一般社団法人 地域創造

東日本大震災の被災地より 新潟県十日町市・津南町 「大地の芸術祭」の災害への取り組み

 昨年の10月28日、2012年7月29日から始まる第5回「大地の芸術祭~越後妻有アートトリエンナーレ」(*1)の記者会見が行われた。プレスリリースでは、過去4回の芸術祭でこの地域に蓄積された200作品の内、4施設・75作品が2010年~11年にかけての豪雪と3月11日の東日本大震災、12日の長野県北部地震により被災したと報告されていた(*2)。

  そもそも越後妻有は、長年厳しい自然災害と闘ってきた地域である(*3)。芸術祭が始まって以来、04年の新潟中越地震でサポーターの「こへび隊」を中心に東京から延べ244人が「大地の手伝い」(*4)としてボランティアを行ったのを手始めに、今回も被災地の親子を受け入れる「林間学校」(*5)などを行っている。現代アートによる地域再生を目指すパイオニアは、今、災害とどのように向き合おうとしているのだろうか。

 

 

Photo05.jpg
「越後妻有の林間学校~冬」のひとコマ。
小正月の行事「鳥追い」を体験
Photo: Osamu Nakamura

 大地の芸術祭総合ディレクターの北川フラムさんは、オフィスのある東京・代官山のまちづくりにも長年取り組んできた。昨年12月28日、代官山を訪ねて話をうかがった。

 「今、“芸術祭の準備”と“施設・作品の復旧”と“東北の後方支援”の3つを同時並行でやっている。この冬の雪下ろしをしないと被害が広がるので必要なところに手を打った。越後妻有の人たちは長年災害にさらされていて、そこで暮らすとはそういうものだと思っている強さがある。さすがに2011年はくたびれているとは思うが、芸術祭で華が咲くと思うから気持ちが続いている。『オーストラリア・ハウス』は全壊してすぐにオーストラリア大使館と協議を行い、十日町市と費用を折半して小さくて安くて丈夫な建物を再建することを決めた。コンペには154件もの応募があり、日豪の結束はすごく固くなっる。そのためにまずは林間学校という遊べる場所をつくり、来ていただいた。それともうひとつやるべきなのが、自分たちが住んでいる地域の防災をどうするかだ。代官山のような都市では、住民票のある人たちだけでなく、来街者も守れなければまちが崩壊してしまう。それを後方としてやるべきことだと思っている」

 現地の指揮を執ったのが、まつだい農舞台マネージャーで芸術祭を運営するNPO法人越後妻有里山協働機構事務局長の関口正洋さんと、林間学校を担当した原蜜さんだ。1月12日、2メートルの積雪に埋もれた農舞台を訪ねた。

 3月11日、東京にいた関口さんは携帯でスタッフに指示し、翌日農舞台に駆けつけた。雪のため被害の全貌が確認できたのは4月末。それから5月初旬までに個別の方針を決定。集落が主体的に関わっているものもあり、例えば養蚕復活の拠点になっていた「繭の家」は集落50戸すべてを訪問して説明したという。越後妻有の作品は、空き家などの地域資源を活用し、色々な協働の結果として多様な形態のものが生まれているため、所有者・管理者も極めて複雑だ。

 「市所有のものについては十日町市が修復に向けてできる限りの予算措置を行った。しかし、NPOが管理しているものだけで30軒もあり、修復および被災者支援を継続的に行うための『越後妻有アートネット災害復興基金』を立ち上げて対応している。地域再生運動として多くの繋がりをつくりながら色々なものを抱え込んできたが、少し整理をして、持続可能性を追求する段階にきているように思う」と関口さん。

 また、原さんは、「林間学校では集落の人たちが被災者も都会の人も分け隔てなく家に招き入れて、孫が来たように接してくれた。芸術祭には無縁の親子を被災地から林間学校に受け入れて、その人たちから初めて“ここに住んでみたい”という言葉を聞いた。学校には行けないけど妻有には行けるという子どもたちもいた。10年以上やってきて人間が自然に内包される地域の豊かさに改めてふれた気がした」と話していた。

 アートによる地域再生のパイオニアはまた一歩先に踏み出したようだ。

(坪池栄子)

 

*1 2000年にスタートした「大地の芸術祭~越後妻有アートトリエンナーレ」は過疎高齢化に悩む新潟県南部の越後妻有地域6市町村(現在の十日町市と津南町)760平方キロメートルを舞台に行われている現代アートによる地域再生プロジェクト。3年に1度の芸術祭を中心に、拠点施設整備や空き家、廃校を活用したプロジェクトを自治体、アーティスト、住民との協働により展開。

 

*2 主な作品の被災状況は、全壊が空き家を活用した日豪文化交流施設「オーストラリア・ハウス」、「繭の家」、屋外展示作品の「風の砦」など、半壊が古民家をマリーナ・アブラモヴィッチが宿泊できる作品にした「夢の家」、「収穫の家・米との対話」、廃校を宿泊施設にリノベーションした「三省ハウス」など、一部損壊が旧東川小学校全体をクリスチャン・ボルタンスキー&ジャン・カルマンが作品にした「最後の教室」、「まつだい農舞台」など。

 

*3 芸術祭が始まって以降、十日町市で激甚災害指定されたのは、2004年の新潟中越地震と新潟・福島豪雨、05年12月から06年2月にかけての平成18年豪雪、07年の中越沖地震、11年の豪雪と長野北部地震と7月の新潟・福島豪雨。

 

*4 2011年の震災に対する「大地の手伝い」は、集落へのご用聞きを行い、3月から8月末までで農作業や片付けなどを計60回実施(延べ参加人数206人)。

 

*5 夏の林間学校は、美術家、建築家、実演家、学者などを講師に7月28日~8月28日の期間中に2泊3日で5回実施し、被災者計153人・一般計28人が参加。

 

*6 瀬戸内海の7つの島と高松港周辺を会場に「瀬戸内国際芸術2010」が開催された(2010年7月~10月)。大地の芸術祭と同じく総合ディレクターは北川フラム氏。

カテゴリー

ホーム出版物・調査報告書地域創造レター地域創造レターバックナンバー2011年度地域創造レター2月号-No.202東日本大震災の被災地より 新潟県十日町市・津南町 「大地の芸術祭」の災害への取り組み