一般社団法人 地域創造

さいたま市 彩の国さいたま芸術劇場 「世界ゴールド祭2018」

 2016年に亡くなった蜷川幸雄の遺志を継いだ「世界ゴールド祭」が彩の国さいたま芸術劇場を主会場に行われた。世界の実力派と並び、日本からはさいたまゴールド・シアターと岡山を拠点に“老いと演劇”をテーマに活動するOiBokkeShiオイボッケシ主宰の菅原直樹が参加。また高齢者700人以上が出演した同劇場のゴールド・アーツ・クラブ『病は気から』など、ノンプロとプロの垣根を越えた高齢者の表現の可能性をアピールしていた。

 実際に幾つかのプログラムを取材した。世界のダンスをリードするサドラーズ・ウェルズ劇場のカンパニー・オブ・エルダーズは11名のダンサーによる3本の新作短編を披露。身体を傾け、ドラムに合わせて足を踏み鳴らし、年齢を刻印した不協和音だらけの身体が明確な意思をもって動くと、人生や生や死や喜びや祈りが照明に浮かび上がってくる。
 マチュア・アーティスト・ダンス・エクスペリエンスは小劇場演劇のようなサブカルチャーのパワーに溢れていた。バレエ界の巨匠、グレアム・マーフィーがメンバーの人生をインタビューして創作した『フロック(ドレス)』は、娘時代のドレスを着たマネキン・ロボットに導かれて鮮烈な青春時代を回想するというダンス演劇。ロックンロールが流れ、セリフはすべてナレーション。胸に一輪のヒマワリを飾った老人が、「死が暗闇って誰が言った そんなことないわ! I fly」と心で叫ぶと、思わず涙が溢れてきた。

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上:『病は気から』/下:『BED』
撮影:宮川舞子

寝間着姿の老人が横たわったリアルなベッドが見慣れた街角に出現する『BED』は、2016年に初演されてセンセーションを巻き起こした作品。与野本町駅前のベッドを囲んだ人が、写真を見つめる老人に小声で話しかける。「誰ですか?」「息子です」。それをきっかけに我々が見て見ぬ振りをしている孤独な老人の日常がとりとめのない会話で浮かび上がってくる。
 渡辺弘事業部長は、「2020年まで蜷川のレガシーを事業として継続するという基本方針がある。ゴールド・シアターはもちろん、蜷川最後の企画となった60歳以上の人々による大群集劇「1万人のゴールド・シアター2016」はノゾエ征爾がバトンを受け継ぎ、ゴールド・アーツ・クラブとして継続する。20年の第2回世界ゴールド祭も予定しているが、その後は、指定管理者の切り替えや大規模改修などの節目もあり、芸術監督制や高齢者事業をどのように展開していくか、ここ数年で答えを出したいと思っている」と言う。
 今回最も驚いたのが、『病は気から』の挑戦だった。幕が開くと、舞台一面に折り重なった数百人の老人たち。そこから、自分を病気だと信じ込む男、権威的な医者など欲望にまみれた滑稽な人間たちを風刺する群集喜劇が始まった。
 医療と薬漬けの日々を歌いながらウォーキングデッドのように歩き回り、恋する乙女心をピンクのドレスを着た大勢の老人たちが「赤いスイートピー」を歌って訴え、間抜けな風貌をした巨大風船の医者がふわりふわりと舞台を彷徨う。指揮者のように客席後方に陣取ったノゾエが、時折、舞台上の老人に質問をぶつける。コール&レスポンスを交え、1役を何十人、何百人で演じる壮大な実験劇が展開した。
 700人以上の出演者という稽古のマネージメントも困難な無名の人々との群集劇について、ノゾエはどのようにとらえているのだろうか。
 「一人ひとりは日常生活者なのに、それが集まった時に急に力を増して非日常になる。その大人数感が面白い。モチベーションも身体の状態もバラバラ。その色々な人がいるという真実を演劇という器の中にそのまま受け入れた時に何ができるのか。やろうとしてもできない零れてしまうところをちゃんと見せたい。零れた時に自然に起きる笑いを僕は求めていて、その笑いが起きた瞬間に、老いが愛らしいもの、肯定されるものになるのではないか。そうした瞬間を劇場の空間に充満させられれば、知らず知らずのうちに生きていることが素晴らしいと思えるのではないか。若い人は嘘をつく力があるが、高齢者にはそれがない。だから目の前にあるものがリアルで、僕たちにも嘘じゃないと伝わる。そこが彼らにしか出せない表現なのではないかと思っている」
 生涯学習やレクリエーションとしての高齢者事業ではなく、アートとして追求することの意味と可能性を感じたフェスティバルだった。(坪池栄子)

 

●世界ゴールド祭2018
[会期]2018年9月22日~10月8日
[会場]彩の国さいたま芸術劇場・与野本町駅周辺、大宮銀座通り商店街、埼玉会館・浦和区市街地
[主催・企画・製作]埼玉県、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団
[プログラム]さいたまゴールド・シアター×菅原直樹 徘徊演劇『よみちにひはくれない』浦和バージョン、さいたまゴールド・シアター×デービッド・スレイター『BED』(英)、カンパニー・オブ・エルダーズ『新作2018トリプルビル』(英)、マチュア・アーティスト・ダンス・エクスペリエンス『フロック(ドレス)』(豪)、グロウワーズ・ドラマ・グループ『カンポン・チュンプダ(チュンプダの村)』(シンガポール)、ゴールド・アーツ・クラブ×ノゾエ征爾『病は気から』、ワークショップ、シンポジウムなど

●蜷川幸雄とさいたまゴールド・シアター2006年、彩の国さいたま芸術劇場芸術監督に就任した蜷川が1,000人以上の応募者から選んだ55歳以上の高齢者によるさいたまゴールド・シアターを立ち上げ。無名の高齢者と共に個人史をベースにした新しい演劇を追求して社会現象に。2020年オリンピック・パラリンピック文化プログラムに向けて60歳以上の高齢者による「1万人のゴールド・シアター」を企画。ノゾエ征爾が遺志を受け継ぎ、16年12月に、約1,600人が参加した大群集劇『金色交響曲』を追悼上演。

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