一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.32 演劇アウトリーチの基礎知識① 公立文化施設のアウトリーチ事業

制作基礎知識シリーズVol.32
演劇アウトリーチの基礎知識①
公立文化施設のアウトリーチ事業

講師 津村卓
(北九州芸術劇場館長、地域創造プロデューサー)

●公立文化施設のアウトリーチ事業

 アウトリーチとは「外に手を伸ばす」という意味で、広義では施設内外を問わず行われる普及活動(教育普及活動、社会普及活動も言う)、狭義では施設外で行われる普及活動を指す。
  1970年代初めから、公立美術館では地域の学校などにコレクションを出前する“移動美術館”が行われていた(ちなみに芸術文化団体の活動としては、群馬交響楽団が47年から学校への移動教室を開始)。こうした鑑賞型の出前事業に対して、現在、注目されているワークショップ型(創造体験・アーティスト交流)のアウトリーチが公立文化施設によって活発に実施されるようになったのは、美術館では80年代後半から、公立ホールでは90年代後半からだ。
  例えば美術では、世田谷美術館(86年開館)、目黒区美術館(87年)、水戸芸術館現代美術センター(89年)などがアーティストのワークショップによる広義のアウトリーチを積極的に展開。また、演劇では世田谷パブリックシアター(97年)が初めて学芸セクションを設けてアーティストによる学校での演劇ワークショップをスタートした。私が館長を務めている北九州芸術劇場(2003年)でも学芸係を設けているが、普及部門が定着している美術館と異なり、劇場・ホールではこうしたセクションを設けているところはほとんどないのではないだろうか(最新動向としては、学校と文化・芸術を結ぶことを目的にした滋賀県のしが文化芸術学習支援センターが注目されている)。
  地域創造は、こうしたアウトリーチ活動の普及に重要な役割を担ってきた。ホール職員を対象にした研修で音楽・演劇・ダンスのワークショップを継続的に実施するとともに、98年には財団の自主事業として「公共ホール音楽活性化事業」(クラシック音楽の演奏家を地域に派遣し、コンサートと学校などへのアウトリーチを行う)をスタート。公立文化施設と地域を繋ぐという意味においてアウトリーチ活動は今後ますます重要になってくるとの認識から、並行して調査研究にも着手。マンハッタン・シアター・クラブ(エデュケーション部門を有しティーチング・アーティストが学校で演劇アウトリーチを展開)などの海外事例も踏まえ、01年3月には報告書「アウトリーチ活動のすすめ~地域文化施設における芸術普及活動に関する調査研究」を刊行する。
  こうした取り組みを通じて、アウトリーチという言葉は急速に全国の公立文化施設に普及していった。また、地域創造でも、コンテンポラリーダンス、現代演劇、邦楽へとアウトリーチ事業を拡充していく。今回テーマとなっている演劇に関して言えば、学校などでの演劇ワークショップを多数手がけてきた平田オリザ氏と青年団の協力を得て、07年にモデル事業を実施。演劇公演と学校へのアウトリーチ活動を組み合わせた「公共ホール演劇ネットワーク事業」を立ち上げた。地域創造が行った最新の公立文化施設悉皆調査(*1)によると、今では専門ホールの約4分の1が狭義のアウトリーチ活動を実施するようになっている(都道府県施設では6割以上が実施)。現在、こうした現状を踏まえて、公立文化施設の事業評価という観点からアウトリーチに関する新たな調査研究を行っているところだ。
  ちなみに、「アウトリーチ活動のすすめ」では、広義のアウトリーチ活動を展開していた104施設を対象としたアンケートと現地事例調査(*2)を行い、公立文化施設がアウトリーチ活動を行う意義を次の5つに整理した。

①地域や市民との新たな繋がりと公共性
②観客の開拓や育成
③子どもや青少年に対する成果
④アーティストや芸術団体にとっての新しい役割
⑤文化施設内部や行政組織に対する効果

 

 地域創造のアウトリーチ事業は③を主な目的としてきたが、それを続けることが結果的にその他の項目にも繋がっていくと考えている。
  演劇アウトリーチについては、言葉を使う表現で、かつ他者と一緒にひとつのものをつくり上げるという特性から、子どもたちのコミュニケーション能力・想像力・創造力の開発において極めて有効なツールになると思っている。また、価値観の違う人が出会ってお互いの存在を認めあえるようになるという演劇のもつ参加性をうまく活かせれば、コミュニティの再生に対しても大きな役割を果たせるのではないかと思っている。
  いずれにしても、コミュニケーション・ゲームのような場づくりのワークショップだけでなく、想像力・創造力といった人間の内面にアプローチできて、かつ、価値観の違う人たちの参加性を担保できる能力をもったアーティスト(演出家)は限られている。演劇アウトリーチを行う場合、こうした人材の確保・育成が公立ホールの大きな課題となる。

●具体例~北九州芸術劇場の学芸事業

 演劇を専門としている北九州芸術劇場では地域の演劇土壌を醸成することも目的としており、地元演劇人や若いクリエーターの育成、演劇アウトリーチ活動を行える人材育成という観点も加えて広義のアウトリーチ活動を展開している。
  北九州では「創る」「育つ」「観る」を3大コンセプトとして掲げており、「学芸事業」と呼んでいるアウトリーチ活動は劇場の大きな柱となっている。そのための体制として専門の学芸係(5人)を設けているほか、予算の考え方として市からの補助金の10%を収入見込みの立たないこうした学芸予算に充てる方針を取っている。なお、学芸係のひとりには地元小劇団の演劇人を雇用し、人材育成とネットワークづくりに繋げる工夫も行った。
  学芸事業には、小学校等に出向く表現教育・演劇ワークショップを中心にした「ワークショップ事業」と、地元で演劇を志す若者や市民などが創作しながら育っていく「創造事業」がある。2007年度実績では、小学校13校での出前ワークショップ、中学校での校内発表会指導、高校生のための演劇塾(館内)、一般を対象とした劇場塾、次世代演劇人のための育成事業など、17事業で283回のアクティビティを実施し、総参加者数は6,200人だった(予算は1,800万円)。
  学校を対象にしたアウトリーチ活動については、コミュニケーション力・想像力・創造力の育成を目的に、当初は東京の演劇人などを講師として派遣していた。内容は学校との協議によって決定するため、さまざまな取り組みがある(*3)。こうした学芸の現場に地元の演劇人(約10名)をアシスタントとして参加させる人材育成も併せて行い、現在では彼らを講師として派遣できるまでになってきた。
  07年度にアウトリーチ実施小学校校長、教頭、担当の先生160人(有効回答40%)と市内の全131校(有効回答44.3%)にアンケート調査を実施したところ、「表現することに積極的になった」「普段あまり接しない子ども同士がコミュニケーションを取るようになった」などのコミュニケーション力について高い評価がある一方、学習面への効果が見えないとの課題も指摘された(図表参照)。
  なお、09年から新たに地域コミュニティの再生を目的として、市内7地区のセンター(公民館等)でより地域と繋がりをもった演劇ワークショップを行う「エンゲキで私イキイキ、地域イキイキ」をスタートさせた。この事業でも講師の育成をサブテーマにしているが、公募したところ、全国から50人近くの応募があり、潜在的なティーチング・アーティストの層が生まれていることを実感した(*4)。
  教育現場および地域との連携とアーティストの育成を両輪にした大きな枠組みが、演劇の力を地域づくりに活かす鍵だと考えている。

 

●北九州芸術劇場「事業評価調査報告書」(2008年10月) 学芸事業に関するアンケート

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*1
地域における公立文化施設の状況を把握することを目的に、平成18年度から2カ年にわたり実施した「地域の公立文化施設実態調査」。18年度は地方公共団体を対象に指定管理者制度の導入状況等について、19年度は全国の公立文化施設(ホール、美術館、練習場・創作工房、およびこれらを含む複合施設)を対象にその運営状況等(18年度現在)についてアンケート調査を実施。

*2
現地調査対象施設
[劇場・ホール]
仙台市青年文化センター(宮城県)、越谷コミュニティセンターサンシティ越谷市民ホール(埼玉県)、世田谷パブリックシアター(東京都)、厚木市文化会館(神奈川県)、小出郷文化会館(新潟県)、門川町総合文化会館(宮崎県)[美術館]佐倉市立美術館(千葉県)、名古屋市美術館(愛知県)、刈谷市美術館(愛知県)、岡山県立美術館(岡山県)、浜田市世界こども美術館(島根県)

*3
単発(2コマ)のもの、100分で想像力をテーマにしたイメージ遊びから短い作品づくりを行うもの、1学年の全生徒を対象に1年(20~40コマ)かけて作品をつくるもの等を実施。

*4
今年度はその内の5名が講師となってワークショップを行う(22年度は3名に絞り、最終年度は1名だけが残って地域住民とともに作品づくりを実施)。

*5
全校調査では「舞台芸術が育むことを期待する子どもたちの能力や心」、実施校調査では「舞台芸術を活用した事業が育むことに効果があると思う子どもたちの能力や心」と設問。単純な比較はできないが、同一項目を設定したため、参考として両調査の結果をグラフ化。

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