一般社団法人 地域創造

滋賀県栗東市 糸賀一雄記念賞舞台芸術祭『ロビンフッド・楽園の冒険』

 どうしてこんなにこの作品に引き込まれていくのだろう─約2時間半という長い作品を観劇しながら、その思いが脳裏から離れなかった。11月19日日曜日、滋賀県の栗東芸術文化会館さきらで行われた「糸賀一雄記念賞舞台芸術祭」で上演された『ロビンフッド・楽園の冒険』でのこと。出演しているのはプロの役者ではない。230人もの障害者たちが、中には介助のスタッフ付きで舞台に立っている。しかも全員が舞台に乗ったのは前日の公開ゲネプロが最初。滋賀県内各地で8チームに分かれて行われてきたパーカッション、合唱・リズム、ダンス、演劇表現等のワークショップ活動の成果が持ち寄られている。
この企画の推進役となったさきらの事業担当部長・西川賢司と滋賀県福祉事業団企画事業部・山之内洋が口を揃える。
 「今年は2002年に始まった糸賀記念賞音楽祭の5回目。音楽活動だけでなく演劇表現も加えて総合舞台芸術として企画しました」
 日本の障害者福祉の嚆矢となり、約60年前に近江学園を創立した糸賀は「この子らを世の光に」という思想を残した。ところが、山之内たちが糸賀の精神を引き継いだ企画を温めている時、舞台や楽屋周辺のバリアフリー化に取り組むホールは稀有だった。その中で、さきらホールだけは異色だったと山之内が言う。
 「西川さんに舞台に架ける車椅子用のスロープをお願いしたら、二つ返事でつくってくれました。だから2回目からはこちらのホールと一緒にこの企画をつくっています」
 舞台には、車椅子でやって来た観客用の大きなスロープがかかっている。オーケストラピットが車椅子スペースとなり、緊急の場合は上演中も入退場は自由だ。そんな英断がなければ、この企画は実現できなかったはずだ。
 もう一つ、今回の演劇企画が可能となった伏線は約30年前に遡る。1979年、滋賀県内の知的障害者の施設であるあざみ・もみじ寮で今回の作品のルーツとなる『ロビンフッドの冒険の冒険』が上演されている。その経緯を、この作品の演出家・内藤裕敬が語る。
「最初に知的障害者の演劇活動を始めたのは、僕らの師匠である劇作家・演出家・大阪芸術大学教授の秋浜悟史先生でした。僕も卒業後すぐに手伝わされました。以降5年に一度寮劇として演劇公演が行われていたのです」
 大阪芸大だけでなく尼崎のピッコロシアターや宝塚北校の演劇部等、関西演劇界のリーダーだった秋浜は、この企画を若い演劇人たちと共につくり続けてきた。ところがその演劇公演が、出演者の高齢化や職員、予算の削減で実現が難しくなった。そのタイミングで福祉事業団から「音楽と一緒に」と提案を受け、今回の企画となったという。
 だが、この企画が進展している最中、秋浜が急逝するという悲劇が起こる。もちろん内藤たち多くの弟子が悲しみにくれたことは想像に難くない。同時に「ロビンフッドの企画をどうする」という難題がその肩に加わった。内藤が語る。
 「長年お手伝いしてきましたし、若い頃彼らと舞台をつくりながらそのオリジナルなアナーキーさにどんなに影響をうけたことか。お世話になった秋浜先生への恩返しでもあるし、僕らでやり切らないといけないと思いました」
 内藤の呼びかけで弟子たち約30人があざみ・もみじ寮に集まり、全員ボランティアの泊まり込みで作品はつくられた。
 その舞台では、自閉症の深沢さんが仲居役で出演していた。実は彼女は一度も稽古に参加しなかった。約半年間かけてスタッフが「出ようね出ようね」と動機づけをして、やっと迎えた本番だった。ところが最初のシーンでは見られた彼女の姿が、途中ではいなくなっていた。「あぁ、あそこまでが限界だったのか」と思った瞬間、最後のシーンで再びその姿が舞台に現れた。「そうですねぇ」。たった一言のその台詞がどんなに鮮やかだったことか。本番中、彼女の中でどんな葛藤があったのだろう。自分のキャパシティのギリギリのところで踏んばって、深沢さんはその役を立派に演じき切ってくれた。230人の障害者たちは、全員がそんな「闘い」の中で、ほんの少し舞台上で脱皮していたのだ。
 ─その姿に引きつけられたんだ。
 腑に落ち、長く記憶に止めたい舞台との出合いとなった。 (ノンフィクション作家・神山典士)

糸賀一雄記念賞舞台芸術祭『ロビンフッド・楽園の冒険』

[日時]2006年11月19日
[会場]栗東芸術文化会館さきら
[作・演出]内藤裕敬(南河内万歳一座)
[主催]糸賀一雄記念賞音楽祭実行委員会、栗東芸術文化会館さきら、滋賀県社会福祉事業団
[後援]滋賀県、滋賀県教育委員会、栗東市、栗東市教育委員会

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