一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.21 邦楽の基礎知識(2) 純邦楽演奏会の企画・制作

 講師 杉浦 聰(埼玉大学講師)
 細々とした約束事を踏まえた制作が必要

 

●純邦楽演奏会の種類
 純邦楽の演奏会には、長唄の会、三曲(地歌箏曲と尺八曲の総称)の会、新内の会、文楽素浄瑠璃の会など、ひとつのジャンルだけでプログラムをつくるものと、例えば「楽器」に焦点を当てるなど、テーマを立てて構成する企画公演、そしていくつかのジャンルの演目をプログラムした名曲観賞会的なものがあります。
 しかし、東京のように多数の愛好家が住んでいる地域でないと、こうした演奏会は一般の公演としては成り立たないのが実情です。実際には、ホールで行われている純邦楽の演奏会は、演奏家の主催する「おさらい」と呼ばれる発表会が大半を占めています。
 これは、ピアノ教室の発表会と同様、ある先生の門下生の発表会というスタイルをとっていますが、洋楽と違うところは必ず助演の先生が舞台上にいる、ということです。なぜなら、常磐津や清元であれば、本人を含めて唄方が4人、三味線方が3人、助演の場合はさらに囃子方が最低4人加わるのが、標準的な演奏スタイルだからです。ちなみにこうした演者は、先生の仲間のプロの演奏家や、稀に同門の弟子仲間が務めます。

 「おさらい」にも、「新年会」(正月~2月)「浴衣会」(7月~8月)「納めざらい」(12月)のように、先生と門下生を中心に身内で楽しむ年中行事的なものと、その門下の実力をお披露目する対外的なものがあります。後者には、年に一度(あるいは数年に一度)の門下の演奏会や、会主(主催者)の記念演奏会(追善や家元披露など)などがあります。このように、おさらい会といっても、会主にとっての格や重みが違うものがあるということを、ホールのスタッフも理解しておく必要があるでしょう。
 そのほか、洋楽と同様、個人が主催するリサイタルや営利的な会もありますが、主催者がホール借用料から舞台の仕込みなどの経費をすべて出資し、演奏家は出演料代わりに切符を受け取るというものも少なくありません。

 

●企画・制作の留意点~演奏家

 ホールサイドで企画を立てる場合は、出演者の選定という根本的な問題があります。ナントカ流協会の幹部や家元、あるいは流派内の幹部が、全て演奏家としての実力を持っているわけではなく、逆に第一線の演奏家の中には流派に所属していない人も多いので、演奏家を見極める能力をもった人がプロデュースしないと良い演奏会が企画できません。
 人選が終わっても、出演交渉が問題となります。人気のある演奏家でもテレビタレントのように芸能事務所に所属しているケースはほとんどないので、普通は本人と直接交渉することになります。売れっ子の演奏家は、演奏会シーズンである春と秋は1年以上前からスケジュールが決まっていることも多いので、早めに交渉することが肝心です。なお、初回の交渉で演奏家とギャランティを打ち合わせるのは当然であり、失礼なことではありません。
 当日になれば邦楽だからといって特別気をつかうことはありませんが、常識として人間国宝に指定された先生方や大流派の家元などへの応対は丁寧にした方がよいでしょう。
 個別の演奏家の連絡先については、ホームページで確認できるものもありますし、著名な演奏家の多くが「邦楽の友」という専門誌の1月号と7月号に名刺広告を出しているので、それを参考にするといいでしょう。なお、この出版社は、60代以上の演奏家とのネットワークを活かして、小唄、端唄、箏曲、新内などの演奏会も主催しているので、相談してみるのもいいでしょう。
 このほか、邦楽関係の雑誌には、邦楽ジャーナル社の発行している「邦楽ジャーナル」「バチバチ」があります。前者は三曲や三味線音楽(小唄、津軽三味線以外)、後者は津軽三味線とタイコを扱っており、現代邦楽の演奏家や60代以下の中堅若手層に強いという特徴があります。こちらは名刺広告はしていませんが、「日本の音フェスティバル」(邦楽の見本市。実際の演奏が聞け、体験もできる)の制作委託を公的機関から受けていることから、こちらも相談相手になるでしょう。
 そのほか、現代邦楽のマネジメント兼制作会社としては(有)古典空間があります。こちらも公的機関からの制作委託を受けるなど、さまざまな活動をしている上に、演奏家のスケジュール管理もしていますので、一度ホームページを見るとよいでしょう(古典空間公式サイト)。そのほか、個人でプロデュースをしている方もいますので、いろいろなルートでの情報収集を心掛けましょう。
 いずれにしても、集客の可能な演奏家を集め、何をどのようにしてもらうか、という企画を立案できる制作スタッフが不可欠になります。もちろん外部の会社に相談したり、外部のプロデューサーを依頼することも可能ですし、パッケージされた、いわゆる売り公演を買うという選択肢もあります。ただし、邦楽を得意とするプロデューサーといえるような人や制作会社は少ないのが現実です。

 

●企画・制作の留意点~プログラムと舞台設営

 人選のほかに難しいのが、演奏の順序です。演奏家の格、演目の格、演奏家の人数による演出効果などを勘案してプログラムをつくらないと、演奏会が聞き手にも演奏家(のプライド)にも快いものにならないことがあります。
 また、違うジャンルを集めた演奏会の場合は、ジャンルによって舞台設営が異なるため、慣れていないスタッフだと舞台の組み換えや毛氈(もうせん)を替えるだけで、舞台転換に10分も20分もかかる、といったケースも多々みかけます。こうした転換の問題も含めて、プログラムづくりには細心の注意が必要です。
 通常、本番では演奏家とお付きの人しか来ないので、舞台の設営に関しては、基本的にホールのスタッフが行うことになります。ただし、箏曲ではほとんどの場合、お箏屋さんが舞台上での楽器の設営からスケジュール進行までを受け持ちます。
 同じジャンルのみの演奏会であれば、いったん舞台を設営してしまえば、最後までそのままの状態でよい場合が多いのですが、演奏家から「何曲目に屏風を変えてほしい、舞台に敷いてある毛氈を変えてほしい」などという注文が出ることもあるので、事前に細かな打ち合わせをすることが必要です。
 三曲の舞台設営の基本は、舞台の床全面に直に所作台を敷き込んだ上に、緋毛氈をかけます。長唄、義太夫、常磐津、清元、新内、河東、一中、荻江などの場合は、所作台を敷き込んだ上に足となる台を置き、その上にまた所作台を乗せます。長唄では、囃子方の座るスペースが必要なので、所作台の前の舞台側の囃子方が座る部分にも毛氈を敷き込む必要があります。
 義太夫以下では、箱足に所作台を乗せ所作台を毛氈でくるみますが、人数によって所作台を何枚並べるか、箱足の縦、横、奥行きのどれを高さに使うか、といった約束事があります。
 また、演者が座る所作台は、三尺×六尺の大きさのものより、四尺×六尺の方が座りやすく、そこに敷く毛氈も一般的な赤(緋毛氈)だけでなく紺毛氈も用意しておくとよいでしょう。屏風は、緋毛氈には金屏風、紺毛氈には銀屏風(もしくは鳥の子屏風)を組み合わせるのが一般的です。
 舞台装置の特別なものに、小唄の会で用いる額縁のような大道具があります。これは、舞台転換を容易にするために工夫されたセットです。舞台上に3人分の出演者の姿が見える程度の大きさの長方形の穴を左右に開けた額縁のようなセットを設営し、穴の前に御簾を下ろし、それを人力で上げ下げしながら演奏家が交互に演奏を行うというものです。小唄の会は一ステージ5分程度のものが100ステージ以上あるので、演奏家の交代の度にホールの緞帳を上げ下げするとモーターが故障する例が多いので、このような仕組みが考えられました。

 

このように純邦楽の演奏会には、細々とした約束事がたくさんあります。それを知らないと、演奏家が気持ちよく演奏できない状態になりかねません。経験の少ないホールスタッフがすべて自力で準備をしなければならな場合は、経験豊かな他館のスタッフや、演奏家サイドとよく相談しながら準備をすすめることが大事でしょう。
 

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