一般社団法人 地域創造

神奈川県厚木市 音楽劇『リバーソング~永遠のハックルベリィ・フィンたちへ~』

 9月7日、厚木市文化会館では『リバーソング~永遠のハックルベリィ・フィンたちへ~』の開演を待って、幅広い年齢層の市民が長蛇の列をつくっていた。これは、開館30周年と、地元出身の演劇人である横内謙介と組んで1999年にスタートした演劇文化を創造・育成する「厚木シアタープロジェクト(ATP)」10周年の節目として同館が企画したもの。横内が作・演出を手がけ、オーディションで選ばれた6歳から70歳まで総勢163人の市民と、厚木出身の榊原郁恵、小泉今日子が競演する音楽劇だ。
 夢をもてないひとりの少年が筏で川を渡り、冒険するうちに夢の大切さに気づく。この物語を縦糸に、ATPや子どもダンスグループ、厚木東高校の同好会としてスタートした人形浄瑠璃あつぎひがし座、全米チアダンス選手権総合優勝の厚木高校ダンスドリル部ばりのママさんチーム、地元で盛んなハーモニカなど、厚木のエピソードを横糸にした迫力満点の舞台には温かい“厚木愛”が溢れていた。

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『リバーソング』ステージの様子。
ラッキィ池田振付による「厚木サンバ」

 厚木市文化会館は、1978年の開館以来、他の公共ホールと同様に鑑賞事業から市民参加事業へとシフトしてきた歴史をもつ。そうした流れの中で、開館20周年を機に着手したのが、ATPやジュニアコーラス、「ハーモニカの街あつぎプロジェクト」など、アーティストと劇場と市民が協働する創造・育成型事業への試みだった。ATPでは、横内率いる劇団扉座を厚木の地元劇団として応援し、年2回の定期公演を続けるとともに、関連事業として小学校高学年を対象とした出前ワークショップを実施。3年間で全23校を回り、演劇アウトリーチの先駆けとして注目されたが、2001年に実施主体が教育委員会に移行されたことから、その後は和太鼓、ダンス、演劇の選択制となり2年後に終了してしまった。その間、会館では扉座公演を続けるとともに、不定期で子どもを対象にした演劇塾を開催し、“灯火”を消さないよう活動してきた。

 こうしたATPを縁の下で支えてきたのが60人ほどの「市民応援団」だった。横内の母校である厚木高校OBを中心に、15~20人の主力メンバーが、公演の広報から送迎、資材の搬送までサポート。今回も協賛金集めをはじめ、演出補助として協力した扉座の若手メンバー10人の宿舎や飲食を提供し、時には市民との間に立って調整するなど、物心両面で公演を支えた。公演当日も揃いの法被で混雑するロビーの表方を一手に仕切っていた。

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『リバーソング』ステージの様子。
カーテンコール

 約1カ月という短い稽古で、プロと市民の混成部隊がここまでのクオリティを実現するのは至難の業だ。横内は、「扉座の公演を見に地方まで来てもらったり、応援団には身内のように支えてもらっている。だから劇団員にとっても厚木には特別の思いがある。こうした10年の蓄積があり、また僕たちも市民参加のいろいろな経験を積んできたので、今回の公演ができた。30年前、高校演劇で賞をもらったご褒美に、高校がこのホールを借りてくれて、上演したのが僕の演劇人生の始まり。だからここには格別の思いがあるし、これからもそれは変わらない。40周年、50周年と続くなかで、みんなとまた作品がつくれたら素晴らしい」と感慨深げだった。

 30年前の横内青年を知り、ATPを立ち上げ、今回のプロデューサーを務めた厚木市文化振興財団の井上允さんは、「市内の政治や経済のリーダーもメンバーになっている応援団は会館にとって強い味方。今回はこうした市民の担い手をさらに強化する意味で新たに運営スタッフを公募しました」と、市民と協働した事業運営への意欲を滲ませていた。
 今後、文化振興財団では演劇ワークショップのアウトリーチを再開するのをはじめ、成人対象で行っている芸術講座(オペラ、リコーダー)の講師を小中学校に派遣する出前授業を行うほか、今年3月に会館の前庭で行った子どものための演劇公演『トラオ』(横内作・演出)を市内小学校で11月に再演するなど、さらなる取り組みを続けていくという。
 打ち上げでは、「厚木のためなら何でもします」と今回の参加を決めたという榊原郁恵と小泉今日子の二人の“アイドル”も、同じ舞台を踏んだ仲間として長い時間市民と語り合っていた。また、チアダンスに挑戦した30歳~50歳の女性たちは、「この公演を通して、新たな仲間、絆が生まれたのが本当に嬉しい」と涙を浮かべながら喜びを表現していた。
 「故郷とは風景のことではなくて、絆のことである」という横内作品の台詞どおり、演劇が取り持つ縁は、地縁・血縁の見えにくい都市部においても強い結束を生み出す可能性があることを証明したようだ。

(ライター・土屋典子)

 

●厚木市文化会館開館30周年記念公演
音楽劇『リバーソング~永遠のハックルベリィ・フィンたちへ~』
[作・演出]横内謙介(劇団扉座)
[音楽監督]長谷川雅大
[振付]ラッキィ池田、彩木映利
[特別出演]榊原郁恵、小泉今日子、AUN(和太鼓デュオ)、八木のぶお(ハーモニカ)、あつぎひがし座
[出演]市民オーディション合格者
[演出スタッフ]劇団扉座
[主催]厚木市文化振興財団
[協力]厚木シアタープロジェクト市民応援団ほか
[会期]9月6日、7日
[会場]厚木市文化会館

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