一般社団法人 地域創造

公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)の継続実施事例

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左:塚越慎子さんによるアクティビティ(2019年11月21日/美作市立大原中学校1年生)
右:ピアノトリオ・ミュゼによるアクティビティ(11月22日/勝央町立勝央北小学校4年生)

 地域創造では、1998年からクラシック音楽を地域で身近なものとするための「公共ホール音楽活性化事業」(おんかつ)を立ち上げ、20年以上にわたり枠組みを変えながら多角的な取り組みを行ってきました。市町村ホールがコンサートやアウトリーチを実施するための財政的支援、ホール職員の企画制作能力を高める研修会、演奏家のアウトリーチプログラムの開発合宿、ホール職員と演奏家が出会う場の創出など。そうした取り組みによってアウトリーチという手法が大きくクローズアップされ、今では全国に定着しています。

 そうした中で常に課題となっているのが、地域における事業の継続です。岡山県内では美作市、勝央町、和気町、真庭市の4市町が公共ホール音楽活性化支援事業(おんかつ支援)の枠組みを活用するなどして継続を実現。今回は、2019年11月21日に美作市、22日に勝央町の取り組みを視察するとともに、4市町の事業担当者に継続することの意義や課題、成果などを取材しました。

企画制作の基礎を学ぶ〜美作市

 美作市は昨年度初めておんかつに取り組み、今年度はおんかつ支援で塚越慎子さん(マリンバ)を招きました。21日は大原中学校の1年生を対象にアウトリーチ。マーチングシロフォン(歩きながら演奏できる木琴)を演奏しながら登場した塚越さんを見て、驚く中学生たちにマリンバの定番曲だけでなく、童謡をワルツやジャズといったさまざまなアレンジで聴かせるなど、音楽の表現力を伝える登録アーティストならではの行き届いたアクティビティを展開。質問コーナーでは、プロの音楽家としてのキャリアの話にみんな熱心に耳を傾けていました。

 担当者は、「昨年はやることすべてが初めての経験で、おんかつでコンサートの企画制作の基礎や運営の細かい配慮まで学ぶことができました。おんかつでは、プレゼンテーションを聴いてアーティストを選択できるので、チケットを販売する際にも『きっと地域の人が喜んでくれる』と自信をもって薦められます。子どもたちが音楽に引き込まれる様子や喜ぶ姿を目の当たりにし、自分の音楽に対する意識も変わりました」と振り返っていました。こうした職員自身の深い気づきやモチベーションの向上と、専門的な指導・助言を有効的に活用していることが、事業継続の実現につながったようです。

ノウハウの継承を想定した取り組み~勝央町

 勝央町の直営による勝央文化ホールが初めておんかつに応募したのは平成21(2009)年度で、小谷口直子さん(クラリネット)と福島青衣子さん(ハープ)を招きました。以来、おんかつ支援2回、おんかつ支援・文化庁連携の事業枠を活用し、これまで8年間、全14組のアーティストによるアクティビティを実施してきました。文化庁連携の4年目にあたる今回は、ピアノトリオ・ミュゼを招き、22日には勝央北小学校2・4年生を対象にアウトリーチ。ヴァイオリン、チェロ、ピアノについての楽器説明やトリオの演奏の後、ホールが用意したヴァイオリン3挺を使った演奏体験でピアノと共演。音楽を介した密度の濃い交流が実現していました。

 おんかつの対象となっている市町村ホールは少ない人員体制で運営している小規模館が多く、体制づくりも課題になっています。担当者の竹内祐三さんは、「おんかつで職員が総がかりになることで組織に一体感が生まれ、経験値も上がり、他の職員がやっている仕事も理解できるようになりました。私はおんかつを経験した後、他部署に異動になり、再びホールに戻りましたが、ホール全体の業務が引き継がれなければ、おんかつを引き継ぐことはできません。そのための業務マニュアルの作成と後任の育成に力を入れています」と話していました。

継続するために〜組織内の協力と支え合いのネットワーク

 今回はアクティビティの模様を取材することができませんでしたが、平成26(2014)年度から3年続けておんかつ、おんかつ支援に参加した真庭市の久世エスパスランド(真庭エスパス文化振興財団)と平成26(2014)年度からおんかつ、おんかつ支援、おんかつ支援・文化庁連携に参加している和気町が直営する学び館「サエスタ」の職員からもお話を伺いました。 4館の担当者が口を揃えるのは、それまであまり自主事業を実施する機会に恵まれなかった小規模館がおんかつに組織全体で取り組むことにより組織に変化が生まれるということです。「おんかつが走り出したらチームのみんなで動くし、年に1度の“お祭り”のような感じになる」ことで、組織内部の連携や協力が深まり、事業の持続を可能にしていると言います。

 一方、自治体の直営で運営されることの多い市町村ホールでは職員の異動が前提であり、事業を継続する上での課題となっています。前任者からおんかつを引き継いだ経験のあるホール職員は、「異動があるからこそ逆に組織の結束力が必要で、前任者の異動先の部課との交流や連携も生まれる」とポジティブな面を評価していました。

 岡山県では、長年、おんかつや音楽事業に取り組んでいる経験豊富な職員が勝央町や真庭市にいることから、仲間意識が生まれ、さまざまな相談に乗るなど、ゆるやかな支え合いのネットワークがあることも事業の継続を可能にする要因のひとつになっています。

地域の未来のための投資

 勝央文化ホールと久世エスパスランドでは、おんかつだけでなく、ホールの独自事業としてアウトリーチに取り組み、そのための財政的な措置をしています。勝央文化ホールでは、鑑賞型の公演事業よりも先にアウトリーチ系の普及啓発事業から予算を固め、保育園から中学校までアウトリーチを実施しています。真庭市はエスパスランドの予算とは別に、市がアウトリーチの予算を計上してエスパス財団に委託しています。

 こうして継続することにより、アウトリーチに対する地域の理解や支持が得られることも期待できますが、一方、数字でその成果を示すことが困難であることも共通の課題となっています。数値的な評価に縛られるあまり、件数をこなしてアウトリーチをやること自体が目的になってしまう恐れもあります。手段の目的化に陥らないようにするためには、「何のために、誰を対象にするのかをきちんと説明することが大事だ」との声も聞かれました。

 アウトリーチの成果については、子どもたちの感受性への影響はもちろんですが、「ホールに理解や共感をする地域住民、いわゆる“サイレントパトロン”が増えた」、「ホール職員の仕事を理解してくれる人や信頼してくれる人が地域に増えた」というホールの地域への普及に寄与する事業になっているようでした。「今の小学生が親になった時、おんかつで経験したことを子どもに語れるような地域になれば」というホール担当者の声が印象的でした。

 地域創造の公共ホール音楽活性化事業は、地域の方々によりわかりやすく、より活用していただけるよう、原点に返って事業の枠組みを見直しました(下記参照)。ぜひ、こうした事業を活用していただき、クラシック音楽の普及、創造的な人材育成、ホール事業への理解を深める取り組みをしていただければと思います。

 (取材:おんかつアドバイザー・大澤寅雄さん)

 

●岡山県内4市町のおんかつ実績

◎勝央町
・H20おんかつアウトリーチフォーラム
MINTO(木管五重奏) (*1)
・H21おんかつ(通常)
小谷口直子(クラリネット)、福島青衣子(ハープ)
・H23おんかつ支援
Quintet H(木管五重奏)
・H24おんかつ支援
村上敏明(テノール)
・H28おんかつ文化庁連携
早稲田桜子(ヴァイオリン)
・H29おんかつ文化庁連携
浜まゆみ(マリンバ)、デュエットゥ かなえ&ゆかり(ピアノデュオ)
・H30おんかつ文化庁連携
乗松恵美(ソプラノ)、泊真美子(ピアノ)
・R1おんかつ文化庁連携
ピアノトリオ・ミュゼ(ピアノトリオ)

◎真庭市 (*2)
・H20おんかつアウトリーチフォーラム
アルモニューズカルテット(弦楽四重奏) (*1)
・H21おんかつ(通常)
吉川健一(バリトン)
・H26おんかつ(通常)
高見信行(トランペット)、田村真寛(サクソフォン)
・H27おんかつ支援
村上敏明(テノール)、沢崎恵美(ソプラノ)
・H28おんかつ支援
Quatuor B(サクソフォン四重奏)

◎和気町
・H26おんかつ(通常)
中井亮一(テノール)、廣田美穂(ソプラノ)
・H28おんかつ支援
Buzz Five(金管五重奏)
・H29おんかつ支援
Quatuor B(サクソフォン四重奏)
・H30おんかつ文化庁連携
BLACK BOTTOM BRASS BAND(ブラスバンド)
・R1おんかつ文化庁連携
廣田美穂(ソプラノ)

◎美作市
・H30おんかつ(通常)
糸賀修平(テノール)
・R1おんかつ支援
塚越慎子(マリンバ)

 

*1 H20おんかつアウトリーチフォーラムは岡山県が県内6市町と連携して実施。
*2 H20・H21は真庭市が実施(H26以降は真庭エスパス文化振興財団が実施)

 

●令和2(2020)年度「公共ホール音楽活性化事業・支援事業」
現行のフォーマットを見直し、新たな枠組みで事業を実施します。仕組みをわかりやすくシンプルなものとするとともに、対象団体および対象経費を拡大することで、実施団体においては現行の仕組みよりも柔軟な事業展開が可能となります。また、過去に当該事業を実施した団体も一定の条件のもとで改めて参加できるようになります。
◎公共ホール音楽活性化事業[導入プログラム]
現行のおんかつ事業から事業内容の変更はありませんが、おんかつ未実施の市町村等に加えて、管理運営者の変更や同一団体内での担当者の変更によりノウハウの蓄積が失われてしまった経験市町村等でも、一定の条件を満たせば実施可能となります。
◎公共ホール音楽活性化支援事業[支援プログラム]
現行のおんかつ支援事業、発展継続事業、発展継続支援事業、文化庁連携事業を一本化し、原則として最大5カ年までに限り実施可能となります。助成対象経費を上限100万円とし、地域交流プログラムのアクティビティに加えて公演に係る直接経費も対象となり、1年目は2/3、2年目以降は1/2(従来は1/3)を支援します。対象団体は、これまでの経験団体となりますが、過去の実績や提出いただく計画書から判断し、予算の範囲内で選定します。また、支援プログラムに申請した場合でも、実施状況によっては導入プログラムからの実施を推奨することもあります。

 

●公共ホール音楽活性化事業に関する問い合わせ
芸術環境部 永田
Tel. 03-5573-4069

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