一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.22 舞台美術の基礎知識① 舞台美術の分類と作業の流れ

 講師 島次郎(舞台美術家)
 表現・劇場の形態を的確に把握し、綿密なプランニングを

 

 今回から3回にわたり、ホール職員が知っておくべき舞台美術の基礎について紹介する。ひと口に舞台美術といっても、歌舞伎、文楽のような様式のある古典芸能や、自由な表現のできるコンサート、ダンス、オペラ、現代演劇などいろいろある。このシリーズでは、現代演劇の舞台美術の現場について取り上げ、仕事の内容について整理する。

 

●舞台美術の定義と分類

 舞台美術とは、演技以外の視覚的効果を上げる要素のすべて(大道具・小道具、衣裳、化粧、照明)をトータルに指す呼び方である。しかし、日本において舞台美術家が行う仕事という意味では、大道具・小道具によってデザインされた演技空間(舞台装置)のことを、通常、舞台美術と呼んでいる。
 舞台美術には、古典芸能のように一定の様式が必要とされるものや、表現ジャンルの特性によって、例えばオペラだとオーケストラの演奏スペースの確保やダンスだとフロアーの問題など、留意しなければならないところがある。しかし、現代演劇の場合、決まりごとは何もなく、作品の内容や演出意図によってありとあらゆる創造が行われている。
 舞台美術の形態にもさまざまなものがあるが、上演される劇場の形態によって大きく異なる。舞台と客席が分かれているプロセニアム型の劇場、何もないブラックボックス型の劇場、劇場の構造そのものがない野外では、舞台美術家がやる仕事の内容そのものが変わってくる(上演スペースと舞台美術の関わりについては次号で紹介する)。
 また、舞台美術が固定しているか(通称「一杯飾り」と呼ばれ、最初に仕込んだ装置のままで最後まで上演する)、転換があるかという違いも大きい。転換があるものには、劇場機構(セリ、回り舞台、バトン等)をフル稼動して動かすタイプのものと、舞台美術自体に稼動するための装置を組み込むタイプのものがある。その他の形態としては、「仕掛けもの」と呼ばれる、本物の水や火などを使うタイプの美術もある。しかし、実際は、さまざまな要素が分かちがたく入り交じった創造が行われているのでタイプ別に分類することは極めて難しい。
 また、舞台美術の表現としても、写実的なもの、抽象的なもの、様式的なもの、表現主義的なもの、平面的なもの、立体的なものとこれもさまざまであり、素材も多岐にわたっている。
 いずれにしても、舞台は客席と切り離しては成立しないものであり、また、観客がいることがファインアートと一番違うところで、舞台美術の本質であるため、いかにして舞台と客席の一体感を創出するかが、舞台美術家の大きな課題となる。

 

●舞台美術の作業の流れ

 【表1】をご覧いただきたい。これは、私の仕事の仕方を例に、舞台美術の現場作業の流れを整理したものである(ただし、台本のあるプロデュース公演の場合であり、台本がない新作や劇団公演ではこうした手順を追えないことが多い)。
 スケジュールと決まっている内容を確認し、仕事を受注してから後の流れは、(1)プランニング、(2)発注・製作、(3)仕込み、の大きく3段階に分けられる。
(1) プランニング
 舞台美術家にとって最も重要な仕事がプランニングである。台本を読み込み、演出家の演出プランを受けて、演技空間をデザインしていく。ブラックボックス型の劇場や野外公演などのように、舞台や客席といった劇場の基本をつくるところからスタートする場合もある。
 イメージスケッチと図面で演出家やスタッフとビジュアルイメージのすり合わせを行い、合意したら、私の場合は、加工しやすいスチレンボードで白模型を作成する。
 白模型という立体にしてプランを再確認してから、技術スタッフのチェックを経て、プランを確定する。こうしたプランニング作業においては、作品のイメージを具体化することがもちろん基本だが、いくら素晴らしいプランでも実現できなければ意味がないので、要所要所で予算的なチェックを行うことが必要となる。
(2) 発注・製作
 プランの仕上げとして、具体的な色、マチエールが付いた色模型(本模型)を作成する。これが、舞台の最終プランを練っていくための共通ビジュアルになり、役者が空間イメージをつくるための題材となり、大道具の受注者がものづくりを行なうための見本になる。稽古が始まる前に色模型が完成しているのが理想だが、白模型段階で稽古はじまりというのが大方の実情である。台本がないケースや劇団公演の場合は、それも間に合わないことが多い。
 大道具製作会社に発注する発注図面は舞台美術家が作成するが、その後の管理は舞台監督が行い、色・マチエール・仕上がりなどのビジュアル面の管理を舞台美術家が行う。
 完成した舞台美術は劇場に搬入する前に仮り組みを行うのが理想。工場で仮り組みができれば、そこで事前に美術の全体確認、組み立て金具のジョイント確認ができるため、劇場に入ってからの大道具の仕込みが非常にスムーズになる。
(3) 仕込み
 劇場に搬入し、組み立てるのは大道具係の仕事である。舞台美術家は置き道具をおいた後の床や壁の色調整、可動セットの動きの確認とそれによる修正対応、照明が入ってからの最終色調整を行い、ゲネプロで最終確認となる。

 

【表1】舞台美術の作業の流れ

(1)-1 プランニング前半 (1)-2 プランニング後半 (2) 発注・製作 (3) 仕込み
詳細確認 イメージスケッチを元に、立体にするための修正を加えながら白模型の設計図を作成 発注図面(平面図、立面図、寸法入りのパーツ図)の作成 搬入
プロデューサー、演出家、舞台監督との打ち合せ 白模型作成(スチレンボードでつくられた1/30~1/50の舞台セットのミニチュア) 具体的な色、マチエールが付いた色模型の作成(具体的な舞台セットのミニチュア。本模型) 組み立て
演出家による演出プラン、美術イメージの提示とプロデューサーによる予算枠の提示 白模型を元にプランナーとして再度プランを練り直し 色模型を元に最終のスタッフ会議。衣裳デザイナーチェック、照明仕込みイメージチェック 置き道具をおいて最終確認(床、壁等の色調調整、動きのチェック)
上演スペースの確認(劇場図面確認、劇場下見) 確定した白模型を元に、大道具製作会社立ち合いのもと、スタッフ(プロデューサー、演出、照明、音響、舞台監督等)に素材案も含めてプレゼンテーション
白模型を元に稽古場に仮舞台を立て込み
発注(発注先はプロデューサー、舞台監督、舞台美術家が相談して決定) 照明のシュート、場当たりを見て、最終的な色直し
取材活動(時代考証、資料収集、現場視察) 大道具製作会社が製作的チェックと予算的チェックを行い見積もり作成 発注先と打ち合せ(技術スタッフが立ち合って、模型、図面を見ながら細く発注) ゲネ
イメージスケッチの作成(平面図・立面図) スタッフ会議(演出、照明、音響、舞台監督等)により、技術面、演出面のチェックとプランナー間の調整 発注後の管理 初日
イメージスケッチを元に演出家、プロデューサー、舞台監督と合意するまで打ち合せ 技術的実験(必要な場合) 仕上がり確認
照明家、音響家による技術チェック 借り道具の調整 道具の仮組み
イメージスケッチ合意 スタッフのアイデアを取り入れた白模型の修正
美術プラン合意
見積もり作成
 

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