一般社団法人 地域創造

令和7年度「美術館出前(オーダーメイド)型ゼミ」報告

奈良県ではインクルーシブな館の在り方を考える研修を実施

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写真(奈良県立美術館での第1回研修会の様子)
左:岡部太郎さん(たんぽぽの家)の講義
右:ワークショップでアイマスクを装着して作品に触れる体験をする受講生

 

 

 この事業では、美術館のマネジメントに関する研修会を、地域創造と申請館の共催で2年間にわたって実施しています。研修テーマを申請館が希望する内容に沿って組み立てる「オーダーメイド型」であることが特徴です。また、県域や地域の美術館等と共に研修を受けることで相互交流の場とすることを目指しています。
講師の謝金や旅費は地域創造で負担するため、申請館は講師選定や参加者募集、会場準備を行うのみという負担の少なさも魅力のひとつです。

 

 今年度は、福岡県にある田川市美術館、鹿児島県にある鹿児島市立美術館でそれぞれ1回、奈良県立美術館では2回のゼミを開催しました。

 

 近年、インクルーシブな公立美術館の在り方についての研修を希望する公立美術館が増えていると感じています。国際博物館会議(ICOM)の2022年プラハ大会にて新たな博物館の定義案が採択され、これまでも基本とされてきた研究・収集・保存・展示に加え、誰もが利用できるコミュニケーションの場としての役割が明記されたことにより、その具体的な方法を模索している公立美術館は少なくないと思います。また、障害者差別解消法が2024年4 月に改訂され、合理的配慮の提供が義務化されたことも受け、より多様な来館者のニーズに応える必要性が出てきており、「そもそも公立美術館として何をすべきか」を根本から考えたいと思っている美術館関係者も多いようです。

 

 今回は、そうした公立美術館の方々にも参考になるよう、令和7年度に実施したなかでも奈良県立美術館と共催して行った1回目の研修を取り上げたいと思います。奈良県立美術館では、令和6年度よりリニューアルに向けた検討が始まっているということで、「芸術文化における共生社会の実現に向けた、多様な来館者に対して開かれた公立美術館の活動の在り方について学びたい」というご要望があり、令和7・8 年度事業として採択となりました。

 

 1回目の研修は、8月8日に午前と午後との2部制で実施しました。奈良県立美術館からお声がけをいただき、県内の公立美術館を中心に、県の文化振興課や障害福祉課、近隣の教育機関の方々などにもご参加いただきました。午前中は、奈良県で「アート」と「ケア」の視点から、多彩なアートプロジェクトを実施している一般財団法人たんぽぽの家理事長の岡部太郎さんに、その活動をご紹介いただきました。講義のみの午前については、オンラインでの参加も併用することで、遠方の施設の方や業務都合がある方も参加しやすい工夫をしました。

 

 まずは、障がい者とアートをめぐる1980年代以降のトピックスを包括的に紹介され、たんぽぽの家が運営するアートセンターHANAに所属するアーティストの活躍ぶりや、企業や美術館、自治体との連携の事例も具体的にお話しいただき、参加者の皆さんは熱心に聞き入って いました。また、障がい者の文化芸術活動を支える法整備や環境が少しずつ整ってきた現状を踏まえ、次のステップとして「いかに地域の文化施設と繋がっていくか」が重要であるという話を伺い、公立美術館が多角的に連携し、

地域づくりの核となっていく必要性を感じる時間となりました。

 

 午後は、視覚に障がいのある方と晴眼者との交流を基軸とした活動を展開している一般社団法人メノキから全盲の彫刻家・三輪途道(みちよ)さんと福西敏宏さん、株式会社ジンズ地域共生事業部の秋本真由美さんを講師に迎え、触察による作品鑑賞を実践するワークショップを行いました。

 

 メノキは、視力を失った三輪さんの視点を尊重しながら、障がいの有無にかかわらず、すべての人が美術の鑑賞および創作を楽しむことのできる社会の実現を目指し、触察による鑑賞を活動の中心に据えています。またメノキとジンズでは「ミルミルつながるプロジェクト」として、群馬県人なら誰もが知る上毛かるたを題材につくられた《みんなとつながる上毛かるた》で、五感を使ったコミュニケーションを通し、お互いの世界を拡げる活動に取り組んでいます。

 

 今回の研修では、三輪さんの作品である《みんなとつながる上毛かるた》と《かべとじめん》の触察板に直接触りながら、“触れる”ことを通じた美術鑑賞の新たな可能性について学び考える機会としました。4、5人ずつのグループに分かれながら、アイマスクを着けた状態で作品を受け取り、触ることでどんなものが描かれているのかを想像します。グループ内ではアイマスクを着けないアテンド役をつくり、各々のイメージを言葉で紡ぎあいながら想像力を膨らませていきます。

 

 最後に三輪さんから、「見えない人への解説には、ただ一つの正解を求めないことが重要で、自分がどう感じたが、コミュニケーションする言葉が大切だ」というお話しを伺いました。見えない人の鑑賞のための触れる素材があったとしても、ただあるだけではダメで、それを触りながらアテンドの方に説明してもらわないと見えない人たちにとっても理解することは難しいそうです。美術館の作品説明は、想像力を限定しないよう客観的になりがちですが、見えない人にはもう一歩踏み込んで、アテンドの方の気持ちや感動が入った言葉での説明があると、三輪さんとしてはうれしいとのこと。そういった説明のための言葉や、鑑賞を深めるための言葉も、ただ一つの正解があるわけではなく、個性の異なるさまざまな鑑賞者とアテンドの方のその都度の工夫で、一緒に鑑賞をつくり上げていくような体験を美術館でつくれない かと、さまざまな取り組みをしているそうです。

 

 例えば視覚障がいだけで考えても、全盲なのか少し見えるのか、生まれつきなのか後天的なものなのかなど、人によってグラデーションがあり、相手とコミュニケーションをとって個別に対応していく必要性、そして、障がいのある方からの要望があれば、完璧な対応ができないからやらないのではなく、できることから対応していくことが大切なのだと痛感した研修となりました。


 終了後のアンケートでは、参加者からも「ただやみくもに障がい者向けコンテンツをつくるのではなく、何が必要なのかを理解した上で用意することが大事」「文化施設として何を意識すべきかを共有できた」といった声がありました。

 

 奈良県立美術館では、引き続きインクルーシブな公立美術館の在り方についての学びを継続する予定です。2回目(3月12日)の研修では、一般社団法人アーツアライブ代表理事の林容子さんをお招きし、アートが医療や福祉の現場にもたらす効果や海外の最新情報 を「 ミュージアムにおける文化的処方」と題してご講義いただいたのち、グループワークで参加者同士も意見交換をしました。翌日の13日には、アーツアライブが実践する、認知症とその家族を対象とした対話型鑑賞プログラム「アートリップ」の実演を見学・サポートすることを通して「文化的処方」の実践を学びました。

 

 

 このように美術館出前(オーダーメイド)型 ゼミでは、地域の特色や現在抱えている課題に沿って研修事業を行っています。昨年から募集時期が少し変わり、7月末から10月末にかけて募集をしていますので、ご興味のある館はぜひご検討ください。

 

令和7年度「美術館出前(オーダーメイド)型ゼミ」

◎田川市美術館
※第1回、第2回は令和6年度に実施
•第3回 研修会(2025年7月30日)
テーマ:多様化するキュレーターの役割─地域、連携、表現の可能性
内容:地域に根ざしながらも独自性あふれる企画を実践してきた講師を招き、地方の公立美術館としての役割を柔軟に捉え直し、地域社会にとってより魅力的な存在となるための手がかりを得る機会とした。
講師:山口洋三(インディペンデント・キュレーター)、山下弘子(坂本善三美術館学芸員)

 

◎鹿児島市立美術館

※第1回、第2回は令和6年度に実施

•第3回 研修会(2025年6月24日)
テーマ:美術館にまつわる法律の話
内容:著作権や著作人格権、展示権など、知っているようできちんと知らない美術館に関係する法律についてわかりやすく講義いただいた後、各館の実例に基づいた日頃の疑問を事前に取りまとめて質問できる時間を設けた。
講師:木村剛大(弁護士)

 

◎奈良県立美術館
•第1回 研修会(2025年8月8日)
テーマ:障がい者の芸術文化活動の現在
講師:岡部太郎(一般財団法人たんぽぽの家理事長)
ワークショップ「ことばで触れる、かたち の世界─手で鑑賞するワークショップ─」
講師:三輪途道(彫刻家、一般社団法人メノキ代表理事)、福西敏宏(同副代表理事)、秋本真由美(株式会社ジンズ 地域共生事業部)
•第2回 研修会(2026年3月12日、13日)
テーマ:ミュージアムにおける文化的処方
講師:林容子(一般社団法人アーツアライブ代表理事)

問い合わせ

総務部 高野
Tel. 03-5573-4056

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