一般社団法人 地域創造

東日本大震災の被災地より 宮城県名取市 名取市文化振興財団「なとり音楽活性化事業 アウトリーチコンサート」

 名取市の新興エリアのシンボルとして1997年にオープンした名取市文化会館は、津波浸水からは免れたものの大・中・小ホールが破損し、鑑賞事業はすべて中止。6月4日まで避難所として多い時には約1,300人の市民を受け入れ、7人の職員はその対応に追われた(5月に3人が震災業務等で異動)。

  大型鑑賞事業が自主事業の中心だったが、2004年から地域創造おんかつ事業などを活用してクラシック音楽のアウトリーチをスタート。平成18年度には自主予算で「なとり音楽活性化事業」を立ち上げ、おんかつ支援登録アーティスト等が入れ替わり訪れていた。特に2年前からは中川賢一さん(ピアノ)が中心となり、大森智子さん(声楽)、神谷未穂さん(ヴァイオリン)、浜まゆみさん(マリンバ)が交流を続け、今年の6月14日から22日まで、初めて市内全11小学校の全4年生747人を対象に事業を行う予定だった。
  事業企画係長の阿部克法さんは、「中止するしかないと思った。新学期が2週間遅れて学校もそれどころではない。ところが5月の連休明けに増田小からやってもらえるのかという問い合わせが入った。慌ててすべての小学校にアンケートを取ると、みんなやりたいという。先生たちは、子どもたちの日常を早く取り戻してあげたいと考えていたようだ。中川さんに実情を伝えると『自分たちでできることはすべてやるのでやりましょう』と。マリンバを松本市から運んでもらうなど、演奏家の方々の協力がなければ、予定どおりにはとてもできなかった」と振り返る。
  取材に訪れた6月17日には増田小と那智が丘小、19日には園舎が流されてしまった閖ゆりあげ上わかば幼稚園のための特別演奏会と介護老人保健施設なとりでのアウトリーチが行われた。避難所にもなっている増田小体育館での中川・大森コンビの演奏は、『アヴェ・マリア』に始まり、ランドセルを背負ってテストが嫌いだった頃にタイムトリップした『漢字のテスト』、禿ヅラの先生が美しい機械人形『オランピア』のネジ巻きを担当したアリア、みんなで合唱した『つばさをください』『ふるさと』、校歌…。「音楽には素敵な魔法の力があります。それはみんなが幸せになるという力です」「声という楽器が素晴らしいところは同じ声はひとつもないということ、持ち運びが便利だということ、みんなで歌うと気持ちがひとつになるということです」─染み込むように語りかける大森さんや、編曲を工夫し、アップライトピアノを解体しながら音楽に集中させていく中川さんなど、そこにはみんなが音楽で繋がった幸せな時間が流れていた。それは、4人が正装して向き合った閖上わかば幼稚園の演奏会でも同じだった。中川さんと神谷さんは、昨年園を訪れたばかりで、もちろん子どもたちは二人のことをよく覚えていた。

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アウトリーチの模様
上:取材当時も避難所となっていた増田小学校体育館。中川賢一さんを子どもたちが取り囲む
下:閖上わかば幼稚園の園児たちと交流 撮影:大河内禎

 こうした幸せな時間の背景には、長年アウトリーチに携わってきた演奏家の思いと地域との交流があった。例えば中川さんと名取との出会いは、1999年に遡る。留学から帰国して2年目、中川さんは宮城大学のゼミで知り合った渡邊由香さん(5月から名取市文化会館職員)から子どもが通っている閖上わかば幼稚園での演奏をプライベートに依頼される。「サティの『ジュ・トゥ・ヴ(あなたが好きよ)』を弾いた後、好きな子がいる?と聞いたら5歳の女の子が『サトル君』って。帰る時には手を振って見送ってくれた。あれが僕のアウトリーチ原体験になっている」と言い、その後、第3期(H14・15)おんかつ登録アーティストとなり、2004年に名取と再会する。
  今回、中川さんと神谷さんは仙台市内で被災。二人ともすぐに支援演奏をスタートし、中川さんは4月6日には名取に慰問に訪れた。「ロビーが段ボールで仕切られているのを見て、本当にここで弾いていいのかと思った。でも曲を聴きながらみんな泣いていて…。音楽で祈るという行為しかできないけど、演奏してもいいのかもしれないと思った」。それから50回以上の支援演奏を行い、拡声器で話しながら演奏した気仙沼市小泉地区で、中川さんはお礼にと1枚の紙を渡された。
  『今私たちにできることは、一枚の受領書をお渡しすることだけですが、住民一同の「ありがとう」の心を込めて「感謝の受領書」として発行させていただきます』
  幸せな時間の秘密は、取材中何度も耳にしたこの「感謝」という言葉にあったのだ。

(坪池栄子)

●なとり音楽活性化事業
平成16年度に宮城県の「芸術銀河2004」で初めてアウトリーチを実施。自主予算による「なとり音楽活性化事業」を18年度に立ち上げ。市役所から財団に派遣されていた前任者の佐々木賢一さん、綱川宏一さん、仙石麻里子さんなどが事業を引き継ぎ、22年度から現在の阿部克法さんが担当。毎年10カ所程度で計12コマを実施。今年度は全小学4年生を対象に45分×22コマのアウトリーチと、震災後初めて園長先生や園児と父兄が顔合わせをした閖上わかば幼稚園のための特別演奏会(会場:なとり幼稚園ホール)、介護老人保健施設なとりでのアウトリーチを実施。来年度以降も全小学4年生を対象にした事業を実施する予定。また、音楽をツールにして会館の避難所で出会った人たちが語り合える避難所OBの会も実施したいとのこと。

※名取市には津波に襲われた映像が繰り返しテレビ放映された仙台空港が立地。古くからの港である閖上、下増田が壊滅的な被害にあった。東日本大震災における市内の被害状況:死者910人、行方不明者93人、全壊2,773戸、半壊881戸、一部損壊6,683戸(7月8日現在)。名取市文化会館は年内には修繕を終える予定。

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