一般社団法人 地域創造

財団事業報告 公共ホール音楽活性化事業レポート

  財団法人地域創造は、平成10年度から「公共ホール音楽活性化事業」に取り組んでいます。この事業は、コンサートとともに地域の事情に応じた関連事業(=アクティビティ)を実施することで、クラシック音楽をより身近に感じてもらおうというもので、あわせて公共ホール職員の企画力向上と、実力ある新進演奏家の紹介を狙いとしています。平成10年度には データ欄で紹介した12地域が地域創造との共催で事業に取り組みました。

 

 「“アクティビティ”って何?」ということからスタートし、試行錯誤の1年間でしたが、参加ホール職員の奔走とアーティストの皆さんのご協力により、無事、全事業を終了することができました。今回は、アクティビティを中心に3つの地域の事例を紹介しながら、事業の成果と課題を報告したいと思います。

 

●アクティビティの実際

 

~浦和市プラザイースト~ 「企画」の立ち上がるプロセスを体験

 

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 埼玉県浦和市のプラザイーストは、ピアニストの高橋多佳子さんによる公開レッスンとコンサートに取り組みました。事業を担当した谷口秀明さんは、9年度までは市の税務課に勤務し、「クラシックは全くの門外漢、休日は野球漬けの日々」だったとのこと。

 

 「企画を考えたとき、プロ野球選手がよくやる『ふれあい野球教室』ができないかと思ったんです。プロってやっぱり憧れじゃないですか」。でも、「ピアノ」でどうやればいいのか? マネージャーや高橋さんと相談する中で、受講生が好きな曲を舞台で演奏し、それを聴いた高橋さんがアドバイス、その模様を公開するという内容が固まりました。

 

 1月11日、レッスン当日。49人の応募者の中から選ばれた小学生から会社員まで8組が舞台に上がりました。『戦場のメリークリスマス』のテーマを演奏した会社員の鈴木俊輔さんは、独学でピアノを学び、譜面を全く見ない(読めない!)で演奏するという強者。「耳で聞いてもわからない一つ一つの音のイメージについていろいろお話を聞けて良かったです」。

 

 高橋さん自身こうした試みは初めてで「実はできるかどうか不安だったです。でも、皆さんの演奏を聴いていたら、一人一人本当に素晴らしいものをもってることに感動して。すると、こうしたらこの人はもっと良くなる、っていう言葉がどんどん沸いてきました」。

 

 2月のコンサートは満員の盛況。終演後はレッスン受講生が高橋さんを取り囲む場面もあり、ロビーはなごやかな雰囲気に包まれていました。無事、「初めての自主事業」が終わった後、谷口さんは「わからないことばかりで本当に大変でした。コーディネーターやマネージャーも質問攻めで大変だったと思います。でも、高橋さんが本当に熱心にやってくださって。今年の秋にまた同じ企画をお願いすることになりました」。

 

 アクティビティを実施するために、ホール職員は必然的に演奏家やマネージャーと細かいやりとりをすることになります。その中で、「企画」が立ち上がっていくプロセスを共有するのは、とても貴重な経験になったのではないでしょうか。

 

~小出郷文化会館~ 子どもたちに、プロの、生の音を届ける

 

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 「子どもたちの感性をみがく」ことをコンセプトに掲げる小出郷文化会館では、アクティビティとして小学校への訪問コンサートを企画しました。出演は、ヴァイオリニストの白石禮子さん。白石さんとの事前の打ち合わせの中で出たさまざまな話をヒントに、担当の榎本広樹さんが、お話と演奏、ヴァイオリンに触れられるミニ・レッスンを行うという進行台本を作成。1月12日と13日、1メートルを超す積雪の中、4つの小学校を訪問しました。

 

 司会役の榎本さんは小学生パワーを前に少々緊張気味。弦が羊の腸でできていると説明すれば、真顔で「羊は痛くないの?」と聞かれ、絶句。予想もつかない反応に台本はどんどん改訂されていきます。

 

 あっという間に4校目、小出小学校では4年生116人が音楽室に集まりました。ほとんどの子がヴァイオリンを見るのは初めてで、興味津々。「このヴァイオリンは1765年に生まれたの」という白石さんの話に「おおっ」と驚き、希望者殺到のミニ・レッスンでは、指名を受けた男の子の喜びのパフォーマンスに大爆笑。しかし、演奏がはじまると、その緊張感にぴんとした静けさが音楽室を包みます。テンポの早いクライスラーのスケルツォでは、巧みな弓さばきに思わず「すごい!」という歓声があがり、最後のマスネ『タイスの瞑想曲』では、全員がしっとりとした音色に引き込まれているようでした。

 

 後日、会館に送られたアンケートや感想文には「毎日毎日ごはんも食べなくていいからいつまでも聴いていたい」「ヴァイオリンの音や白石さんが曲に合わせて踊っていてよかったです」など、大人顔負けのイメージ豊かな言葉がズラリ。2月に開催されたホールでのコンサートでは「学校でコンサートを聴いて帰ってきた子どもが、すごいすごい、また聴きたいと言うので一緒に来たんです」という親子連れもいました。

 

 間近で聴くプロの生の音は、しっかりと子どもたちに届き、確かに彼らの世界を広げたようです。自分たちではホールに来られない、あるいは“きっかけ”がなくて来ない地域の人たち(特に子どもたち)に対して、ホールが成しうる仕事の可能性を確認することができた事例でした。

 

~新冠町レ・コード館~ 地域の人材とネットワークの力

 

 アクティビティを積極的に展開しようとする際には、地域の中での人材発掘とネットワークが不可欠です。北海道新冠町のレ・コード館では、今回の事業の企画・運営そのものを、ボランティア組織「自主企画事業運営委員会」が行いました。今回取り組んだのは「オペラ」で、声楽家の沢崎恵美さん、中鉢聡さんによる訪問コンサート(学校と老人ホーム)とワークショップ、ホールでのコンサートが行われました。

 

 学校訪問では運営委員の神山右文さんが自分の住む太陽地区の小学校にコンサートを“誘致”。「校長が面白い事が好きなのを知っていたので、やってみませんかって声をかけました」と神山さん。レ・コード館が出来る前から、毎年野外コンサートなどの運営に携わっていたという神山さんは、当日の司会・進行も手慣れたもので、約150名集まった子どもたちと地区の人たちは、中鉢さんと沢崎さんの絶妙のトークと、生の声楽の迫力を存分に楽しみました。

 

 翌日の発声ワークショップには、市民劇団や地元合唱団のメンバーを中心に約50人が参加。運営委員でもあり、劇団員でもある石田知樹さんが自ら個人レッスンの受講生となり、厳しい(?)指導を受けるなど影の牽引役として参加者を引っ張ってくれました。レ・コード館の堤秀文係長は「“自主企画事業運営委員会”は、ホールでの事業も含めてトータルにまちづくりを考える『地域プロデューサー』集団です。今回は、『地域プロデューサー』ならではの、広がりをもった事業が展開できたと思います」。

 

●今後の課題

 

アーティストの魅力をもっと伝えるために

 

 アクティビティを通じてさまざまな試みを実施でき、お客様の反応も良かったというのが地域の側の全般的な感想でした。それに対し、アーティストにとっては初めての試みだっただけにかなり負担になった部分もあったようです。

 

 「響きやお客様との距離感など、そのつど条件が違うので、いい演奏をするのに必要な緊張感をどうつくるかが難しかった」という声もあり、ホール以外の場所で演奏する際の環境をいかに整えるかが、今後の課題の一つとなりました。初めてのことで、「あれもこれも」とアクティビティを盛り込み過ぎてしまい、スケジュールがかなりきつくなったところもあったようです。アーティストにとってやりがいのあるコンサートがあってこそ、充実したアクティビティが成立するということを肝に銘じ、アクティビティとコンサートのバランスのとれた企画づくりが、今後の最大の検討課題ということではないでしょうか。

 

継続への取り組み

 

 こうした事業を各地域がいかに継続していくか? ということも大きな課題です。10年度参加地域からは継続して開催したいという希望が多くあがり、中には自前で事業を継続することを決めた地域もあります。地域創造でも、2地域を11年度も引き続き支援し、継続にあたっての課題や効果を検証したいと考えています。

 

 個々の地域の事情を踏まえながら、アーティストと音楽の多様な魅力を伝えるために、地域創造では、この事業を通じて得られた「コンサート+アクティビティ」実施のノウハウを蓄積し、整理していく予定です。10年度事業について、詳細なケース・スタディ集を発行する予定ですので、ご希望の方はお問い合わせください。

 

●事業の枠組み
(1)地域のホールと(財)地域創造の共催で、クラシック音楽のコンサートとワークショップ、訪問コンサートなどの関連事業(アクティビティ)を実施する。
(2)事業には、地域創造に登録した新進演奏家の内、開催ホールの希望するアーティストが出演する。
(3)演奏家の出演料、交通費と関連事業に係る経費の一部を地域創造が負担。
(4)開催ホール担当者を対象とした事前研修を開催。その後、事業の企画、実施にあたり、コーディネーターが開催ホールをバックアップ。

 

●平成10年度コーディネーター
児玉真(カザルスホール・チーフプロデューサー)、箕口一美(カザルスホール・プロデューサー)、能祖將夫(青山劇場・青山円形劇場プロデューサー)、室住素子(オルガニスト・杉原音楽教育研究所所長)、吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所主任研究員)、故・最上紀男(元盛岡市文化振興事業団 事業担当プロデューサー)津村卓(財団法人地域創造チーフディレクター)

 

●平成10年度参加ホールと出演者
*はアクティビティの内容
◎新冠町レ・コード館/北海道新冠町
沢崎恵美(ソプラノ)、中鉢聡(テノール)
*学校訪問コンサート、発声ワークショップ、老人ホームへの訪問コンサート

 

◎浪岡町中世の館/青森県浪岡町
竹村佳子(ソプラノ)、中鉢聡(テノール)
*養護学校訪問コンサート、歌のワークショップ

 

◎函館市芸術ホール/北海道函館市
高橋多佳子(ピアノ)
*ピアノ公開レッスン

 

◎瀬戸田町民会館/広島県瀬戸田町
沢崎恵美(ソプラノ)、中鉢聡(テノール)
*小学生との交流事業、幼児と保護者のためのコンサート、合唱団との交流

 

◎和光市民文化センター/埼玉県和光市
河野めぐみ(メゾ・ソプラノ)、中鉢聡
*オペラの楽しみ方についてのレクチャー

 

◎黒部市国際文化センター/富山県黒部市
竹村佳子(ソプラノ)、中鉢聡
*地元合唱団へのワークショップ、病院訪問コンサート

 

◎小出郷文化会館/新潟県小出町ほか
白石禮子(ヴァイオリン)
*温泉ロビーコンサート、学校訪問コンサート

 

◎プラザイースト/埼玉県浦和市
高橋多佳子(ピアノ)
*ピアノ公開レッスン

 

◎大島町民文化ホール/長崎県大島町
沢崎恵美(ソプラノ)
*老人ホームでのミニコンサート、子ども達へのワークショップ

 

◎三木町文化交流プラザ/香川県三木町
沢崎恵美(ソプラノ)
*シルバー、婦人、ジュニアの3世代合唱団の指導

 

◎西新井文化ホール/東京都足立区
山崎祐介(ハープ)
*ホール探検隊+ミニコンサート

 

◎和田山町文化会館/兵庫県和田山町
川井綾子(ピアノ)、高木和弘(ヴァイオリン)
*小学校での訪問コンサート

 

●平成11年度参加ホール
◎新規参加ホール
雄勝町総合文化会館(秋田県雄勝町)、寺泊町文化センター(新潟県寺泊町)、韮山時代劇場(静岡県韮山町)、甲賀町農村環境改善センター(滋賀県甲賀町)、温泉町夢ホール(兵庫県温泉町)、ハワイアロハホール(鳥取県羽合町)、春野町文化ホール(高知県春野町)、佐川町立桜座(高知県佐川町)、城島町総合文化センター(福岡県城島町)、シーハットおおむら(長崎県大村市)

 

◎継続モデル地域
新冠町レ・コード館(北海道新冠町)、黒部市国際文化センター(富山県黒部市)

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