一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.5 ホール・劇場機構編④ 照明の仕事

照明の仕事 ~光を操り、台本の世界を再現する~

講師 桑谷哲男(世田谷パブリックシアター テクニカルマネージャー)

 

●劇場における「照明」の歴史

 

  劇場に照明が必要になったのは、野外劇場が天候に左右されない屋根付き劇場に変わり、劇場内が暗くなってからです。それでも江戸時代の芝居小屋には明かりとりの窓があり、基本的にはそこから自然光を取り入れて興行が行われていました。

 

  裸火が火災の原因になるため、当時は法令で夜間興行が禁止されており、興行時間は朝6時から17時までで、日暮れには公演が終了していました。公演時間が延びて徐々に夜間興行が行われるようになると、裸火が明かりとして使われるようになりましたが、やはり火元になることが多く、劇場はやがて橋止めや町外れに追いやられていきました。

 

  当時の面白い照明に「面明かり(つらあかり)」というのがあります。これは、黒子がろうそくを役者の顔に近づけて照らす、今でいうフォロースポットです。ちなみに、照明家の立場から言うと歌舞伎が白塗りしたり、隈取りのような派手な化粧をするのは照明が暗かったからだと思っています。ですから、今でもその派手さを生かすために、歌舞伎の照明はシンプルな地明かりしか使いません(一部の創作歌舞伎では近代的な照明を使うケースがありますが例外的です)。

 

  種油、ろうそく、石油ランプ、ガス灯の時代を経て、20世紀初頭に電気による照明という革新的な技術が出現すると、劇場の明かりもそれにとって替わられます。日本で一番最初に白熱灯を用いたのは旧・歌舞伎座で明治22年のことでした。電気技術により人為的に光をコントロールすることができるようになり、光の演出への本格的な取り組みが始まります。最初、ろうそく方と呼ばれていた照明さんは、やがて電気屋さんと呼ばれるようになりましたが、劇場での音響や照明の地位は決して高いものではありませんでした。

 

  しかし、産業技術の発達により、電気照明や電気音響の可能性が高まってくると、この地位に大きな変化が訪れます。劇場にはこうした技術による表現を専門に扱うデザイナーが生まれ、今やこうした空間表現はコンサートや舞台芸術になくてはならないものになっています。

 

●照明技術の進歩

 

電気照明の技術的な進歩には、スポットの進歩と調光機の進歩、そしてアナログからデジタルへの進歩の大きく3つがあります。

 

◎スポット

 

  スポットは3つの方向性で進歩しました。1つが「バリライト」に代表されるムービングライトの出現です。ムービングライトは方向も色も模様も自由に変えられるため、極端に言うと、全スポットをこれにすれば、オペレーター1人でどんなオペレーションもできるようになります。

 

  2つ目が「プロファイルスポット」の登場です。これは、従来の凸レンズ型のスポットに対し、明かりの精度を革新的に向上させたものです。日本ではまだ凸レンズ型が主流ですが、世田谷パブリックシアターのスポットはすべてこのタイプになっています。

 

  3つ目がレンズレスの「パーライト」です。廉価で軽量、取り扱いやすい上、光量が強いという才能に溢れたスポットで、照明器材に革新をもたらしました(但し、高熱を発するため使い方を誤ると危険な場合もあります)。

 

◎調光機

 

  劇場の中にある明かりを手元で一括してコントロールできる調光機の登場が照明の世界を一新しました。調光機は明かりの点滅、明暗を集中管理する仕組のことで、これによって、照明は単に舞台を明るくするだけでなく、明かりをつくる(明かりで表現する)ことができるようになりました。舞台の進行と同時で対応しなければならなかったオートトランスの時代が長く続きましたが、事前にプログラムが組めるサイリスタ(SCR)調光器の登場により、少ない人数で複雑な明かりをつくることができるようになり、舞台芸術における照明の役割が画期的に変わりました。

 

◎デジタル化

 

  現在ではこうした調光をコンピュータでコントロールするようになってきました(デジタル化)。紙にデータを書き、フェーダーを組み、手作業で操作する時代から、入力されたデーターをオペレーションする時代へ。コンピュータ化により、作業効率の向上だけでなく、組み間違い、上げ間違いといったオペレーターの人為的なミスが減少し、再現性、確実性が飛躍的に向上しました。

 

  加えて、人間技では限界があった連続キューにも機械的に対応できるため、より複雑で高度な照明プランを実現できるようになりました。ミュージカルや大型コンサートのファンタジックな照明はこうした技術革新の賜です。コンピュータ化により分業が進み、職人が支配していた調光室に若い人たちが出入りできるようになったのも、もう一つの変化でしょう。

 

●劇場における照明の役割

 

  照明の基本的な役割は、舞台上にあるもの(役者、舞台装置、衣装、小道具など)を見せること(見せないこと)です。それをどのように見せるか、そのためにどのように光を操るかが照明の仕事です。照明を操る基本技術で大切なのは、スポットの明暗、大小、角度、そして色の使い方です。この基本技術がきちんとマスターされているかどうかで仕事のレベルが決まってきます。

 

  照明の役割は、台本に書かれたことをどう再現したいのか(演出プラン)、照明で表わしたいのが時間の推移なのか、感情なのか、リアリティなのかなど、その作品(シーン)で何が求められているかによって変わってきます。冒頭に言いましたが、日本の伝統芸能の場合、歌舞伎も能も日舞もシンプルな明かりで、明かりに意味をもたせることは基本的にやりません。リアリズム演劇の時代も、照明は白い光がメインで(日常生活ではたとえ人が怒っても周りの明かりが赤くならないのと同じです)、専らウソの世界を本物に近く見せる効果が期待されていました。

 

  しかし、小劇場演劇の時代に、リアリズムの白い光に反発し、またあらゆる手段を使って表現したいという欲求があり、照明が自己表現の手段になっていきました。よく照明は「光で空間に絵を描くこと」と言われますが、私自身はその考え方があまり好きではありません。劇場に最先端の機材が導入されたおかげで、予算をかけないで照明でやれることが増えたため、明かりに頼る傾向がありますが、それは演出家の想像力、俳優の想像力、観客の想像力を奪うことにつながります。私は俳優に委ね、装置に委ね、観客に委ね、できるだけ何もしない引き算の照明が一番いいのではないかと思っています。

 

●照明スタッフの仕事

 

  技術スタッフ(音響も含む)の仕事には、作品をつくるための仕事と劇場付きのスタッフの仕事の2通りがあります。世田谷パブリックシアターの場合、劇場にプランナーを雇用してこの両方の役割を担っています。世田谷を例にとって技術スタッフの仕事を説明したのが、下記の表です。大きく分けると、劇場の管理スタッフとしての仕事、作品をつくるための仕事、公立で運営されている地域の舞台芸術専門施設としての仕事があります。ここでは公演のための仕事について少し説明しましょう。

 

  照明スタッフには、照明の設計図を考えるプランナー、卓を操作するオペレーター、必要に応じてピンスポットやステージ上の照明機器を操作する人などがいます。主な仕事としては、照明プランの作成、仕込み図の作成、コンピュータへのデータ入力、公演のためのスポットや各種照明機材のセッティング(つり込み、回路確保、フォーカシング=スポットの大きさや方向性を決めること)、安全管理などがあります。こうした準備の後、舞台稽古での明かり合わせを経て、公演時には実際のオペレーションを行います。

 

  通常、公共ホールの場合、こうした公演に向けての仕事より、日常の機器管理・安全管理に重きが置かれがちですが、地域の舞台芸術専門施設としての役割をもっと重視すべきではないでしょうか。組織体制から見直す必要があるとは思いますが、アマチュア文化団体の技術研修やサポート、要請があればある程度のプランニングまでできるような体制になればと思います。

 

●技術スタッフの仕事と役割

 

◎日常業務
・劇場、稽古場、作業場などの施設管理
・劇場設備、備品の整備、管理
・技術セクションに関する予算、契約の管理運営
・附帯設備、備品、消耗品の運用管理
・劇場運営のための打ち合わせ・会議
・委託業務の管理
・舞台系施設の防災、警備、空調などの安全管理と避難誘導
・劇場利用の窓口相談
・視察、見学などの外来者対応

 

◎舞台業務
・貸館時の技術面での使用条件などの打合わせ
・貸館時の搬入、設営、撤去時の立会いと技術指導
・貸館時の舞台進行の安全管理
・貸館時の舞台設備の操作、サポート
・関係官庁への書類届け出確認

 

◎事業業務
・自主事業などの企画業務への参画
・自主事業などへのプランナー、オペレーターとしての参加
・自主公演に関わる予算などの作成、管理
・主催公演の館外における公演への参加
・区民が利用する時の技術サポート

 

◎その他
・プロ、アマチュア向けの技術人材育成事業
・設備の改善、新規購入の計画、提案
・外部関連機関、団体との交流
・調査、研修、視察の計画と実施
・公演、活動記録などの整理保存

 

●催し物別の照明の仕事

 

◎講演会やシンポジウムなど
こうした「大会もの・式典もの」の照明は軽視されがちですが、一般の人が初めて劇場に足を運ぶのはこういう時が一番多いので、市民へのプレゼンと心得て、看板の見え方、客電を落とすスピードまで細かく計算して明かりをつくることが必要です。これがきちんとできるかどうかでその劇場のレベルがわかります。

 

◎クラシック・コンサート
ただ明かるくすればいいというのではなく、ピアノ発表会では手元に陰ができないか、オーケストラでは演奏者の目に照明が入らないかなどに注意して、演奏しやすい環境をつくることが求められます。

 

◎ポピュラー・コンサート
大規模なコンサートでは最新の照明機材が使われることが多いため、常に最新機器についての知識をもっておくよう心がけましょう。また、スタッフ数も多く、アルバイトも多いので安全管理には一層の注意が必要となります。

 

◎伝統芸能
歴史的に地明かりなど生明かかりのシンプルなものが多いのですが、舞台を均一な明るさにすることが求められます。これは簡単そうで実は大変な技術が必要なことです。

 

◎演劇
演劇の明かりをつくるという仕事の中に、照明の技術の基本がすべて含まれています。台本、演出、演技、音楽、美術などへの理解力を深め、それをいかに応用するかが求められます。日本の伝統芸能を除いて、照明に定式というのはないので、基礎的な技術をマスターした後は、経験と応用力で対応するしかないと思います。

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