一般社団法人 地域創造

福岡市 ミュージアム・シティ・プロジェクト 1999

ヴォッヘンクラウズール:アートによる提案と実践

 

 この冬、福岡市でオーストリアのアーティストグループ<ヴォッヘンクラウズール>が約2カ月間“滞在制作”を行った。招聘元は、1990年から福岡市の街中で開催されている美術展を企画・運営している「ミュージアム・シティ・プロジェクト(MCP)」である。ヴォッヘンクラウズールは、アーティストとは言っても、絵画や彫刻といった作品を制作するアーティストではない。ある地域に数週間滞在し、人々と議論する中で地域の問題を探り、解決の糸口となる具体的な提案を行うまるで、市民運動家のようなグループなのである。その彼らが福岡で取り組んだこととは? プロジェクトの経過を取材した。

 

 11月、メンバー4人が来日、地元福岡から3人の作家が加わりプロジェクトがスタートした。まず最初に彼らが行ったのは、市民が気軽に訪れ、彼らとディスカッションができる場所を設けること。今回のプロジェクトでは、福岡市内の閉校となった小学校を市から借り受け、カフェ兼事務所として改装。廊下には彼らのこれまでのプロジェクトの資料を展示。コーヒー1杯でいつまでも(?)長居OKの期間限定「カフェ・タンネ」としてオープンした。

 

 来日前のリサーチを通じ彼らが関心を寄せたのは、日本の教育問題、特に学校と社会をつなぐ実践的・体験的な授業の不足だった。カフェでのディスカッションに加え、彼らは精力的に学校現場や教育の専門家を訪問。その中で12月には「学校に外部の専門家を派遣して行う“プロジェクト型授業”の実施と、そのためのコーディネート組織を立ち上げる」という提案を打ち出す。そして残り1カ月という短期間にもかかわらず、3つの小学校でモデル授業をコーディネートしてしまう。西日本新聞記者の指導により、小学生が作成した誌面を実際の新聞に掲載するというプロジェクト、建築家による「僕らの家をつくろう」プロジェクト、そして小学生が地元商店街の活性化を考えるプロジェクトである。

 

 「商店街の活性化」に取り組んだのは、箱崎小学校の3年生60人。先生は同じ東区にある九州大学大学院人間環境学研究科で「都市共生デザイン」を研究する南博文教授と学生たち。1月14日に行われたガイダンス授業では、南教授がスライドを用い日本の都市の変遷を説明、子どもたちと一緒に商店街をPRする方法を考えた。来年度にかけて、商店街をPRするさまざまなポスターが制作される予定だ。箱崎小での授業が実現したきっかけは、ヴォッヘンクラウズールの活動に興味をもった南教授が「カフェ」を訪れたこと。「彼らが小学校に新しい授業を提案すると知って、自分も何かしたいと考えたんです」。ほかの2つの授業もカフェなどでのディスカッションの中から成立していったものだ。MCPの企画ということで、マスコミ、特に若者向けタウン誌が彼らの活動を詳しく取り上げ、会期中延べ1500人の市民がカフェを訪れた。カフェを拠点に情報を発信し、組織の枠を超え問題意識のある人材を発掘し、つないでいくそのプロセスは、地域に新しいビジョンや機関を立ち上げる手法として鮮やかだ。

 

 彼らにとって、こうした提案と市民との協働による活動プロセス自体が“作品”であり“アート”なのだと言う。通常市民活動、社会活動とでも呼べるようなこれらの活動が、なぜ“アート”なのか。メンバーの滞在中に行われた公開シンポでは、こうした質問が相次ぎ、議論となった。 彼らは、自身の活動を称して“intervention(介入・介在)”と呼ぶ。その眼目は、アートの名のもとに、既存のシステムの壁を乗り越えた自由な提案と実践を行うということだろう。ただし、具体的な実践が可能なのは、アートのそうした機能を認める社会が背景にあるからだ。「アーティストが社会問題や都市計画に関与するのは特別なことではない」彼らの社会と、現在の日本社会のアート観は大きく違う。そうした差異を浮き彫りにした点でも、今回のプロジェクトは問題提起的なものになったのではないか。

 

 1月下旬、彼らは帰国した。MCP事務局長の山野真悟氏は彼らの提案した組織について「当面、MCPの1セクションとして活動します。将来的にはNPOとして立ち上げたい」と語った。福岡のプロジェクトの成果が問われるのはこれから、といえるだろう。

(宮地俊江)

 

●ヴォッヘンクラウズール

 

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  オーストリアのアーティストグループ。グループ名はドイツ語で「集中して議論する週間」の意。メンバーは7~8人で、プロジェクトごとに変動する(地元作家が加わる)。1993年の活動開始以来、ヨーロッパ各国で活動。ホームレスのための診療バスを設けたプロジェクトをはじめ、麻薬、高齢化、教育、難民、まちづくりなどの課題についてこれまで10のプロジェクトを手掛けている。1999年には、ヴェネチア・ビエンナーレにおいて、コソボの難民に語学教育を提供するプロジェクトを実施した。今回は、MCPが文化庁の助成を受けて招聘。今回来日したのは、ヴォルフガング・ツィングル、ウルリーケ・コーネン=ツルツァー、カール・セイリンガー、パスカル・ジーンネーの4人。日本側アーティストとして藤浩志ほか3人が参加した。

 

●ミュージアム・シティ・プロジェクト(MCP)
  1990年から福岡市で開催されている野外現代アート展「ミュージアム・シティ・福岡」を事務局として企画・運営している任意団体。主催は福岡市ほかによる実行委員会。国内外から現在活躍中の現代美術作家が来福、滞在制作を行い、作品を発表する。2000年10月に第5回目のプロジェクトが実施される。

 

地域創造レター 今月のレポート
2000年3月号--No.59

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