一般社団法人 地域創造

新国立劇場、富山市オーバード・ホール、まつもと市民芸術館共同制作『空気のダンス』

  プロのダンサーでもない十代の少年少女たちが、国際的な舞踊家・振付家の勅使川原三郎とワークショップを行い、新聞各紙が絶賛する珠玉の作品『空気のダンス』をつくり上げた。
 これは、ヨーロッパで青少年を対象にした教育プロジェクトを行ってきた勅使川原から、「教育目的ではなく、十代のメンバーと新作を創作したい」との提案を受けた新国立劇場が、富山市オーバード・ホール、まつもと市民芸術館との公立ホール3館による共同制作プロジェクトとして実現したものだ。
 昨年7月に出演者(13~19歳/ダンス歴不問)を公募し、松本・富山・東京の3会場でワークショップ形式のオーディションを実施。123人の応募者の中から「自己表現に熱中せず、新鮮なものを生み出す力をもっているかどうか」を基準に13人を選考。地域も、学校も、ダンスの経験も異なる中高生が、10月から今年2月末まで毎週土曜日に新国立劇場に通って呼吸で身体をコントロールする勅使川原メソッドのワークショップを続け、即興で生まれた動きを取り入れながら、春休みに作品づくりを行った。

 4月20日、最終公演となったまつもと市民芸術館に『空気のダンス』を見に出掛けた。大ホールの舞台上に移動客席を設けた360席の「実験劇場」は満杯で、親子連れも多く、コンテンポラリーダンスの公演とは思えない雰囲気だった。
  オープニング。暗闇の中、斜めになった光の椅子がまるで手品のように中空に浮かんでいた。この光の椅子は天井から吊るされた透明なアクリルの椅子に照明を当てたものだが、まるで普段は目に見えない空気が結晶し、その実体を表したかのようなシンボリックな美術だった。勅使川原作品は舞台で見えるもの、聞こえるものすべてをアーティスト本人がディレクションしているのが特徴のひとつで、今回の作品でもこのオープニングに始まり、舞台の三方を半透明の白いジョーゼットのカーテンで囲った空間を効果的に活用し、闇の世界、風の中にいるような白の世界、ブラックライトに照らされた深海のような蛍光色の世界を次々に展開。

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『空気のダンス』
写真提供:まつもと市民芸術館
撮影:山田毅

 その空間の中でさまざまな音楽を与えられた少年少女たちは、全員が仰向けに横たわったところから身を起こし、ソロ、デュオ、群舞と留まることなく動き続ける。舞台の空気が揺れるのと同調して波打つ身体、揺れる空気を細胞のひとつひとつに取り込んで身体を覚醒させているかのようなその“空気のダンス”は、ラスト、それまで一度も聞こえることのなかった全員の息づかいが舞台に響きわたり、“呼吸のダンス”だったことが余韻とともに客席に伝えられる……。
  造作的な振り付けではないが、そこには国際的な振付家が計算し尽くし、ダンスの経験の有無ではない十代の若い身体そのもののような作品が立ち上がっていた。足の皮が剥けた子、受験生、東京で1カ月一人暮らしをした子─自分の動きを綿密に意識することを求められた日々だったが、それでも子どもたちの集中力が途切れることはなかったという。

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『空気のダンス』
写真提供:まつもと市民芸術館
撮影:山田毅

 勅使川原は、「教育というプロセスはあるが、作品をつくるとはどういうことかを伝えたかった。作品をつくっても関心をもたれないかもしれない。そういうネガティブなことに打ち勝たなければ表現はできない。表現というのは人の無関心に対して自分が提案することだというのを伝えたかった」と言い、終演後に出演者に向けて、「これがゴールではない。始めた時と何も変わっていないかもしれない。細胞が新しくなるように更新していかなければいけない。その次どうするかは自分で考えなければいけない。そういう(表現に向き合う)自覚ができて、それが作品という形になればと思ってこのプロジェクトをやった」とはなむけの言葉をかけていた。
 近年、公立ホールは、アウトリーチや人材育成など地域社会に貢献する役割を問われることが多い。しかし、同じく国際的な演出家である蜷川幸雄が彩の国さいたま芸術劇場で高齢者による実験劇団を立ち上げて話題になっているように、一番扱いが難しい中高生のマネジメントを成功させ、これまでにないアプローチで表現を追求する実験が公立ホールの手によって実現していることは注目に値する。革新してこその表現の世界に公立ホールはどう関わるべきか、考えさせられたプロジェクトだった。

(坪池栄子)

 

●『空気のダンス』~デッサンから飛び立った少年少女
[振付・美術・照明・音響・衣裳]勅使川原三郎
[出演]赤井捺美(15)、加見理一(15)、齋藤竜一(16)、塩谷南(17)、渋井綾乃(15)、杉下せり(18)、高木花文(15)、田切眞純美(14)、中根百合香(18)、福士宙夢(14)、福田汐里(13)、山本奈々(13)、鰐川枝里(17) *カッコ内は年齢
[日程・会場]4月4日~6日/新国立劇場小劇場)、4月13日/富山市オーバード・ホール舞台上特設シアター、4月20日/まつもと市民芸術館実験劇場

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