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制作基礎知識シリーズVol.41

講師 山名尚志(株式会社文化科学研究所代表)

公立文化施設の多言語対応

 2017年3月、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催までに訪日外国人客を4,000万人までに拡大する「観光立国推進基本計画」が閣議決定された。これは、2016年実績の2,404万人の1.67倍、東日本大震災以前のピークであった2008年(861万人)と比較すると実に4.6倍以上の数値である。筆者は、2015年以来数度にわたり、(公財)東京都歴史文化財団や(独法)国立文化財機構からの委託調査の担当者として、外国人観光客激増に文化施設がいかに対応すべきか、その方向性について調査してきた(*1 )。本稿ではその経験を踏まえ、文化施設の外国人観光客への取り組みのあり方について基本となるポイントを述べていきたい。
 文化施設の外国人対応には大きく2つの方向がある。1つは前述の観光立国政策やそれに基づく地方創生ビジョンに基づく外国人「観光客」への対応である。この場合、その目的は、日本の文化を普及する好機ととらえるとともに、外国人観光客を取り込むことで集客をアップさせ、施設経営に役立てることとなる。もう1つは、外国人「在住者」への対応、一般には多文化共生施策と呼ばれる方向性である。この2つは究極の目的は同じにせよ、全く異なる施策であるため、今回は前者について整理を行う。

まず訪日外国人観光客を集められる施設かどうかを考える

 訪日外国人客の急増を自館の集客増の好機としていくためには、前提として、施設が「観光施設」としての要件を満たしていることが必要だ。それは、「いつ行ってもお目当てのものが見られる」ということ。遠方からの観光客、まして海外からの顧客にとっては、その時しか行われていない企画展やその時々の公演事業の内容を、事前に調べ、チケットを押さえることは非常にハードルが高い。観光施設としては、美術館・博物館であれば、常設展や収蔵品展の魅力をアピールすることが基本となる(劇場であれば常打ち公演)。一般的に言えば、日本でしか見られない伝統文化、あるいはアニメ等の日本が世界の中心であるもののほうが外国人にとっては魅力的ということになる。
 典型的な例としては根津美術館がある。日本美術や東洋美術の収蔵品展を中心とし、多くの国宝・重要文化財を擁し、かつ四季折々の日本ならではの自然を楽しむことができる庭園のある同美術館は、フランスなどの欧米観光客を多数集める都内有数のスポットとなっている。劇場で言えば、歌舞伎座や、アジア圏を中心にわざわざチケットを予約して来日する海外集客が多い2.5次元ミュージカル専用シアター「アイア2. 5シアタートーキョー」などが「外国人向け施設」と言える。
 これは、企画展・巡回展中心、劇場であったら短期の公演中心の施設は、焦って外国人観光客対応を進めても、あまり大きな成果が期待できないということでもある。もちろん、森美術館のように、企画展中心で多くの外国人を受け入れている施設もある。ただし、森美術館については、立地する六本木ヒルズ自体が都市型観光施設として大きな集客力をもっていること、また、企画展自体についても、国内美術館には珍しい積極的な海外広報を実施していること等、独自のパワーをもっていることを踏まえておく必要がある。

“使いやすい”施設になる

 外国人観光客への対応ガイドラインとして現在基本となっているのは、2014年に、観光庁が出した「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」である(*2)。同ガイドラインでは、看板や標識・サイン、解説パネルなどの掲示物を対象に、@どこまでの言語に対応するかのルール(基本は日英併記だが、外国人観光客が多い、もしくは、増やしたい場合は、中国語・韓国語その他を増やす)と、A英・中(簡体字)・韓3カ国語での具体的な翻訳例や翻訳の際の注意が掲載されており、多言語対応の初めの一歩がわかる構成となっている。
 上記のガイドラインの使用については、気をつけておかなければならないことが1つある。それは、「主立った看板や標識だけを多数の言語に対応しても、実は、外国人観光客にとって殆ど使いやすくはならない」ということだ。実際問題、EXITやWCなどの簡単な英語標識を理解できない外国人観光客はまずいない。実用上は、英語と、あとせいぜいピクトグラムがあれば十分だ。
 多数の言語での対応が求められるのは、主要な標識ではなく、むしろ細かな注意書きや臨時の張り紙のほうである。こうした細かなこと、臨時の変更に限って、内容がややこしく、しかも国によって習慣が違うため、英語だけでなくできるだけ多数の言語に丁寧に翻訳しておかなければすぐにトラブルが発生してしまう。「土足厳禁」という四文字熟語だけでは、欧米の顧客にとっては呪文も同様だし、コインロッカーがデポジットになっている国は日本以外では滅多にない。また、傘立てのカギの仕組みも、かなり独特。せっかくベビーカーの貸し出しや多機能トイレ等のユニバーサル対応をしていても、その説明や利用カウンターの案内が日本語だけでは、外国人にとっては、存在しないのと同じことになってしまう。
 海外の大規模施設、ルーブル美術館やメトロポリタン美術館などの事例を見ると、上記の考えに基づく割り切りが明確だ。標識類については、ルーブルでは、仏英西の3カ国語、メトロポリタンでは英語のみ、つまり多言語対応がされていない。一方、注意書きや張り紙類、例えばルーブルにおけるテロ対応のための臨時措置やメトロポリタンの料金についての注意書きは、5カ国語以上、場合によっては10カ国語程度でしつこく表記されている。トラブルが起こりそうな面倒なところ、一時的な張り紙こそ多数の言語で対応というのが基本なのである。
 もちろん、すべてを10カ国語で掲示していては、いくらスペースがあっても足りなくなる。それを防ぐために必要なのが館内パンフレットやウェブサイトにおける来館案内の充実である。例えば大英博物館では、館内表示は(寄付金のお願いを除き)ほぼ英語だけだが、ウェブサイトの来館案内は8カ国語で対応している。また、ルーブルでは、実に13カ国語でパンフレットが用意されており、ウェブ上からもPDFでダウンロードが可能となっている。

コンテンツを魅力的に見せるためには

 いかに利用が円滑になっても、そもそも行きたいと思わなかったり、来た時に展示や公演に満足してもらえなかったら、集客には繋がらない。そのためには、ウェブサイトのコンテンツや誘客用のPR素材の充実、目玉となる作品や資料の紹介の強化が必要だ。展示解説等については、壁面に掲示できる言語数には限りがあるため、音声ガイドやスマートフォンアプリなどを使ったマルチメディア対応が重要となる。舞台の解説についても、イヤホンガイドだけでなく、近年ではポータブル型の字幕表示デバイスが使えるようになってきている(国立能楽堂などが導入)。
 気をつけておかなければならないのが翻訳の質である。ネイティブチェックの実施は当然だが、問題は、直訳しただけでは、文化も背景知識の量も異なる外国人にはピンと来ないことが多い。これを解決するためには、“訳す”というより、外国人向けに魅力的な解説文を新たに“書き起こす”という姿勢が必要である。
 川崎市立日本民家園では、この課題を、「そもそもの解説文を、子どもでも誰でもわかるよう、徹底的に開いてつくる」ということで解決している。背景知識なしでもわかるように初めからつくっておけば、直訳しても、外国人にもわかりやすく伝わる。これは、逆に言えば、これまでの日本の文化施設の解説の多くが、実のところ、日本人にもなかなかわかりにくいものが多かった、ということでもある。
 大英博物館やルーブル美術館、メトロポリタン美術館、MoMAなど、海外の大型美術館・博物館では、収蔵品のハイライトを、わかりやすく、多くの写真で美麗に紹介したスーベニア(お土産)ブックを多数の言語で有料で販売している。学術的に正確な図録だけではなく、観光客が喜ぶ「わかりやすく美しい」コンテンツを作成し、提供・販売する。これも、多くの訪日外国人を惹きつけ、満足させる必須の対応のひとつである。

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