2024年1月1日の能登半島地震と9月の豪雨で甚大な被害を被った石川県珠洲市。1年半を経て、徐々に心の復興に向けての取り組みが始まり、5月1日には地域の記録・記憶を考えるための新たな拠点「スズレコードセンター」がオープンした。震災前に人口1万2,000人余りだった同市が、3年に1度の奥能登国際芸術祭を開始したのは2017年。コロナ禍により2回目は21年に開催され、約5万人が来場。芸術祭自体の復活は未定だが、地域を支える活動には芸術祭によって培われた土壌も生かされているという。5月末、芸術祭プロジェクトマネージャーの関口正洋さんの案内で、現在の珠洲を回った。
下:「珠洲のアルバムを開く夜」(5月1日)
2023年11月号の本欄でふれた、高校生と芸術祭を巡る「劇的! バスツアー」など、筆者は過去3度、同地を取材している。それもあり、震災後初めて直接目にした珠洲の変貌はやはり衝撃だった。美しかった日本海側の外浦の海岸通りは山の崩落で一変。公費解体で家屋は撤去され、雑草に覆われた空き地が広がり、芸術祭で訪れた会場の多くが無くなっていた。
飯田町の市街地にある倉庫を改修したレコードセンターは、そんな急速に変化する地域の記録・記憶を考えるための拠点だ。かつての珠洲の写真を起点にした交流を育む活動で、取材時は「珠洲のアルバム」展が開催されていた。壁に貼られたありし日の活気ある町の写真には、「若かりし頃の母親の写真を見つけた」など現在の住民のコメントが添えられている。5月1日の写真の上映会には住民約100人が集まり、被災地の夕べに賑わいが生まれたという。
同施設を運営するのが、芸術祭を機に設立された「サポートスズ」(*1)、通称サポスズだ。スタッフの西海一紗さんは移住3年目。震災前から広報として地域の撮影を担当していたが、震災後、個人での記録に限界を感じていた時に、関口さんからコミュニティアーカイブを提案された。現在集まった写真は約2,500枚。「今は変化が激しく、地元の人も以前の町を思い出せなくなっています。ここにふと立ち寄り、これからを考える場所にできたら」と話す。
揚げ浜式製塩業で知られる大谷町には芸術祭の拠点施設、旧小学校体育館を再活用した「スズ・シアター・ミュージアム」(*2)と坂茂設計の「潮騒レストラン」がある。ミュージアムは夏を目処に再始動を模索しているが、レストランは5月1日に再開。休業中は避難所で腕を振るっていた店長・加藤元基さん(サポスズ)による地元食材を使った料理が楽しめる。そこで県外ボランティアのガイドをしていた坂口彩夏さんと出会った。千葉出身の俳優で、24年秋に移住。「被災地では誰もができることがある」と生き生き話す彼女も、西海さんも20代。坂口さんは、移住組のカメラマンの友人が空き家をギャラリー&ライブスペースにする予定と教えてくれた。
芸術祭の参加作家も震災後の珠洲に寄り添っている。アートチームSIDE COREは被災地を巡るツアーを企画。さわひらきは作品を設置した日置地区の青年団員となり、地域の復興計画に参加する。村尾かずこは担い手不足で廃止されていた「砂取節まつり」の復活祭でサザエのキリコを制作し、芸術祭を機に交流を深めてきた珠洲焼作家・坂本市郎さんの壊れた窯や建物の修復に駆けつけた。「一人では気落ちしていたが、皆が来てくれたことで作業する意欲が保てた」と坂本さんは振り返る。
副市長でサポスズの専務理事でもある金田直之さんは、「奥能登の2市2町で珠洲市が一番移住者が多い。市が従来続けてきた地道な活動に加え、芸術祭が地元といろんな人をつなげてくれていたことが明らかに後押しになっている。行政ではカバーしきれない町の記録を、レコードセンターのような民間が支えてくれるのはありがたい」と評価する。
取材中には芸術祭常設作品も見学した。珠洲の現状と歴史、風土に深く基づく作品は、震災を経た現在の感性にも驚くほど響く説得力を持ち、人に寄り添うアートの普遍的な力を感じさせた。「アートは直接的に傷を『治療』することはできないが、『治癒』することはできる」。関口さんがふと口にしたそんな言葉の意味を噛み締める取材となった。
(アートライター・杉原環樹)
*1 サポートスズ
石川県珠洲市で2017年に始まった奥能登国際芸術祭を機に、19年より活動する一般社団法人。設立時の活動は、3年に1度開催される芸術祭のボランティアサポーターのアテンド、市内に点在する美術作品のメンテナンス、作品や地域のガイドなど。24年の能登半島地震以後は、芸術祭総合ディレクター・北川フラム氏が代表を務めるアートフロントギャラリーと共に「奥能登珠洲ヤッサ―プロジェクト」を立ち上げ、作品の修繕や施設の再開、復興ツアーの受け入れ、スズレコードセンターの運営等を行う。現在の中心スタッフは5名。
*2 スズ・シアター・ミュージアム
「大蔵ざらえ」によって市内の蔵などから収集した民具等を保存・調査・展示する博物館と、そうした民具を用いてアーティストが制作した作品を展示する美術館が融合するこれまでにないかたちのミュージアム。
●スズレコードセンター
市民や市役所等から寄せられた写真や映像の地域資料をデジタルデータ化し、それを軸に展示やイベントを開催。また、解体前の家屋の撮影を行う「出張レコード」を実施。開設にはせんだいメディアテーク(仙台市)の「3がつ11にちをわすれないためにセンター」にも携わる甲斐賢治氏がディレクターとして参加。
〒927-1214 珠洲市飯田町11-79-1
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