静岡県浜松市と磐田市ーそれぞれ音楽の街、サッカーの街で全国的に知られているーの間に竜洋町という人口2万人ほどの町がある。その中央公民館、愛称「なぎの木会館」にあるいさだホールで、去る5月16日「竜洋フェスティバルオーケストラ」の結成記念コンサート「ブリリアントクラシックポップスコンサート」が行われた。町が独自にオーケストラを結成し、今後年2回このホールで定期的に演奏するという。ホールや自治体がオリジナルオーケストラをもつ先例がないわけではないが、この小さな町が運営に2千万円をつぎ込んでまで、「オリジナル」に取り組む理由を確かめたい。梅雨入り間もない週末に、「今日は映画の劇中劇の撮影があって」（公民館主幹・鷹野光弘氏）エキストラ出演の町の人たちでごったがえす「なぎの木会館」を訪ねた。
「メインはオーケストラのコンサートではないのです」ー初当選早々からなぎの木会館の建設と運営を指揮してきた池田籐平町長は言い切った。4期目を務めている池田氏が設計段階から言い続けてきたのは「本物」。「子どもの時にいかに本物に出会うか。そのとき得た感動が感性を育て、ひいては人間性を決定する。自分自身の経験からその重要さを痛感している」。周辺市町にある施設が多目的主流だったときに音楽専用をつくろうと決めたのも「何でもできるがどれも70点止まりよりも、これなら100パーセント」というホールにしたかった由。なぜ音楽なのかという問いには「何でもよかったのだが、地場に楽器製作工場が多い。楽器というハードのある町に音楽というソフトを充実させるのがいい」。「当初の建設予算からすると相当にオーバー」したが、音響設計の理想を生かす最良のホール建設に重点を置いた。
1991年4月の開館当初から、オーケストラを中心にかなりのクラシック音楽鑑賞事業を行う一方、児童やシニアの合唱、小学生の金管アンサンブル（ホールが楽器を用意）、アマチュアの室内合奏団や大人のための楽器指導などをホール主導で続けてきている。1995年アクトシティ開館でクラシック路線見直しを迫られたとき、「町民に敷居の高さを感じさせない公演づくりと、子どもたちやアマチュアとプロの交流」（二橋武良館長）を意識し、東京フィルハーモニーと3年間の友好提携を結んだ。公演は年2回、ポピュラーなポップスコンサートを行い、毎月1回東フィルのメンバーが中学の弦楽部や小学生金管アンサンブルを指導する。町の文化振興にジャストフィットの事業を目指してきた。
竜洋フェスティバルオーケストラは、いわばその発展型と言える。「まず音楽は楽しいもの、ということをわかってもらう」（町長）コンサートは年2回だが、竜洋町のために集まるオケメンバーによる定期的な演奏指導で、「演奏家と町の子どもたちや大人の間に顔の見える交流が生まれていく」のが池田氏の思い描く姿。オーケストラ事業費には2公演の制作費に加え、年12回弦・管楽器の指導にメンバーが来町する費用も含まれている。
中学生と大人の弦楽器指導のために、メンバーが二人ちょうどホールに来ていた。4月から既に3回目。「初めて楽器に触れる子どももいて、その出会いを指導する責任は重大。月1回でできることは多くありません。町で指導にあたる方たちとどんな風に連携したらいいか、一緒に考えていかないと。クラシック音楽ならではの一番楽しいところ、面白いところをわかってもらえるような演奏に触れるチャンスもつくっていきたいですし」。
開館8周年にしてオリジナルオーケストラをもった竜洋町は「百年かかるけれど、音楽が人生の大切な部分を占める人づくり」（ホールを支えるいさだ友の会鈴木かつ子会長）に向けて、文化インフラのハード面は固めたというところ。これからはソフト運用が正念場を迎える。1年後、5年後、10年後に注目したいホールだ。
（箕口一美）
●竜洋フェスティバルオーケストラ
「オーケストラ・アンサンブル金沢」専属指揮者榊原栄氏が音楽監督を務める竜洋町のオリジナルオーケストラ。メンバーは、元チェコフィルのバイオリニスト、ウラディミール・ブカチュ（コンサートマスター）ほか、東京フィルや新日本フィル、Ｎ響、神奈川フィルなどのトップ奏者約50名。
●竜洋町「なぎの木会館」
1991年開館。中央公民館と図書館の複合文化施設。大ホール「いさだホール」（869席）、小ホール（可動席・132人収容）、会議室、図書館など。
［所在地］〒438-02 静岡県磐田郡竜洋町豊岡6605-3 Tel.0538-66-1111