一般社団法人 地域創造

ステージラボ・アートミュージアムラボ高松セッション報告

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左上・コンテンポラリーダンサー、隅地茉歩さんの身体ワークショップで、音楽を聴くための柔軟な感性を養う(自主事業Ⅰ〈音楽〉コース)
右上・ピアノデュオデュエットゥ、俳優の片桐はいりさんと共に作品づくり(自主事業Ⅱ〈演劇〉コース)
左下・ジャズピアニストの佐山雅弘さんの伴奏付きで『私の青い鳥』を群読(ホール入門コース)
右下・マツダのものづくりの結晶、ロードスターに試乗し、クラフツマンシップの神髄にふれる(アートミュージアムラボ)

 ステージラボ高松セッションの会場となったのは、瀬戸内海を一望できるウォーターフロントに2004年5月にオープンしたばかりのサンポートホール高松です。この施設は、高松港と隣接する高松駅を四国の玄関口として官民が一体となって再開発した複合施設「サンポート高松」の一角にあります。大・小ホールや屋上テラスのあるリハーサル室など充実した練習施設を備えているのが特徴です。

 

●音楽コースのテーマは「ミュージッキング

 自主事業Ⅰ(音楽)コースでは「ミュージッキング(musicking)」という新しい考え方を実践するプログラムが組まれました。これは1998年にアメリカの音楽学者Ch.スモールが唱えたもので、誰もが参加できる、地域社会に豊かな人間関係のネットワークを築くような音楽のあり方(舞踊や演劇などを含む音楽行動)を意味しています。
 まずは、身体、ボイス、リズムのワークショップにより、音楽行動を実践するために必要なさまざまな表現を体験しました。
 特に「身体表現を通して音楽の常識から自由になってほしい」と行われたコンテンポラリーダンスのワークショップでは、トヨタコレオグラフィーアワード2005「次代を担う振付家賞」を受賞した隅地茉歩さんが講師として参加。「身体の柔軟性はその人の個性のひとつ」と言う隅地さんは、入念なストレッチからスタート。四つん這い歩きや後ろ歩きなど、普段使う事のない筋肉を使うワークを行い、身体のセンサーを開放していきました。
 3日目には、受講生が各自持ち寄った素材(19世紀のパリを写した写真集、海を題材とした写真集、竹中直人の創作絵本『おぢさんの小さな旅?』など)を基にみんなで音楽シーンづくりを行いました。各自が素材イメージを発表した後、3グループに分かれ、アイデアを出し合いながら、コミュニケーションで音楽、朗読、動きが渾然一体となったパフォーマンス(音楽行動)をまとめていく過程を体験し、4日目に他コースの受講生を観客に迎えて発表会を行いました。

 

●演劇が社会に果たす役割を考える

 地域創造の津村卓プロデューサーがコーディネーターを務めた自主事業Ⅱ(演劇)コースは、アウトリーチや障害者との作品づくりなど、演劇の社会的な役割を問うゼミからスタートしました。
 特に興味深かったのが、事例として紹介された230人を超える知的障害者が出演した舞台『ロビンフッド・楽園の冒険』(本紙2007年1月号参照)です。これは、滋賀県の福祉施設で30年前から5年に1度行われてきた演劇活動をベースにした大規模な公演で、脚本・演出を担当した内藤敬裕さんからその取り組み内容を具体的にうかがいました。
 「スタッフは全員ボランティア。ボランティアというのは無料で奉仕しているという意味ではなく、自分の能力を発揮して貢献することでお金以上のものを得られると思っている人が参加しているということ。彼らは芸人と天才の集まりだし、障害者だからこの程度でいいだろうという取り組みは一度もやったことがない。舞台の上でしゃべるとそれに対して客席からの反応があることがとても重要だ。人に観られている、他者に意識された存在になっていると肌で感じると、ものすごく消極的だった子が積極的になり、能動的になる。僕はその様子を30年近く目の当たりにしてきた」という内藤さん。その言葉は、受講生たちに演劇の可能性の本当の意味について問いかけているようでした。
 また、俳優で演出家でもある芹川藍さんのワークショップでは、誰もがもっている“想像力”を駆使して表現する方法を体験しました。腕を胸の前で組んで、身体をこわばらせている受講生を見た芹川さんは、「身体は正直だから緊張しているとすぐ表に現れる。リラックスしない限り人は表現できない」と、まずは身体と脳をリラックスさせるワークからスタート。
 「夜中にトイレに起きたところを想像してみよう。眠いね~。そうそう、それがリラックスした目だよ」「砂漠で喉が渇いたところを想像してみよう。あ~水が飲みたい。そうそう、その半開きになっている口がリラックスした口だよ」と、芹川さんから受講生の想像力を刺激する言葉が次々と飛び出す。「じゃあ、次はテンションを表現してみよう。初めてのデートの最中におならが出た! さあ、どうする?」。その言葉に、思わず顔まで赤らめて身をよじる受講生。「演技をしているわけではないのに、顔まで赤くなっているでしょ。これは演技ではなく、想像力で自分の中にある表現という引き出しを開いているということ」という芹川さんの解説に、受講生一同なるほどと感心することしきりでした。
 このほか、演劇の創作体験では、内藤さんの指導により戯曲づくりから始めて、ピアノデュオのデュエットウや俳優の片桐はいりさんも参加した音楽とのコラボレーション作品づくりにチャレンジしました。

 

●音楽群読劇に明け暮れたホール入門コース

ホール入門コースの定番メニューとなった地元小学校でのアウトリーチ体験では、マリンバとパーカッションを駆使した宮本妥子さんと中路友恵さんによるアウトリーチが行われ、大好評でした。
その後、受講生たちを待ち受けていたのが、作家であり、朗読家でもあるコーディネーターの能祖将夫さんによる怒濤の群読ワークショップです。マリンバ奏者の宮本さんはもちろん、ピアノデュオのデュエットゥ、ソプラノ歌手の大森智子さん、ジャズピアニストの佐山雅弘さんといったプロの演奏家が全面協力。生の音楽とのコラボレーションで『動物の謝肉祭』『私の青い鳥』『生きる』『銀河鉄道の夜』と休む間もなく次々と群読作品にアタックしていきました。
「朗読と音楽を組み合わせると言葉だけでは伝わらない、音楽だけでは伝わらないものが膨らんで伝わることを体験してもらいたかった。それと今回は作品数で勝負しようと思っていた。3日目は朝の9時半から夜の9時半までほとんど休みなしで4作品に取り組んだが、群読は共同作業だからこれだけ集中し続けることができる。みんなが同じ目標に向かって短時間で作品をつくり、発表することで集中力は通常の5倍にも10倍にもなる。このものを生み出す“熱”になる“集中”を体感してほしかった」という能祖さん。
『銀河鉄道の夜』では地元の朗読の会のメンバー5名も参加し、一般のお客さんにも公開。車座に並べた椅子に朗読者が中心に向かって座り、その周りを同じく車座に囲んで観客が観るという趣向で、宇宙の営みを彷彿とさせるジャズピアノ、パーカッション、ソプラノ歌手の生演奏と、ぶっつけ本番で勝負に出た受講生の緊張感が相まって、至福の時間が出現しました。

 

●車の開発を通じて“ものづくり”を考える

アートミュージアムラボは、受講生が各20分ずつ、今自分が伝えたい事について話すプレゼンテーションから始まりました。「消化試合のような展覧会ですませようと思えば、それはそれでできてしまう。でも本当は展覧会を通じて自分は何を伝えたいのか、本当は何をやるべきなのかを問い直し、自らを振り返るところから始めたかった」と言うコーディネーターの黒沢伸さん。
自分が開発したパステル画の技法について話す人、病院が新しい試みとして始めたアーツ・フォー・ヘルスケア室で働いた時の体験を話す人など、職業人である前に人間としてのあり方がうかがえるプレゼンテーションとなりました。
異色だったのは、「日本カー・オブ・ザ・イヤー2005-2006」に輝いたマツダのスポーツカー、3代目新型ロードスターの開発者である貴島孝雄さんを招いたゼミです。これは、信念をもったものづくりで知られるロードスターを例に取り、現在の美術館が行っている仕事を検証したいと企画されたもの。
広島という土地柄が反映されているというマツダの車づくりから始まり、フォード傘下に入ってからの新しいブランドづくり、新型ロードスターの開発コンセプト、団塊の世代が一斉に定年を迎える2007年問題によるものづくりの伝承の課題まで、試乗会も含めて約5時間にわたる講義にみんな熱心に耳を傾けていました。
特に、初代から一貫している“人馬一体”というコンセプトを共有するために開発者全員が初代ロードスターの試乗を繰り返し、車に関わる感覚(走る、止まる、曲がる、聴く、触る、視るなど)を定義。それを担当者個々人の言葉で語るコンセプトブックを作成し、みんなで共有した取り組みや、商品力はその後ろにある物語も含めて商品力であるという考えのもと、経営会議の模様も含めて全プロセスを写真で記録した秘話など、ものづくりに携わる人間の生き様を彷彿とさせる話は圧巻でした。貴島さんが引用した「志定まれば気盛んなり」という吉田松陰の言葉に身の引き締まる思いがしました。
このほか、2006年の美術界の話題をさらった「A to Z」展(青森県弘前市の煉瓦酒造倉庫を用いた奈良美智とgrafによるプロジェクト)での延べ1万3,000人に上るボランティアとの協働作業について、キュレーターの立木祥一郎さんとgrafの豊嶋秀樹さんから直接話を伺うなど、贅沢なカリキュラムとなりました。

 

●ステージラボ・アートミュージアムラボ高松セッション カリキュラム

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●コースコーディネーター

◎ホール入門コース

能祖将夫(北九州芸術劇場プロデューサー、桜美林大学専任講師、小美玉市四季文化館芸術監督)

◎自主事業Ⅰ(音楽)コース

中村透(作曲家/南城市文化センターシュガーホール芸術アドバイザー)

◎自主事業Ⅱ(演劇)コース

津村卓(地域創造プロデューサー)

◎アートミュージアムラボ

黒沢伸(ミュージアム・エデュケーター/金沢湯桶創作の森所長補佐)

 

●ステージラボ・アートミュージアムラボに関する問い合わせ

芸術環境部 関根健
Tel. 03-5573-4164

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