに』が上演されていた。暖簾のように出入り可能な大きな布絵で舞台三方を仕切り、2人の役者がお面、人形を巧みに使って8役をこなす。美しい照明で動く絵本のような片手使いの人形劇『ハリネズミと雪の花』を披露したひぽぽたあむ、1790年創業の老舗酒造所・大和川酒蔵の昭和蔵で電子マリンバやループ・サンプリングも駆使してマリンバの即興演奏をした松本律子、20周年の洒落で結成した芸達者な芸術祭の常連3人(シモシュ、岡田健太郎、長田ひとし)によるオリジナル人形歌芝居『ウラシマタロウ伝説』など、想定以上の多彩さや工夫に驚いた。
 出演団体は公募で、出演料は何公演でも1人2万円という条件にもかかわらず10年以上通っている常連がほとんど。黄色いTシャツを着た小中高生ボランティアが客の呼び込みや公演の前説に主体的に関わり、親子で参加しているボランティアも多く、その様子を退職したホール職員や第一世代のボランティアが裏で支え、人間関係のエピソードがいくらでも出てくるという、まるで親戚の集まりのようだった。
 その象徴が、最終日に行われた20周年のお祝い祭り「SUPER GARAGORI」(*2)だ。この会は次代を担うボランティアが中心となって企画。出演者や観客など200人近い人が集まる中、「5歳の頃から親に連れられて芸術祭に通い、アイドルだった男の子が高校生になって次期実行委員長を狙う!」というまるで実話のような寸劇を披露。出演した創造団体による出し物や、来場者みんなに祝福された実行委員長の引退式が行われるなど、これまでに見たこともないフィナーレだった。

「SUPER GARAGORI」で勢揃いした出演者と市民ボランティア

 澤田さんは、「お金にはならないけれど子どもたちを喜ばせたいという気持ちだけでここに集まってくる。交流する機会がない創造団体にとっても、こういう場が必要だった」と振り返る。喜多方子ども劇場出身で実行委員会事務局を担ってきた篠田直子さんは、「東日本大震災の時は、創造団体の人たちが『手弁当でも行くから、喜多方から元気を発信しよう』と開催を躊躇する私たちの背中を押してくれた。子どもの頃からプラザに来ていた地元の若者が職員として帰ってきたので、きちんとバトンタッチし、支える側に回るために、私も今回で引退する」と、世代交代に意欲を見せていた。
 芸術祭期間中には、遠藤忠一・喜多方市長や赤坂憲雄・福島県立博物館館長などを招いたシンポジウムも開催された。赤坂館長が、「我々の社会は、子どものことを考えていれば間違うことがない。いかに継続させていくかが問われている」と話したのに対し、遠藤市長は、「当市の文化創造都市構想の柱に21世紀シアターを据えていきたい」と受け止めていた。
 80年代に全国の先頭を切り、さまざまな知恵で運営されてきた老舗公立ホールは、市町村合併、指定管理者制度、人口減少と財政難、施設の老朽化、職員の世代交代と幾つもの変化をかいくぐってきた。20年前に芸術祭を立ち上げ、人間関係という宝を育んできたプラザが新世代によってどのようなホールになっていくのか、本当に興味深いと思った。

(田中健夫)

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