一般社団法人 地域創造

宮城県加美町 中新田バッハホール バッハホール管弦楽団2017ニューイヤーコンサート

 東北新幹線古川駅から車で20分。宮城県の米所に中新田(なかにいだ)バッハホールが誕生してから、今年で36年になる。1981年に旧中新田町の本間俊太郎町長(後の宮城県知事)がまちづくりの新しいアイデアとしてパイプオルガンを備えた日本初の町営クラシック専用ホールを建設。その後、全国各地に広がった公立の専用ホール・劇場の先駆けとなった。2003年に小野田町、宮崎町と合併して加かみまち美町となったが、当時2万8,000人だった人口がこの10年で4,000人減少。厳しい地域経営が続くなか、11年に就任した猪股洋文町長が15年に内閣府の認定を受けて打ち出した地域再生計画が「音楽と福祉のまちづくり」(*1)だった。その前年に立ち上がった市民オーケストラ「バッハホール管弦楽団」のニューイヤーコンサートを訪れ、新たな取り組みについて取材した。

 1月22日、伝説のホールを訪れると、各地にある豪華な施設とは異なる質素な佇まいに驚かされた。開演前から団員が企画したというロビーコンサートが行われ、老若男女で賑わっていた。コンサートを指揮したのは仙台出身の中川賢一、コンサートミストレスは元仙台フィルの澁谷由美子と、仙台のアーティストが全面協力。7歳から70歳代まで53人の市民オケは中川の弾き振りによる『ラプソディ・イン・ブルー』と競演するなど、結成3年目にもかかわらず、故芥川也寸志が“日本一”と絶賛したホール音響の力も借りて、豊かな音色を響かせていた。

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上:バッハホール外観/中:ロビーコンサート/下:ニューイヤーコンサート本番。指揮はおんかつでもお馴染みの中川賢一

 バッハホール・アドバイザーであり、楽団の音楽監督を務める金澤茂は加美町にほど近い鹿島台町(現大崎市)出身。東京交響楽団で首席トロンボーン奏者を務めた後、楽団の経営に携わり、12年からはホクト文化ホール(長野県県民文化会館館長)を務めるなど、豊かな経験をもつ。「地元にオーケストラをつくることが夢だったので、喜んで引き受けた。アマチュアは楽しく練習することが一番なので、技術の良し悪しで怒ったりはしない。子どもから大人まで、楽器経験や年代を問わず、みんなで音楽を楽しめるよう運営を工夫し、お客さんが何度でも聴きたいと思ってくれるオケにしたい」と話し、終演後には町長・館長と一緒に、笑顔で来場者一人ひとりにお花をプレゼントしていた。
  開館以来、ヴァイオリンやパイプオルガンが学べる音楽教室「バッハホール音楽院」を開講。当初は海外から有名演奏家を招いたコンサートも開かれ、全国から毎日のように視察が来るほど注目されていたが、本間町長が89年に宮城県知事に転出した頃から活動が低迷。 初期から中新田町の職員として関わり、4年前から館長を務める岩崎行輝さんは、「予算的な問題もあり、一時は、自主事業が一ケタにまで減った。しかし、音楽のまちづくりを推進するという方針が確認され、今では年間30本以上の自主事業を行い、全小中学校へのアウトリーチも行い、新たに始めた月1回の入場無料の『サタデーモーニングコンサート(SMC)』にも毎回200人ぐらい集まっている」と話す。ちなみに、SMCを担当しているのは町が地域おこし協力隊として採用した音楽職員2名の内のひとりだ。
  猪股町長は、「小学生が書いた『将来、加美町に子どもから大人まで一緒に演奏できるオーケストラがあれば、なんと素敵な町だろう』という作文を読み、この少女の夢を叶えて、“音楽を愛する志が連鎖していく輪をつくりたい”と思い、市民オケ結成を決意した。今、成人になったこの子もメンバーとして活躍している。『音楽と福祉のまちづくり』第1楽章では、ホールと市民オーケストラを通して、音楽でひとをつくり出してきた。次なる第2楽章では、音楽で仕事をつくり出したい。手始めに今年4月に閉校した小学校をリニューアルした国立音楽院宮城キャンパス(*2)を開校する。工房もあり、楽器製作・修理や音楽療法、リトミックなどを学ぶことができる。音楽を仕事にできる人材を育成し、加美町で仕事をしてもらい、例えば加美町の木を使った新しい楽器製作など、加美町にこれまでにない新たな音楽産業をつくり出すのが目標だ。そういう連鎖を仕掛けていきたいと思っている」と目を輝かせる。
  音楽と地域と経済のこれまでにない出会いを予感させる加美町の取り組みから、目が離せない。

(横堀応彦)

 

●バッハホール管弦楽団2017ニューイヤーコンサート
[会期]2017年1月22日
[指揮&ピアノ]中川賢一
[コンサートミストレス]澁谷由美子
[曲目]エルガー:威風堂々、J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ、ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー、J.シュトラウスⅡ:ワルツ《春の声》《美しく青きドナウ》、天野正道:日本の歌メドレーほか
[助成](公財)カメイ社会教育振興財団、(一財)地域創造

*1 地域経済の再生と少子高齢社会に対応した福祉の向上を図るため加美町が打ち出した地域再生計画。民間音楽教育施設の開校を通じて、産業の振興と新たな雇用の創出、定住人口の増加を目指している。
*2 国立(くにたち)音楽院は東京都世田谷区に本部校舎を置く音楽専門学校。宮城キャンパスは南部校(鳥取県米子市)に続く2つ目の地域キャンパスで、加美町の地域再生計画と連携したモデルケースとして内閣府からも期待されている。

 

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