一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.31 ホール・劇場のリニューアル③ 改修・更新の周期

講師 草加叔也
(空間創造研究所 代表)

●建物・設備を保全する法定検査・点検

 「建築物の所有者、管理者又は占有者は、その建築物の敷地、構造及び建築設備を常時適法な状態に維持するように努めなければならない」─建築基準法第8条は、建築および設備等の維持保全について明文化している。そして具体的な定期検査・点検については、例えば「建築及び建築設備(建築基準法)」「給排水設備(ビル衛生管理法)」「消防設備(消防法)」「電気設備(電気事業法)」「熱源・空調設備(建築基準法)」などに定められている(表1)。

 ところがこれに対して、劇場・ホール固有の設備である舞台機構設備、舞台照明設備、舞台音響設備にはそのような検査や点検を定めた法令がない。もちろん、劇場施設にとっての舞台設備は先に示した建築基準法第8条の「建築設備」相当とも考えられるが、定期的なメンテナンスさえも行っていない施設が現実に存在する。

 舞台設備の中でも特に舞台機構設備は、物理的な重量や特殊な動きを伴うものが多いことから、劣化に起因した二次的な事故を招くことも懸念される。また、舞台機構設備は、長時間駆動が経年劣化の大きな要因になるが、全く駆動させないことも物理的な劣化を招く要因となるため注意が必要だ。

●建物・設備の耐用年数

 建物や設備の耐用年数について、質問を受けることがある。一般に法定耐用年数と言われるのは、「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」に定められた税法上の減価償却資産の耐用年数のことをいう(表2)。これはあくまでも減価償却のための指標であり、必ずしも建物や設備の改修・更新のための寿命を判定する基準になるわけではない。

 ちなみに鉄骨鉄筋または鉄筋コンクリート造の劇場建築の法定耐用年数は41年、建築付属設備に当たる電気設備・給排水設備・衛生設備・ガス設備・冷暖房通風ボイラーなどが最長で15年と定められている。ただし、示されている耐用年数は、減価償却を促進させるという意味で、改訂ごとに短く再設定されることが多い。とはいうものの、劇場等施設の中長期維持管理計画の策定サイクルをかつてのように65年に設定するのは、はなはだ長すぎると考える。

 では、実際の施設や設備の寿命はどの程度になると想定すればよいだろうか。残念ながらこれも標準的な指針が具体的に示されているわけではない。ただし、これまで幾つかの研究・調査が行われ、耐用年数や改修に関する報告書などが発行されているので(データ欄参照)、参考にしていただきたい。

●主たる舞台設備の改修および更新周期

 舞台設備は、基本的に予防保全を原則とする。これは設備が機能停止する前に、修繕や交換を行うことを意味する。この改修や更新に至る部位の発見・特定には、定期的なメンテナンス実施が欠かせない。当然メンテナンス周期が短ければ、改修および更新箇所の発見、特定を早期に確実に行うことができる。

 ところが、限界を超えた経費の縮減のため、定期メンテナンスの回数を減らしたり、比較的小規模であることから専門事業者によるメンテナンスそのものを中止してしまう施設まで出てきている。しかし、このような判断は、施設管理者に専門的な知識や判断能力が備わっていない限り、施設利用者を巻き込む事故に発展しかねない危険をはらんでいる。

 参考までに、主たる舞台設備の改修および更新の周期について、前述の文献も加味してまとめた(表3)。ただし、これはあくまでも目安であって、客観的な耐用年数を示すものではない。また、制御盤のように内部が数千にも及ぶ電子部品の組み合わせでつくられている設備は、年間数回予定されているメンテナンス時に、個々のパーツを部品製造メーカが定める耐用基準に従って新たなものに交換することを前提としている。

●中長期の改修計画における更新周期

 劇場・ホールの改修・更新は、建物の外壁などを除くと最長の更新周期が25~30年(受変電設備など)になると考えられる。そのため劇場・ホールの1サイクルの更新周期が約30年程度と想定される。つまり、この年数を超えた改修・更新内容は、それ以前の30年間に発生した改修・更新内容が再び同周期で繰り返されると考えてよい。

 また、これまでは、劇場・ホールの中長期改修計画を検討する場合、多くは65年を最長の施設利用期間として改修や更新を行う計画を立ててきたが、竣工からの管理運営期間が65年を超えることはわが国の劇場・ホール施設では皆無に等しい。ちなみに劇場施設の最長法定耐用年数41年を超える公立文化施設の数は、現在全国に175施設程度確認されている。ただし、これは既存の施設総数の約8%以下に過ぎない。さらに、築後50年を超える公立文化施設となると全国に僅か27施設、その割合は総数の1.2%程度になる。

●まとめ

 一般に劇場・ホール施設は、入札が終わった時点から劣化が始まるといわれている。舞台設備の中でも、舞台音響設備は非常に短いサイクルで新しい製品が市場に投入される。そのため、入札から竣工までの期間でも想定されていた機材が生産中止になることや新しい機能を備えた新製品に取って代わることがしばしば起こる。そのためにも劇場・ホールが設計される時点で、しっかりとしたライフサイクル・マネジメント(LCM)に取り組む必要がある。

 経済的な冷え込みは氷河期を脱したといわれているが、その実感を得るには至っていない。一方、バブル期に計画され今から14~15年前に竣工した公立文化施設が数多く存在し、これらの公立文化施設がここ数年で一斉に大規模改修期を迎えることになる。通年のメンテナンス経費の確保にも四苦八苦しているのに、新たな経費負担に耐えられるのだろうか。バブル末期に開館した公立文化施設の中に来年度からの閉館を噂されるところもあると聞く。

 公立文化施設は、地域のニーズを一方的に受入れるだけの受動的な“器”ではなく、芸術文化を育むしっかりとした枝葉をもち、しっかりと地域に根を張った機関であってほしい。余分な枝葉を整えその幹を育て、地域を包み込む大樹に脱皮していくために改修や更新を繰り返していくのである。芸術文化は、常に成長することを忘れてはいけない。

pic1.gif

pic2.gif

pic3.gif

 

●参考文献

①『建築物のライフサイクルコスト』(編集・発行:(財)建築保全センター)ライフサイクルコストに関する基本的な考え方に加えて、建築および建築設備に関する「計画更新年数」「修繕周期」「修繕・更新費用」などが具体的に示されている。

 

②『建築物修繕措置判定手法』(編集・発行:(財)建築保全センター)建築および建築設備の修繕の必要性を判定するための指針が示されている。記載された判定フローを活用し、大規模修繕の必要性の有無を判定できる。

 

③『建築設備診断評価基準』(編集・発行:(社)建築・設備維持保全推進協会)建築設備の劣化診断の判定基準を定め、その程度に応じた対応策・処置方法が示されている。設備部位によっては、耐久性の具体的年数が示されている。

 

④『平成10年度 公立文化施設調査結果舞台諸設備耐用年数』(編集・発行:(社)全国公立文化施設協会技術委員会)全国937施設のアンケート回答から舞台設備および舞台備品の耐用年数、改修・更新理由、メンテナンス回数、予想寿命他を調査し、回答を分布表・図としてまとめている。

 

⑤『平成13年度 施設改修実績一覧アンケート調査』(編集・発行:(社)全国公立文化施設協会技術委員会)全国1,140の公立文化施設における、開館から平成13年度までに確定した改修実績を網羅。

 

⑥『平成15年度 ホール運営実態及び改修・保守点検等調査』(編集・発行:(社)全国公立文化施設協会技術委員会)全国1,042の公立文化施設の状況調査資料で、施設の改修実績について部位、理由、費用レベルなどを整理。

 

⑦『技術ガイドブック』(編集・発行:(社)全国公立文化施設協会技術委員会)第6章「改修関係」に建築設備、舞台設備等の耐用年数を示している。建築設備については類似データの比較整理であり、舞台設備については協会加盟施設へのアンケート調査の結果、舞台設備製造会社の更新推奨サイクル等などを掲載。

 

⑧『公立文化会館の建設計画及び改修について 参考資料集』(編集・発行:(社)全国公立文化施設協会技術委員会)改修の考え方に加えて④の内容を再録。また文化会館の改修事例として神奈川県民ホール、群馬県民会館、東京文化会館の改修概要を記載。

 

⑨『劇場・ホールの改修工事に関する調査研究』(JATET-A-2050)(編集・発行:(社)劇場演出空間技術協会技術委員会建築部会)タイトルどおり、劇場・ホールの建築・建築設備・舞台設備の部位ごとの改修までの履歴をアンケート調査した結果が掲載されている。また、東京文化会館、八王子市民会館、陸前高田市民会館、横手市民会館、熊本市民会館、名古屋市民会館、神奈川県民ホール、調布市グリーンホール、サントリーホールの改修概要が整理されている。

 

⑩『劇場等演出空間用照明設備更新のためのガイドライン』[JATET-L-7190]/『劇場演出空間用照明設備の劣化診断・適正更新時期判定プログラム』[JATET-L-7190対応版] (編集・発行:(社)劇場演出空間技術協会技術委員会照明部会)劇場等演出空間の舞台照明設備の更新判定のためのガイドラインと判定プログラムが作成されている。判定プログラムは協会ホームページからダウンロード可能。
http://www.jatet.or.jp/com/ltg-sm/dlpage/dltop001.html

 

●『劇場演出空間技術』(発行:劇場演出空間技術協会)改修事例紹介
・33号(特集「リニューアル」)東京文化会館、サドラーズウェルズ・シアター、サンタフェ・オペラ劇場、ロイヤル・オペラハウス
・36号(特集「リニューアルpartⅡ」)サントリーホール、奈良県文化会館、岩手県民会館
・36号(特集「劇場再生」)東北大学百周年記念会館、サントリーホール、日生劇場、札幌市教育文化会館

カテゴリー

ホーム出版物・調査報告等地域創造レター地域創造レターバックナンバー2009年度地域創造レター11月号-No.175制作基礎知識シリーズVol.31 ホール・劇場のリニューアル③ 改修・更新の周期