水戸芸術館が詩人の谷川俊太郎作『いつだって今だもん─きのうとあしたのラブストーリー─』(1985年初演)を音楽劇としてプロデュース。7月25日から29日まで水戸芸術館ACM劇場で上演し、多くの親子連れが遊び心いっぱいのステージを満喫した。音楽に俊太郎の息子であり、音楽家の谷川賢作を迎えたほか、演出家の橋本昭博をはじめ同館ゆかりのメンバーが多数参加した本作について取材した。


『いつだって今だもん─きのうとあしたのラブストーリー─』 撮影:刑部アツシ
開場すると、文字がデザインされたメルヘンな衣装を着た出演者たちが総出で来場者をお出迎え。舞台上には6月の関連ワークショップで市民と製作したカラフルな幕が下がり、「あ」「ん」などの巨大文字が宙に浮き、会場まるごと詩人の世界になっていた。音楽は生演奏で、開演前には谷川の進行により「パポピプペポパ、パ ピ パ ペ ポ プ ピ 」と歌う劇中歌の練習も行われた。
主人公は、2000年前の過去の世界で王様や道化と暮らし、退屈している王子と、核戦争後の未来の世界でロボットのお母さんと暮らし、歌うことしかできない少女マリ。ある日、聞こえてきた歌声の主を探しに出掛けた王子は時空を越えて少女と出会い、2人は過去でも未来でもなく、「今、ここ」で生きることに希望をつなぐ。
1996年から演劇部門学芸員を務め、2025年に生え抜きとして初めて芸術監督に就任した櫻井琢郎さんは次のように話す。
「90年に開館して以来、貸館を行わず、すべて主催事業で運営してきた。2013年からは高橋知伽江芸術監督(当時)がプログラムの幅を広げようと音楽劇に力を入れ、オリジナル作品、児童文学を原作にしたファミリーシアター、水戸子どもミュージカルスクールなどに取り組み、人気レパートリーも生まれた。また、いろいろなかたちで地域の人材育成も行ってきたが、その中のひとりが橋本さん(ひたちなか市出身)だった。高校時代はダンスワークショップを受けに来ていて、その後、俳優として出演してもらい、2023年の『ミュージカル水戸黄門』で初めて演出を依頼した。今回の企画は、こうした流れが合わさったものだ」
2011年に立ち上げた自身のユニットの旗揚げ公演が谷川作品だったという橋本は、「俊太郎さんのサイン会に並んで、この本を上演したいと直談判したらサインの横に電話番号を書いてくださった。そこから連絡を取るようになり、新作を書き下ろしてもらう約束もしていたけど、実現できなかった」。
その話を聞いた櫻井さんは、24年8月に橋本と共に『おならうた』や『朝のリレー』などを題材にした市民参加ワークショップを実施。それを踏まえ、『いつだって今だもん』を音楽劇にすることを目指し、初演当時20歳代で作曲を担当した谷川賢作に協力をお願いした。
「みんなでやろうという賢作さんの一言で」(橋本)参加年齢を問わずに募った参加者と一緒に25年8月からワークショップを始め、12月に出演者10人、音楽隊30人によるリーディング公演に挑戦。そして今年度、本格的な音楽劇としてプロデュースした。外部キャストに加え、劇団ACMメンバー(大内真智)、ミュージカルスクール講師(歌唱指導)らが参加。子どもの代表としてのびのびと舞台で遊んでいたのも園児の頃から同館の絵本読み聞かせに通っていた小学2年生の星本悠さん、3年生の加藤結凪さんで、水戸芸術館の蓄積が感じられる座組になっていた。
谷川は、「解釈は千差万別が面白いと父はよく言っていた。この作品も未来と過去がメビウスの輪のようになっているが、谷川俊太郎の言葉にあるそういう両面性が面白い。橋本さんには谷川作品へのリスペクトがあるから、父はきっと喜んだと思う」と楽しそうだった。
俊太郎の音楽的な言葉と賢作の生演奏が有機的に融合し、誰もがもつ子ども心に染みてくる豊かなステージだった。櫻井さんは、「こういう作品を劇場のレパートリーにして他館での上演を目指していきたい。来年度は谷川の詩を構成し、もっと音楽的なステージに挑戦したい」という。谷川作品が水戸芸術館の代名詞になる日がくるまで続けてほしいものだ。
(横堀応彦)
●谷川俊太郎の「ことば」と「おと」『いつだって今だもん─きのうとあしたのラブストーリー─』
[主催](公財)水戸市芸術振興財団
[会期]2026年7月25日~29日
[会場]水戸芸術館ACM劇場
[助成](一財)地域創造ほか
[脚本]谷川俊太郎
[演出・脚色]橋本昭博
[音楽]谷川賢作
●水戸芸術館
1990年開館。水戸市制100周年記念で建築された音楽・演劇・美術の複合文化施設。設計は磯崎新。100メートルの塔をシンボルに、コンサートホールATM(620席~680席 )、 ACM劇 場( 320席~580席)、現代美術ギャラリー、パイプオルガンが設置されたエントランス等で構成。日本で初めて芸術監督制を導入したことで知られ、専属楽団(水戸室内管弦楽 団 )、 劇団ACMを有する。演劇部門では、水戸発のプロデュース公演、児童文学を元にした音楽劇のACMファミリーシアター、4年生全員を招く小学生のための演劇鑑賞会、ACMメンバーによる絵本の読み聞かせ・ゆうくんとマットさんのおはなしキャリーボックス、水戸子どもミュージカルスクール、朗読スタジオ、地域の若い人材を支援するプロジェクトなどを実施。
