一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.18 アウトリーチの基礎知識(3) ホールにおける具体的展開例

講師 吉本光宏(ニッセイ基礎研究所主任研究員)

具体例にみるホール・劇場運営とアウトリーチ

 

 前回までの2回のシリーズで、アウトリーチの意義や効果、活動の内容やタイプを整理した。それらを踏まえた上で、今回は、実際のホール運営の中でアウトリーチがどのように展開され、どのような効果が生まれているか、二つの具体例を取り上げて紹介したい。ひとつは北海道新冠町のレ・コード館、もうひとつは世田谷パブリックシアターである。

 前者は、ホールのあらゆる事業を地域や市民に開いて、コミュニティの活性化に果敢にチャレンジするホール、後者は現代演劇・舞踊の専門機関として芸術作品の創造活動に積極的に取り組む劇場である。ホール運営におけるアウトリーチのあり方は、施設の立地環境や設置目的、運営方針などによって大きく左右される。つまり、施設ごとに固有の内容を検討すべきだが、ここでは、性格の異なる二つの施設の取り組みとその効果を整理することで、個々のホール運営との関わりでアウトリーチがどのように位置づけられるかの具体例をみていきたい。

 

●ホール運営がコミュニティと直結した例

 新冠町は日高地方の中央部に位置する人口約6,300人の町。レ・コード館は「レ・コードと音楽によるまちづくり」の拠点施設として1997年に開館。約500席の町民ホールに加え、国内外から寄贈されたレコード67万枚(世界一)を収蔵するレコードバンク、レコードを最高の音質で体験できるレ・コードホール、レコードの歴史に関する本格的ミュージアムなどを有する、ユニークな複合文化施設である。

 この館の特徴は、鑑賞事業や市民参加型事業なども含め、ホールの運営全般に市民が深く関与していることで、そういう意味では事業全体がアウトリーチ的な要素をもったものとなっている。その中でも特に重視しているのが、子どもと高齢者を対象にした活動である。

 例えば、98年度に地域創造の第1回公共ホール音楽活性化事業(以下音活)に参加して以来、毎年音活アーティストを招へい。「小規模コミュニティ音楽事業」として小学校や老人ホームにアーティストを派遣して音楽体験とワークショップを行うほか、器楽やコーラスのクリニック、温泉や役場ロビーでのミニ・コンサートなどを実施している。

 また、昨年の「アートスタート事業」では、ピアニストの仲道郁代を招き、未就学児と母親を対象にした絵とお話とピアノによる「星のどうぶつたち」、そして二人の俳優との対話も交えた「音楽学校2002」を実施。「音楽学校」のゲネプロを知的障害者に公開したほか、「星のどうぶつたち」でも、仲道郁代の子育て談義を盛り込むなどアウトリーチ的視点で工夫。今後の展開として、母親が子どもとのコミュニケーションにアートを使ったり、親子で音楽やダンスなどの芸術表現のワークショップを行うなど、育児に芸術を活用してもらうことも検討している。

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 高齢者向けのプログラムでは、カラオケ道場と題して、発声法から楽譜の読み方、メイクまで専門家による指導とワークショップを行い、ホールで、照明などの本格的な演出付きの発表会「スター誕生」を実施。その発展形として、音楽療法士の資格を持つ専門家を招き、高齢者向けのゴスペル講座が企画されている。個人単位のカラオケではなく、人と一緒に何かをやる楽しみを体験してもらうことで、お年寄りの引きこもりを解消しようというねらいである(注1)。

 担当の堤秀文さんによれば、こうした取り組みの成果として、学校や先生の意識が変わり、さまざまなことに主体的にチャレンジするようになり、子どもたちも元気になっているという。現場の先生からも「アートの力はすごい」という声が上がっているとか。

 また、健康で元気なお年寄りも確実に増えている。新冠町の0歳から70歳までの国民健康保険の医療給付費の集計値をみると、97年度の3.6億円から徐々に減少し、2001年度には3億円を切る水準にまでなっている。70歳前の高齢者予備軍の医療費が大幅に減少したことが主な要因だそうだが、それにはレ・コード館のプログラムが大きな役割を果たしているはずだ、と堤さんは分析している。

 

●専門的な舞台公演と両輪をなす例

 一方、世田谷パブリックシアター(以下SePT)は、97年の開館以来、現代演劇、現代舞踊などの主催公演のほか、提携・共催という枠組みを活用して、国内の劇団や舞踊団に作品創造と公演のチャンスを数多く提供してきた。海外招へいや国際共同製作にも積極的に取り組むなど、現在国内で最もアクティブな公共劇場のひとつである。

 こうした活発な劇場運営を下支えしているのは、開館前から地道な取り組みを積み重ねてきた演劇ワークショップなどの活動である。劇場開設のプレイベントとして「世田谷演劇工房」が開催されたのは89年、実に開館の8年前である。こうした取り組みは開館まで続けられ、現在のアウトリーチ事業は、その延長線上に位置している。ちなみに、SePTのワークショップ・リーダーのひとりは、89年の「演劇工房」の参加者である。

 SePTではアウトリーチという用語は使っていないが、学芸課という専任の部署が設けられ、教育普及事業、コミュニティワークショップ、学校との共同プログラム事業、人材育成事業といった枠組みで、幅広いアウトリーチ活動が行われている。それらをあえて前号の3つの分類に分けて整理すると、次のようになるが、公演事業と関連づけて実施されるものも多い(注2)。

呼び込み型:劇場ツアー(本番公演の舞台裏を探検、音響と照明のデモ、ピンスポ体験など)、レクチャー(上演作品のポスト・トーク、関連講座など)、デイ・イン・ザ・シアター(演劇1日体験)、小学生のためのダンス・演劇ワークショップ、中学生と高校生のための演劇ワークショップ

お届け型:学校との共同プログラム事業(区内の小中学校を対象に「世田谷パブリックシアターが学校にやってくる!」と題した事業を実施、欄外参照)、古典芸能鑑賞教室(区内の全6年生を対象に5カ所の区民会館で狂言のワークショップと短い公演を実施、教育委員会事業にSePTが協力)

バリアフリー型:エンツォさんのワークショップ(障害者の演劇ワークショップ&公演)、障害のある人とない人のためのワークショップ

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 学芸課の川島英樹さんは、「SePTの公演活動が評価され、舞台好きの観客が集まるようになったことで、逆に、舞台に興味のない人にとっては、SePTが敷居の高い存在になってしまった面もある。そのため、演劇や舞踊を知らない人、経験していないから興味がない人を対象にしたプログラムはますます重要になっている」と指摘する。

 アウトリーチ活動によって、SePTに対する一般市民の認知度が高まったことが最大の成果、というのが川島さんの評価だ。また、出向いた学校で、以前に劇場のワークショップに参加した子どもたちに再会し、彼らの楽しそうな姿を見ると、こうした取り組みの積み重ねに手応えを感じるという。

 

●「世田谷パブリックシアターが学校にやってくる!」の事業内容

(1)学校でワークショップ

「世田谷パブリックシアターかなりゴキゲンなワークショップ巡回団」と名付けられたワークショップ・リーダーを小中学校へ派遣、ワークショップを実施。

(2)学校で劇を見てワークショップをする

英国ロイヤル・ナショナル・シアター(RNT)の演出家と日本人の俳優がオリジナルな劇を制作し、学校という子どもたちに身近な空間で公演するとともにワークショップを実施。

(3)劇場で観劇

学年や学校単位での団体鑑賞(今年度はテアトロ・キズメット『美女と野獣』など子どもたちが楽しめる工夫を凝らした3作品)。

(4)学校で狂言

狂言師による表現することを楽しみ、学ぶワークショップ。

(5)教室で活かす

SePTのワークショップ手法を先生が活用するための演劇ワークショップ「教えるヒント」。

 

 今回取り上げた二つのケースは、あくまでもひとつの参考事例にすぎない。しかし、作品創造を指向する本格的な専門劇場であっても、地域密着で市民主体の事業や運営を手がけるホールでも、アウトリーチが劇場の支持基盤の拡充やコミュニティの活性化に結びついていることをみると、アウトリーチという考え方や取り組みが、今後のホール運営にとって重要なファクターとなることは間違いない。

 

注1 そのほか子ども向けでは、ジャズバンド講座、アカペラ講座、ふるさと絵本サウンドプロデュース、ヴォイスアンサンブル体験講座、昭和音大生とのリコーダ共演、吹奏楽やバンドのクリニックなどが、高齢者向けでは岩下徹のダンスワークショップなどの事業が行われている。

注2 学芸課の事業としてこのほか、日本に未紹介の海外の戯曲を中心にしたドラマリーディング、プロの俳優・ダンサー向けのワークショップ、劇作家や演出家、舞台技術者などの育成事業などを実施している。

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