一般社団法人 地域創造

静岡県 第2回シアター・オリンピックス 市民参加劇『忠臣蔵』

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 百人の市民をパフォーマーとする群衆劇が清水で生まれた。仮設スタンドに思い思いの席を占めた私たちの前に、衣裳を着た出演者たちが、まるで彫刻のように静止している。そのうちに、両サイドの回廊から、この「展示」を見るために観光客が案内されてくる。彼らも出演者の一部である。掲げられた看板には、“本日の討ち入り8時00分”とイベントスケジュールが掲示してある。そう、ここは、『忠臣蔵』を題材とした、ディズニーランドのような、テーマパークなのである。

 

 ほかでもない『忠臣蔵』を清水港イベント広場で野外劇として上演する。そう聞いて私はいぶかしく思った。声が届きにくいオープンスペースで、緻密なせりふ劇は成立しにくいだろうと案じた。心配は無用だった。劇作家平田オリザは、テーマパークという卓抜なアイデアによって、この場での上演を観客にすんなりと納得させてしまう。

 

 

 劇のテーマは、日本的な意志決定システムである。赤穂の城で評定が始まっている。明け渡しか、籠城か。他家への仕官か、吉良邸への討ち入りか。大石内蔵助は自分の意見を押しつけるのではなく、風向きを読みながらコンセンサスを探していく。

 

 演出家宮城聰も、祭りがふさわしいこの場の性格をよく把握している。市民を先の彫刻から解き放ち、演技し、アフリカンドラムを叩き、ダンスを踊るパフォーマーに仕立て上げた。鉄パイプで組んだ8台の可動式ステージが、所狭しと広場を動き回る。百人の市民が太鼓を叩き、踊りまくり、劇を盛り上げる。

 

 物語の主筋はプロの俳優によって運ばれていくが、この平田、宮城版『忠臣蔵』では、市民のひとりひとりがアーティストとして役割を確かに受け持っている。こうした実感をもたらすだけの意味を群衆に負わせている。これまでにない成果である。市民オペラや第九の演奏会に合唱団の一員として参加するのもいい。しかし、『忠臣蔵』は、自分がひとつのパートを担い、それが全体を支えている確かな充実感を、参加者にもたらした。

 

 「2月中旬から、週末ごとに稽古をしてきましたが、指導のスタッフをどなたに頼むかは重要な選択でした。ダンスを北村明子さん、ドラムを棚川寛子さんに見ていただくことで、大人数なのに、落ちこぼれる人もなくここまでこれた。東京と地域に差があるとすれば、作品のどこが優れていて、どこが優れていないか見分ける観客がいるか、いないかだと思います。作品の価値を正当に評価してくれる観客がいて、はじめて表現者は緊張感をもてる。演劇やダンスは自分でやってみてどこが難しいかはじめてわかる。今回の経験で出演者のひとりひとりが、見分けのつく観客になってくれたと思います」

 

 『忠臣蔵』が一過性のイベントに終わってしまえば、市民は演劇やダンス、音楽などの表現活動をみくびることになりかねない。演出の宮城が、作品としてのクオリティに徹底してこだわったのはそのためである。

 

今回は「第2回シアター・オリンピックス」の参加作品、清水港開港百周年記念公演でもあり、行政のサポートも並々ではなかった。「百人の参加者を3つに分けて稽古場を押さえる。当然、欠席者も出る。予定の変更もありえる。その管理運営だけでも並大抵ではありません。公演を知らずに潮干狩りにきた市民には、帰ってもらわなければならない。リハーサルでは大きな音も出しますし、こと公道規制も必要でした。県と市のバックアップ、担当者の熱意があって、はじめてできた」

 

 参加者を40人に絞り、演劇・ダンスの経験者に限定。しかも、野外ではなく劇場での上演とすれば、クリアするべき問題は、はるかに少なくなる。他の地域での上演が期待される。

(演劇評論家・長谷部浩)

 

●第2回シアター・オリンピックス
  静岡県コンベンションアーツセンター(グランシップ)と舞台芸術公園をメイン会場に催される舞台芸術の世界祭典。県民が文化に親しみ、豊かな感性を育むとともに、静岡を国際的な芸術の拠点にするために県が誘致したもので、テーマは「CREATING HOPE~希望への貌(かたち)」。世界20カ国42作品を上演するほか、ナイジェリアのノーベル文学賞作家ウォレ・ショインカ氏の講演や演劇・ダンスのワークショップなども開催。
[主催者]第2回シアター・オリンピックス実行委員会
[芸術監督]鈴木忠志
[開催期間]4月16日~6月13日

 

◎『忠臣蔵』
[作]平田オリザ
[演出]宮城聰
[日程]5月1日、2日
[会場]清水港イベント広場

 

地域創造レター 今月のレポート
1999年6月号--No.50

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