一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.35 美術館の改修③ 世田谷美術館の事例[3]

講師 橋本善八
(世田谷美術館 美術課長)

 

 本誌2012年10月号、11月号で述べたとおり、世田谷美術館の改修におけるポイントは下欄の5点である。今回は最後の⑤休館中の事業展開(継続事業の存続と広報)について紹介する。

●世田谷美術館改修のポイント
①指定管理施設における改修計画づくり
②1万6,000点に及ぶコレクションの扱い
③改修環境づくりと安全な職場環境の確保
④空調関係の設備更新のあり方
⑤休館中の事業展開(継続事業の存続と広報)

 

⑤休館中の事業展開(継続事業の存続と広報)

 改修工事に伴う全館休館で、企画展をはじめとする多くの事業は休止せざるを得なくなる。しかし、地域に立脚する美術館として、住民の利益となる事業は何とかして継続すべきである。加えて、事業が減ると、一部のスタッフの雇用を確保できなくなる可能性も出てくる。人材流出を防ぐためにも、設置主体への働きかけはもちろん、改修期間中の事業計画を積極的に立てる必要がある。
  そこで世田谷美術館では、次のように大きく事業を分けて休館中も事業を展開した。[1]所蔵品の活用、[2]教育普及事業とイベント系事業、[3]ボランティア(鑑賞リーダー)の活動継続の仕掛けづくり、である。

 

●所蔵品の活用~他施設との密な連携が大切

 所蔵品の活用として、分館(向井潤吉アトリエ、清川泰次記念ギャラリー、宮本三郎記念美術館)を使っての展示と、他美術館への積極的な作品貸し出しを行った。改修に伴い、1万6,000点ものコレクションを館外へ移動することが想定されたことから、区からも積極的な有効活用を求められた。そこで休館1年以上前から、関連のある美術館に文書ではなく電話などで打診した。結果、分館、地域創造(平成23年度市町村立美術館活性化事業「世田谷美術館コレクションによる アンリ・ルソーと素朴な画家たち いきること えがくこと」展)(*1)、「北大路魯山人展」(平塚市美術館、宮城県美術館)など10カ所、計632点の貸し出しを行った。
  所蔵品の活用を考えるに際し、例えば区内の他施設、出張所や学校、区民会館などに貸し出し・公開をしてみてはどうか、という声も区サイドから上がった。しかし、単に作品を貸し出すだけではなく、テーマに基づき、貸し出し先との綿密な連絡・打ち合わせを交えての企画立案と実現こそ、本当の意味での活用と言えるのではないかと思う。
  分館では、分館の特性(立地、面積、展示内容)を生かした展示を心がけた。例えば自由ヶ丘にほど近い宮本三郎記念美術館では、荒木経惟やアフリカの作家など系統の違うものをぶつけ、従来とは違うテイストの展覧会を実施した。また、石川県・小松市立宮本三郎美術館では、「世田谷美術館所蔵作品展 主題と絵画と画家たちと」(*2)と題する展覧会を企画。こちらから学芸員が出向いて講演会も行った。
  さらに、せたがや文化財団の他施設との連携による共同企画展も進めた。世田谷文学館との共同企画「都市から郊外へ─1930年代の東京」展は、世田谷が郊外から住宅地として発展していく1930年代を絵画、彫刻、写真、版画、映画、音楽、住宅、広告のジャンルで浮き彫りにするもので、本館の企画展に代わる本格的なコラボレーションとなった。

 

●教育普及事業とイベント系事業~他の場所で実験的な企画を実現

 子どもと学校プログラムでは、区立の全小学校(64校)を対象とした「鑑賞教室」を6月末までに集中して行い、休館中は希望する全小学校(23校)に、インターン実習生と共に出向いて出張授業を行った。また、「美術大学」をはじめとする講座やワークショップ、講演会、パフォーマンスなどは本館が使用できる期間は本館で、休館中は他施設で実施するようにした。ワークショップは、リオープン時に展覧会、映画祭という形で発表会を企画し、休館中の活動の成果を見せるという流れをつくった。
  市民向け美術講座「美術大学」のみ、2011年度は新規の申し込みをストップしたが、修了生対象のステップアップ講座を拡大。木彫を学ぶ一環として、休館中、奈良の古美術を巡る旅を企画した。また、「こども美術大学」を、「地域共生のいえ」(*3)として活動している「岡さんのいえ TOMO」で実施(写真)。“建築と身体”をテーマとする「パフォーマンスシリーズ」を1937年に立てられた個人邸宅「旧小坂家住宅」で実施した(黒沢美香ソロダンス)。このように魅力的な資源を生かして、これまで「やってみたかったが、できなかったこと」を、休館を機に実施し、大きな収穫となった。

 

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提供:世田谷美術館
左:こども美術大学夏休み特別版「岡さんの家を舞台に映画をつくろう」
右:こども美術大学 in 岡さんのいえ
 

●ボランティア(鑑賞リーダー)の活動継続の仕掛けづくり

 改修工事期間中、ボランティア「鑑賞リーダー」(*4)の活動が途切れてしまうことが大きく懸念された。ボランティアから、所蔵品が他美術館で展示されるのなら観に行きたい、可能であれば活動を行い、他美術館ボランティアと交流したいとの意見があり、前述の「世田谷美術館コレクションによる アンリ・ルソーと素朴な画家たち いきること えがくこと」展を対象に、「コレクションを追いかけて 全国おしかけボランティアツアー」を実施した(*5)。
  また、これも鑑賞リーダーからの発案で、テラスに設置されている常設作品、伊藤公象氏の《凍土花》の洗浄を行った。約千個の独立した陶器のオブジェが織りなす作品だが、風雨にさらされ汚れが目立っていた。テラスに防水工事を行うタイミングで、作品を一時的に撤去し、洗浄した。職員と鑑賞リーダー38人、伊藤先生ご本人も駆けつけ、約6時間かけての作業となった。
  このような事業を通して、ボランティアの結束はより強まったように思う。結成から15年以上が経ち、今後のボランティアのあり方を見つめ直すきっかけともなった。

 

●ハードの改修を通して、館のソフトを見直す

 一般的に、休館中の作業というと、報告書づくりや所蔵作品の点検、情報管理など、アーカイブ系のものに手をつけようという発想になると思う。世田谷美術館では改修工事の約1年前から、学芸部の3つの課で休館中の事業についてアイデアを出しあい、共有した。その際、視覚障がい者のための鑑賞補助教材をつくるなど、さまざまな“ドリームプラン”が出された。
  しかし、現実に工事が始まると、日々の業務に追われ、結局はこれまでの事業の継続をいかに行うかなど、必要性の高いものから絞り込むことになった。だが、こうしてアイデアの棚卸しも行い、各部署で共有したことは、結果として今後の運営を考える上で重要なことだったと思っている。

 

●広報について

 今回の改修工事はあくまで設備の更新やバリアフリー化を目的としたものであり、カフェの新設と新設作品設置(*6)があったものの、新機軸はなかった。期間も9カ月であったため、広報は「リニューアル」ではなく「リオープン」を訴求した。「空調を変えました」「トイレにオストメイトを導入しました」というような更新内容の羅列は避け、「人とアートと自然と やさしい美術館」という柔らかいフレーズを強調。ビジュアルは写真ではなく、イラストを使用し、緑の中にある美術館を意識した色彩を選択した。

 

*1 地域創造レター2012年6月号参照
*2 梅原龍三郎や小磯良平、向井潤吉など同時代の画家19名・33点を貸出
*3 世田谷区内の家屋等のオーナーによる、自己所有の建物の一部あるいは全部を活用したまちづくりの場。世田谷区民の暮らしやすい環境と地域の絆を生み出し育むことを目的としている。世田谷区と財団法人世田谷トラストまちづくりの協働事業

*4 「美術大学」OBが中心となって1997年にスタートしたボランティア。活動の中心は「鑑賞教室」で来館する小学生のガイド。詳しくは雑誌「地域創造」32号“体験レッスン”参照
*5 地域創造レター2012年6月号参照
*6 向井良吉《花と女性》(1969)大阪のホテルに設置されていた大型のレリーフ。ホテル閉鎖に伴って保存・所有していた大塚家具が世田谷美術館に寄贈、改修工事を機に地下の創作の広場に設置された

 

世田谷美術館 改修休館中(2011年7月~2012年3月)の主な事業

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