一般社団法人 地域創造

山口県山口市 山口情報芸術センター[YCAM]開館5周年記念事業 「山口市営P」「YUDA ART PROJECT」

 2003年11月1日、アートとメディアと身体表現の創造交流拠点として、山口情報芸術センター[YCAM]は開館した。だが、そこに至るまでの道のりは平坦ではなかった。事業の見直しを公約に掲げた市長の当選により、建設工事をストップして再検討が行われるなど、厳しい出発であった。あれから5年、YCAMはどのような活動を積み重ねてきたのだろうか。12月7日、今年1年かけて実施している開館5周年記念事業のメインイベントを訪ねた。 

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YCAM外観

YCAMの最大の特徴は、アーティストに長期滞在でオリジナル作品を制作する場を提供し、YCAMとのコミッションワークとして他の施設に巡回させる戦略を取っている点だ。これまで坂本龍一+高谷史郎、建築グループdouble Negatives Architecture、勅使川原三郎ら多数のアーティスト、ダンサーらが作品を制作。5年間で22作品ほどがYCAM発の作品として国内外の施設で展示・上演されてきた。

これを可能にしているのが、デザイン、映像、音響、アーカイブ、照明、舞台機構など専門技術者を雇用する「YCAMインターラボ」の存在である。現在11人が所属し、アーティストのサポートを行うとともに、新しい技術の研究および国内外の専門家を対象にした先端技術のワークショップを行ってきた。

「これら高い専門性と発信力をもった先駆的な活動と、市民や地域を繋ぎ、体験をとおして創造性を引き出す教育普及を事業の両輪にしているのがYCAMの特徴だと考えています」と館長の足立明男さんは言う。

では、教育普及はどのように行われているのだろう? エデュケーターの会田大也さんは、「メディアアートを主体とするYCAMでの教育普及とは、新しいメディアの良いユーザーをつくっていくこと」と言う。会田さんたちは、各展覧会内容に沿ったワークショップなどのほか、例えば携帯電話のカメラ機能の利便性と危険性を実体験できるオリジナルの教育プログラムを開発し、YCAMだけでなく、多摩美術大学などでも実施してきた。また、「YCAMの活動に深く関わる創造的、能動的な市民」の育成を目的に、公募で集った市民コラボレーターと招聘したアーティストが半年から1年間かけて1つの作品をつくり上げる“meet the artist”という事業も行っている。こうした濃密な関係づくりの結果、「YCAMがあるから山口市に引っ越した」という人が現れるほど、少数ながら熱烈なファンを増やしてきた。

一方で併設の図書館には行くがYCAMには立ち寄ったことがないという人もまだ多い。そこで企画されたのが今回の2つのプログラムで、近隣の湯田温泉と山口市中心商店街を会場に本格的な取り組みが行われた。温泉街を舞台にした「YUDA ART PROJECT」では、旅館経営者ら地域の協力のもとに、足湯に映像作品を投影するなど気軽にメディアアートを体感できる作品が展示された。また、山口市街では、教育普及の“meet the artist”シリーズとして、商店街を舞台にPort B主宰の演出家・高山明さんが市民コラボレーターと共に8カ月かけて練り上げた「ツアー・パフォーマンス『山口市営P』」が実施された。

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「山口市営P」ツアーの様子

「山口市営P」は、簡単に言えば、3人1組の観客が時刻表と指示書をもって商店街を巡る90分の“ツアー”である。大掛かりな仕掛けや訓練された役者などは登場しないが、地域に対する理解と周到な計画・準備がなければ成立しない作品だ。YCAMスタッフが商店街と協力関係を築く一方、市民コラボレーターたちは、聞き取り調査や“視線”というテーマへの理解を深めるための勉強会を開催するなど、能動的に動いてきた。市民コラボレーターであり、山口大学の講師でもある田中均さんは、「最終の形が見えないまま調査するなどかなり大変でしたが、YCAMがなければ経験できなかったこと」と満足気な笑顔を見せる。

市民への浸透、地域との連携など、まだまだ課題はあるものの、スタッフたちは今回、確実な手応えをつかんだという。また、YCAMに触発された若者たちが山口市街で自分たちの居場所となる店を開業するなどの動きも出ている。5周年を迎えたYCAMは、市民、スタッフ、そしてアーティストにとっての発見と成長の場として、山口に根を張りつつあると思った。

(ライター・山下里加)

 

●meet the artist 2008 ツアー・パフォーマンス「山口市営P」
[会期]12月5日~7日
[構成・演出]高山明
[主催]山口情報芸術センター[YCAM]
[会場]山口市中心商店街エリア

●「YUDA ART PROJECT」
国内外で活躍する3組のアーティストが、温泉の街・湯田を舞台にパプリックアートプロジェクトを展開。
[会期]11月21日~12月27日
[出展作家]United Visual Artists(イギリス)、exonemo(エキソニモ/日本)、SHINCHIKA(シンチカ/日本)
[主催]山口情報芸術センター[YCAM]
[会場]山口市・湯田温泉地区各所

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