一般社団法人 地域創造

熊本市現代美術館 「 秀島由己男展 ダークファンタジー/ミステリアス 水俣が生んだ異才」

 2018年10月に急逝した水俣市出身の画家で版画家の秀島由己男(1934年生まれ)を取り上げた大回顧展「秀島由己男展 ダークファンタジー/ミステリアス 水俣が生んだ異才」が熊本市現代美術館の企画で実現した。秀島は戦後日本版画の重要作家のひとりであり、石牟礼道子の多くの著作の挿絵でも知られている。

 近親者のいない一人暮らしで、多くの作品・資料が最期の居住地となった人口9,000人に満たない小さな和水町(熊本県玉名郡)の自宅に遺されたままとなった。今回の展覧会は、その遺品整理を代行し、寄贈を受けた和水町が熊本市現代美術館とともに5年にわたる調査を行った成果として水俣病公式確認70周年に合わせて開催されたものだ。地域ゆかりの作家が遺した作品等を誰が引き受け、どのように価値や意義を後世に伝えていくのか。本展は、そのひとつの好例と言える。

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上:会場風景。

バナーに使われたのは若き日の秀島が自らモデルとして帽子を被った写真。

図録やポスターのデザインは和水町に地域おこし協力隊として移住したデザイナーの皆川博子が担当した。


下:秀島由己男《霧の中の馬》(未完)

(1970〜2010年代/22.0×27.2cm/ミクストメディア/和水町蔵)

撮影:宮井正樹

 

 展示は、ほぼ独学で制作を始めた青年期の絵画作品から始まり、エッチングやメゾチントなどの銅版画技法を習得し、深い闇の中から精緻なモチーフが浮かび上がる独自の表現を確立した壮年期の作品へと展開。後半は、2000年代から最晩年までの写真を切り貼りしたコラージュなどの実験的な作品、未発表・未完成作品などに加え、今回の調査で新たに発見され た 多 くの写真(秀島が自ら撮影指示した版画作品をつくるための物撮りやポートレート)と完成した版画・原版を並べて展示。また、創作の参考のために収集していたビアズリーの版画なども展示され、生涯を通じて新しい表現に挑み続けた秀島の全体像が丁寧な調査の結果とともに伝わる構成となっていた。
 出品された約260点の作品・資料のほとんど が和水町の所蔵で、これらを含め作品約1,500点、原画約300点などが遺されていたという。92年から元農家をアトリエ兼自宅にして暮らしていた秀島は町民をモデルとして作品を制作するなど親しく交流していた。急逝を知った知人から遺品を心配する声が上がったが、遺族の許可なく持 ち出すことはできない。ようやく遠方の 遺族と連絡がつき、許可を受けることができた。
 美術館のない和水町で今回の調査を担ったのが、普段は古墳調査などを専門にしている教育委員会社会教育課文化係の西山真美さんだ 。「 何が何だかわからないまま、梅雨前に運び出さなければと、役場の職員が総出で取りかかりました。タンスや仏壇の引き出しからも作品や資料がどんどん出てきて、何を残し、何を処分するのかをその場で判断しなければならなかった」と振り返る。

 公民館の3室を埋める物品を前に途方にくれた西山さんが熊本県文化財保護審議会の前川清一委員を介して出会ったのが、熊本市現代美術館主幹兼主査学芸員の冨澤治子さんだった。「晩年の秀島さんは当館の展覧会によく来てくださった。88 歳になる2022 年に回顧 展を計画していたので本当にショックでした。和水町が遺品を預かったと聞き、お手伝いできればと思ってお声がけしました」。ミ ュージアムIPM(総合的有害生物管理)の有資格者でもある冨澤さんは和水町から正式な派遣依頼を受け、年5〜6回町を訪問。作品調査と保存環境整備を指導する体制が整えられた。
 予算も人手もないなか、遮光カーテンを設置し、床にすのこを敷いて通気を確保するという基礎的な環境整備から着手。冨澤さんから指導を受けながら、西山さんたちは1 点ずつ作品を取り出して清掃し、管理番号を付与し、調査台帳に記録し、撮影し、薄葉紙に包む、という地道な作業を繰り返していった。限られた時間と人員で通常業務の合間で作業したこともあり、全容の把握までに5年を要した。その間、町内や近隣市で展示活動も行い、秀島作品が和水町にある意義を知らせていった。そして25年度には、遺族から正式に和水町に遺品が寄贈された。

 現在も仮の保管場所に収蔵されたままで展示施設などの計画は定まっていない。だが、本展を訪れた関係者の間で秀島作品への認識と評価は高まりつつあり、秀島版画賞の創設も検討されている。小さな自治体と美術館の連携によって守られた地域文化資源の行末を見守りたい。

(アートジャーナリスト・山下里加) 

秀島由己男展 ダークファンタジー/ミステリアス 水俣が生んだ異才

[会期]2026年4月18日~6月21日
[会場]熊本市現代美術館 ギャラリーⅠ・Ⅱ
[主催]秀島由己男展実行委員会(熊本市、公益財団法人熊本市美術文化振興財団、RKK熊本放送)、熊本日日新聞社
[特別協力]和水町

秀島由己男(1934-2018)

水俣市の貧しい家庭に生まれ、両親を早くに亡くす。ほぼ独学で絵画制作を始め、美術評論家の土方定一、洋画家の海老原喜之助、版画家の浜田知明、歌人の安永蕗子、詩人の高橋睦郎、小説家の石牟礼道子らに認められ、国際展にも出品。1984年から東京・新宿の旧瀧口修造邸に転居するが、東京の生活に馴染めず87年に熊本県山鹿市に転居。92年に三加和町(現和水町)に転居。98年と99年には町で展覧会が開催され、秀島は75点を寄贈、町も101点を購入したがその後は町内で展示機会はなかった。
2000年に熊本県立美術館で大規模個展『魂の詩─秀島由己男展』を開催。本展は四半世紀ぶりの大回顧展である。25年に熊本県近代文化功労者として顕彰され、26年には和水町から町民栄誉賞が贈られた。

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