一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.6 舞踊編① バレエ、ダンスの構造と意味

バレエ、ダンスの構造と意味

講師 市村作知雄(芸術振興協会)

 

  千人単位で生徒、師弟、縁者という観客を集めるバレエや現代舞踊の発表会と300人を対象にしたコンテンポラリー・ダンスの公演を比較して、どちらが社会性をもっているのか。あるいは社会に開かれたアートなのか。少なくともそれに対する答えを自分の中に持つことは、公共ホールの運営を考える場合、大変に大事であると思う。

 

  どのような公演であれ、最初の観客は、親子親戚、友だち、仕事仲間から始まる。それは、全く見ず知らずの観客に劇場まで足を運ばせることがいかに困難であるかを示唆しているのだが、社会に開かれているとは、そのような困難さに立ち向かう姿勢のことだと、私は思っている。この文もその考え方を前提にして書かれている。

 

  ダンスあるいは舞踊という場合、最も広くとらえれば、祭儀や原始的な舞踊にまで遡るのだろうが、ここではあくまでも芸術として、それ自身が目的となり自立したものとしてあるダンスに限定して話しを進めたい。
  その範囲でダンスを分類すると、西洋において確立したバレエ、バレエの束縛からの解放を目指したダンス、そして民族舞踊から発しながらも世界的なものとなったフラメンコやタンゴなどがある。ここではバレエとダンスについてその構造と意味について概観する。

 

●バレエの構造と意味

 

バレエ『白鳥の湖』が初演されたのが1877年。『眠れる森の美女』が1890年、『くるみ割り人形』が1892年と、19世紀後半のわずか15年間に3大クラシックバレエと呼ばれる作品は創作されている。どれも作曲はチャイコフスキー、振付の中心人物はマリウス・プティパである。現在でもバレエ界はこの遺産によって成立していると言っていいだろう。

 

  バレエはルネッサンス期のイタリアで発生したといわれている。そして17世紀半ばフランスの ルイ14世の庇護のもとで宮廷文化の華となった。宮廷バレエが退廃した後、職業としてのバレエが確立し、初期のバレエの代表作『ラ・シルフィード』(1831年)、『ジゼル』(1841年)がうまれた(この期のバレエをロマンティックバレエと呼んでいる)。

 

  バレエの構造は単純である。人間の動きは厳格な型(ボジションと動き)に支配される。足は主として5つのポジション(バレエでは、パとよんでいる)の順列組み合わせによって決められる(ただし、現在は少し変化している)。手のボジションや回転やジャンプも、それぞれに決められた厳格な型が存在し、ダンサーはその型をマスターするために日々トレーニングしているのである。その型は世界中共通だから、バレエダンサーはどこの国に行ってもそのまま仕事に就くことができ、それがバレエの国際性を確立した。バレエとは、ひとつひとつの厳格に定められたポジションと動きの型の順列組み合わせのことである。

 

  この動きの型と並びバレエ作品において重要な構成要素となっているのが「音楽」である。音楽は、ダンサーの動きのリズムを保証するもので、むしろ動きを総合的に支配していると言ってもいいだろう。

 

  そして最後にもう1つの重要な要素とされているのが「物語」である。音楽と物語をテキストにして、ポジションと動きの型を構築することでクラシックバレエは成立しているのである。そうならば、これら3つの確立した要素を「守ること」と「壊すこと」がバレエ界の以後の歴史となるのは当然の成り行きであろう。

 

  より創造的な振付家は「破壊」を求めた。その最初が「物語」についてだった。バレエに物語は必要なのだろうか。ロシアのディアギレフバレエ団(※)にいたジョージ・バランシンは、1934年、ニューヨークに移って、その解決に着手した。『白鳥の湖』の物語を全く知らないで公演を見たなら、舞台で展開されている物語を理解することは全く不可能である。それが演劇の物語とバレエの物語の根本的な違いである。観客は、物語を見に来るのではなく、音楽に合わせた動きを見に来るのである。バランシンはバレエから「物語」を排除した。これがモダンバレエの始まりであり、 その後のモーリス・ベジャールの登場により、大きな流れとなっていった。

 

  その次の破壊は「足(パ)」についてである。1984年、フランクフルトバレエ団芸術監督に就いたウイリアム・フォーサイスはパの破壊に取りかかった。パと言う5つの足のポジションが定められたのが17世紀半ばといわれるから、実にその破壊に300年の年月がかかったことになる。これは例えて言えば、能が「すりあし」をやめて、普通に歩こうという運動を起こすことに似ている。しかし、それによって起こることは能自体の終焉である。つまり、フォーサイスは300年をかけてバレエを終わらせたということになるだろう。もはやそこにはバレエとダンスの境界はない。

 

●ダンスの誕生と意味

 

  フォーサイスに先立つこと約100年。人間の解放とバレエの束縛からの解放を旗印にイサドラ・ダンカンが登場した。足が変型するほど窮屈なトウシューズ(バレリーナがつま先立つために履くシューズ)を脱ぎ捨て、厳格な型による不自由さを嫌い、より自由な踊りを実践することでダンスは出発した。彼女は世界の女性解放のシンボルとなったのである。コルセットをはずし、ゆるやかな服を着て、あるいは服を脱ぎ捨て、はだしで踊る姿は、来るべき20世紀の社会の方向を示していた。イサドラ・ダンカンを出発点として、2人の偉大な振付家が生まれた。ひとりはアメリカンモダンダンスの基礎を築いたマーサ・グラハムで、少し前までは、モダンダンスと言えばグラハム・メソッドを意味していた。日本の現代舞踊もグラハム抜きには語ることができない。もうひとりはドイツ表現主義舞踊の基礎をつくったマリー・ヴィグマンである。ドイツ表現主義は日本固有に生まれた舞踏(butoh)に大きな影響を与え、現在でも形を変えながらピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踊団などに引き継がれている。

  モダンダンスの最盛期にアメリカでは新たなアートの運動があった。ジョン・ケージによる音楽の概念の拡張、ジャスパー・ジョーンズやラウシェンバーグなどのポップアートの始まりであるが、ダンス界ではそれとパラレルに、そして彼らとの共同作業の中からマース・カニングハムの作品が登場し、ポスト・モダンダンスが生まれた。

  彼は、音楽や舞台美術をダンスに従属した構成要素であることから解き放し、音楽、美術、動き(ムーブメント)を等価に、それぞれ自立した形で舞台に登場させた。「動き」はテーマからの束縛を離れ、主役によるソロダンスと群舞という既存の構成スタイルも投げ捨て、それゆえ舞台は中心も周辺もない等質の空間で、ダンサーそれぞれがバラバラな動きをするという特徴をもっている。

 

  さて、ここまでくればすでに現在進行形である。コンテンポラリー・ダンスとは、ポスト・モダンダンス以降のことである。ポスト・モダンダンス以降で最も大きな運動となったのが、フランスを中心としたヌーベル・ダンスであった。現在静岡に滞在するジャン・クロード・ガロッタやマギー・マランなど実に多くの才能が日本にも紹介されたが、いまだポスト・モダンダンスを超えるところへは到達していないように思える。

 

●注目しているもの

 

  クラシック・バレエは物語と音楽をテキストにしていた。バランシンからはテキストは音楽だけになった。さらにポスト・モダンダンスでは、音楽は踊りから自立することで、リズム的要素を失い、バックグラウンド・ミュージックになり、場の雰囲気をつくるだけになった。 そこでのテキストは形(かたち)であり、例えて言うならマース・カニングハムは人間を使って、動く絵画を描いているのだろう。それに対しドイツ表現主義舞踊の流れを組むピナ・パウシュはテキストを人々の日常的な動きに求めた。現在の主流となったこうした舞踊作品は、この社会(大きな社会の流れでも極私的な日常でも)そのものをテキストにして作品を生み出しているが、その意味でかなり演劇に近づいていると言うこともできる。

 

  私は、社会を作品に取り込みながらも、再び音楽をテキストとするような振付家の登場を待望している。音楽をテキストとしなくなって、振付家のレベルは極端に低下したと感じているからだ。つまり、どんなに動こうと走ろうと、ジャンプしようと、それだけではダンスではない、ということである。

 

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※ セルゲイ・パヴロヴィッチ・ディアギレフ(1872年~1929年)
ロシアのディアギレフ・バレエ団団長、プロデューサー。彼のバレエ団のプロダクションを総称して「バレエ・リュス」と呼ぶ。1909年、パリのシャトレ座に初登場し、一大センセーションをひき起こし、オリエンタリズムと、ニジンスキーという野性味あふれた伝説的ダンサーにより一夜にしてスターの頂点に登りつめた。ディアギレフはさまざまなジャンルのアーティストに参加を要請し、総合的なスペクタクル性の強い舞台をつくり出すことに成功した。 バレエ・リュスに参加した主要なアーティスト、作品は以下のとおり。
[美術・デザイン]ピカソ、ブラック、デ・キリコ、エルンスト、ローランサン、ミロ、ユトリロ、マティス、シャネル、バクスト
[文学]コクトー
[音楽]ストラヴィンスキー、ドビュッシー、プーランク、プロコフィエフ、ラヴェル、サティ、リヒャルト・シュトラウス
[ダンサー・振付家]ニジンスキー、フォーキン、マシーン、ニジンスカ、バランシン、アンナ・パブロワ、タマラ・カルサヴィナ
[作品]『ポロヴィッツの人の踊り』『シエラザード』『火の鳥』『薔薇の精』『ペトルーシュカ』『牧神の午後』『ダフニスとクロエ』『春の祭典』

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