一般社団法人 地域創造

神奈川県 大人のための子どもの劇場 『親指こぞう─ブケッティーノ』

 横浜中華街から徒歩10分、神奈川県民ホール地下1階のギャラリーで大変興味深い公演が行われた。有名なペローの童話『親指こぞう─ブケッティーノ』の朗読なのだが、ただのリーディングではなく、観客は全員、特別につくられた部屋の中で木製ベッドに横になりながら物語を聞くという。2月12日、ぜひ体験してみたいと思い、横浜に向かった。

  30分前に開場されたロビーには、静かな期待感が満ちていた。ベッド数は50、観客も50人限定。保育園児や小学生を連れた親子が中心で、演劇愛好家らしい大人も交じっている。

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 開演時間。真っ暗なギャラリー内に誘導されると、そこには「耳」の絵が付いた木製の部屋の入口が待っていた。中に入ると、暗闇の中にぽつんと灯った裸電球、絵本の世界に迷い込んだような小さなベッド。と、ツンと木の香りが鼻をつく。手探りで2段ベッドの上に昇ると、清潔なシーツに小さな枕、限りなく柔らかい毛布の手触りと、次々に感覚が刺激される。いつまでも包まれていたいような暖かい暗さだな、と思っていたら、裸電球の下にいた語り部(ともさと衣)が本を読み始めた。

 貧しくて食べるものもなくなり、親に森に置き去りにされた子どもたちは、小さな末っ子のブケッティーノの機転で危機を乗り越え、人食い鬼から逃れて無事家に帰り着く。小さな足音、暗い森のざわめき、嵐、地の底から響いてくるような鬼の声、重い鎖を腰につけて血の匂いをさせながら追いかけてくる鬼……。
 部屋が生き物のように震え、あらゆるところから音が響いてくる。視覚情報に頼らないことで、これほど五感が豊かになるとは思わなかった。鬼の姿などどこにも描写されていないのに、絵心があれば描けるほどイメージが沸いてくる。

「凄い臨場感で怖かったね」と大人たち。「怖かった?」「うん。でもドキドキして面白かった」と親子連れ。泣いている子どもは一人もいない。暖かい毛布にくるまれて聞くお話は、たとえ怖くても安心感があるのだ。
 この作品は、「聴覚」を中心にした演出効果で観客の「知覚」に訴えるという子どものための実験演劇で、イタリアの創作集団ソチエタス・ラファエロ・サンツィオが95年に初演したものだ。
 今回の日本版をプロデュースした神奈川芸術文化財団の奥山緑・演劇プロデューサーは、「財団では、2003年から『大人のための子どもの劇場』シリーズを企画していますが、本当の意味で大人と子どもが一緒に楽しめる作品をつくるのは至難の技。そんな時、海外フェスティバルでこの作品を見て、これだと直感した」と言う。
 ソチエタス・ラファエロ・サンツィオは、美術学校の学生だったロメオ・カステルッチとキアラ・グイディ(現在は結婚し、6人の子どもがいる)、ロメオの姉のクラウディアの3人が1981年に設立した共同体的なカンパニーで、人口約10万人の地方都市チェゼーナ市が運営するテアトロ・コマンディーニ劇場を拠点に創造活動を行っている。

 特に92年からはキアラを中心に子どものための創造に力を注ぎ、川や森をリアルに再生して300匹もの動物を登場させた『イソップ物語』や、劇場を迷路にした『ヘンゼルとグレーテル』などを発表。また、「子どものための実験演劇学校」(95年~97年)の活動を通じて、感覚に直接訴えかける生命力溢れた作品づくりの基礎を培い、欧州で並ぶもののない格別な存在となっている。

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 終演後、バックステージを見せてもらったが、複雑な仕掛けがあるわけではなく、部屋の天井いっぱいに音源用の小道具が散らばっていた。1時間の作品で音のきっかけが300もあり、それを2名の日本人スタッフ(ノイズメーカー)が朗読に合わせてライブで入れているという。
 「子ども(infans)とは、言葉の前という意味があるそうで、言葉で表現できないものを体験するために劇場があるというのがこの劇団の考え方です。言葉以前なら大人も子どもも同じでいられる。これが本来あるべき大人と子どもの劇場だと思います。劇場に来られない、読み聞かせの経験もない子どもたちも楽しめるよう、ぜひ出前公演を実現したい」と奥山プロデューサー。
 アーティストの叡智によって計算し尽くされた五感が醸し出す“演劇のぬくもり”に癒された、そんな1時間だった。 (坪池栄子)

大人のための子どもの劇場III『親指こぞう~ブケッティーノ』
[原作]シャルル・ペロー『親指こぞう』
[翻訳]とよしま洋
[演出]キアラ・グイディ
[美術・音響]ロメオ・カステルッチ
[出演]ともさと衣
[主催](財)神奈川芸術文化財団
[日程]2月11日~20日
[会場]神奈川県民ホール ギャラリー

 

子どものための実験演劇学校
1995年11月から1998年5月にかけて、8歳から10歳の子どもたち約30人と一緒にキアラ・グイディが行ったプロジェクト。学校とはいっても教育するわけではなく、演劇をベースにした子どもたちの集団をつくる試み。このプロジェクトは、劇場で行われることについて親の干渉を一切排除し、キアラ(およびエデュケーター)と子どもたちだけで進められた。想像力を高める「空間(場所)」の機能に着目したのが特徴で、子どもたちは同じスタジオで遊び、その場所を想像力の赴くままにさまざまな形につくりかえ、そこで稽古を行い、空間が想像力を爆発させる場所であることを体得していった。

 

地域創造レター 今月のレポート
     2005.3月号--No.119

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