一般社団法人 地域創造

特別寄稿 ビューポイント viewpoint No.2

仲道郁代(ピアニスト)

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(c)Taku Miyamoto

音楽は、動詞として存在する。
「音楽」とは「音楽というもの」を指し示す名詞として存在するのではなく、奏でるという行為と、能動的に聴こうとする行為の双方向性の中に存在するものなのだ。

これは、コロナ禍にて、コンサートという場がなくなり、悶々と過ごした5ヶ月の間に、私が強く感じたことです。

コンサートという場がなくなってしまった5ヶ月間という時間。もちろん私はピアノを練習し、CDやインターネットに溢れる音を聞いていました。家でピアノに向かい、楽譜に記された音、作曲家の想いと向き合い、スピーカーの音を聞く。

でも、そこに、演奏する「私」と、聴いてくださる「あなた」がいないということの喪失感、不全感に心が折れ、そのうちに、音楽をスピーカーから聞くということすら辛くなりました。そこに、生きているという実感を見出せなかったからです。

“生きている”という実感。コロナパンデミックという想像もできなかった、未曾有の事態によって、私だけではなく多くの方が、“生きている”という実感とは何なのだろうと改めて考えられたのではないでしょうか。

幸せとは何なのか、大切なことは何なのかということ。

家に籠り、取り敢えず食べられて安全を確保することができる。大切なことです。でも、それだけでは幸せではないということも、私たちは身に染みて理解したのではないでしょうか。

人と人が繋がることの意味と大切さに、深く思いを巡らせた方は多かったのではないでしょうか。
 
そのような中、これまでクラシック音楽についてよく使われてきたフレーズ、私自身もクラシック音楽の素晴らしさとしてお伝えしなくてはと思って使っていたかもしれないフレーズ――クラシック音楽は心を癒してくれるのです。あるいは、衣食住が足りないような安全が脅かされるような不安の中にいる時でさえ、そのような時だからこそ、クラシック音楽はあなたのそばに寄り添ってくれるのです……という、フレーズ。

コロナ禍において、これは簡単に使えるフレーズではないのだと、私には思えてしまいました。

なぜなら、私自身には、音楽家である私にとっては、スピーカーから聞こえてくるクラシック音楽だけでは、自分自身の助けにならなかったからです。

これまで、私たち音楽家は、クラシック音楽に関係くださる皆様と共に、クラシック音楽の魅力を広くお伝えしたいと頑張ってきました。

クラシック音楽は良いものなのですと、繰り返しお伝えしてきました。そして、敷居が高いと言われてしまいがちなクラシックのあり方を、その敷居を低くして、広く裾野を広げるためにはどうしたら良いのかということを考えてきました。

ほら、こんなにわかりやすいのですよ。

ほら、こんなに気持ち良いのですよ。

ほら、一体感を持つって素敵でしょ。

ほら、こんな場所で聞いたら開放感があるでしょう。

ほら、こんな効果もあるのですよ。

ほら、こんなに役立つのですよ。

そのことは手放しで「良い」と言えることなのか。これを「問い直す」ということを、コロナ禍は与えてくれました。

良いとされるものは、世の中に他にもたくさんある中で、なぜクラシック音楽は、良いものですと言い続けなければならないのか。

なぜ敷居が高いものと思うのか。

「裾野を広げる」という考え方自体が、山の上の方を知っていると思っている者からの極めて上から目線的な考え方なのではないか。

私の中の、様々な価値観を打ち砕いてしまったのが、コロナパンデミックでした。

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(c)N.Ikegami

 

私は、現在「 The Road to 2027」というプロジェクトを遂行しています。2018年から始まり、2027年(ベートーヴェン の没後200年の年でもあります)までの10年にわたって演奏される20のプログラムたちから成ります。その中で核になるのはベートーヴェンのピアノソナタです。ベートーヴェンの音楽は、生きることの意味、存在することの意味を問い続けている音楽だと思っています。だからこそ、私はこの2027年までのプロジェクトでベートーヴェンに向き合いたいと思いました。彼に向き合うことは、私自身の生きる意味とは何か、音楽家としての存在とは何かということを問うことにつながるからです。

そのベートーヴェンの音楽に向き合うことが、コロナ禍の最初の頃はできなくなりました。これまでの当たり前が当たり前ではなくなった時、これからどうなるのかという不安の中に思考の混乱をきたした時には、ベートーヴェンの、「我々はかくあらねば」という強いメッセージに気持ちが負けてしまったのだと思います。 

けれども、その折れてしまった心も、ある時期からムクムクと立ち上がり始めました。

これまでの当たり前とは当たり前ではなかったのだと思えた瞬間からです。

その時に背中を押してくれたのもまた、ベートーヴェンでした。そしてその時に思い出したのが、以前読んだ音楽学者・岡田暁生さんの文章でした。

 

 

それは東日本大震災の際に書かれたもので、歴史(ヒストリー)も、一つの物語=ストーリーなのであり、文学も音楽もストーリーを語っていると、歴史/文学/芸術を知るということは、過去の叡智に向かって「私たちは今どう生きるべきなのか?」と問うことなのだという主旨のことを書かれていました。

私は、演奏家として、過去の歴史の中の作曲家が何を考え、何を伝えようとしているのかを楽譜から読みとろうとします。

そして、私が読み解いたことを、演奏として実際の音に立ち上らせようとします。

その音を、今を生きている方に聴いていただくということをしています。

ベートーヴェンの音楽、そのヒストリー、ストーリーの中には、困難の中にあっても粛々と生きていかねばならない人間への愛情がありました。

それを、5ヶ月の自粛期間を経た最初のコンサートで弾く。それをお客様にお伝えするのだと思った時に、私は息を吹き返したような気持ちになりました。

ある著名なピアニスト(アルトゥール・ルービンシュタインだったと思います)がこのようなことを語っているのを読んだ記憶があります。

 

「私は演奏会の時に、会場の中に魅力的な女性を一人見つけたらその人に向けて演奏するんだよ」

最初この言葉を読んだ時には、「さすが、プレーボーイの言葉」と思ったものでした。

けれども、あるコンサートにてお客様から頂いたお手紙を読んで、私は胸を突かれました。

「闘病していた娘はこのコンサートへ来ることを楽しみにしていましたが、亡くなってしまいました。今日は、娘の写真と共に聴きます」

というお手紙でした。

コンサートが終わってからそのお手紙を読んだ私は、思いました。果たして私の演奏は、その思いに届くもの、叶うものであったのか……と。

コンサートホールという広い空間に集まってくださっている「皆様」ではなく、集まってくださっている「お一人お一人」に届くものであったのか……。胸が痛くなりました。

ルービンシュタインの言葉には、演奏するという行為におけるとても大切な真実があったのだとその時知りました。

私という演奏家一人から集合体の中のお一人へ。音楽するということがこういうことであるならば、これはおよそ閉じられた概念であるのかもしれません。それぞれの心の中の内的活動は、多くに開くものではなく、ある種の閉鎖性を伴うものとも言えるでしょう。演奏家と聴いてくださる方との間に作用する音楽という行為は、極めて閉鎖的な内向的な作業と言えるのではないでしょうか。そのようなことが行われるクラシックコンサート。そうやって音楽を聴こうとしてくださる方たちが集う場、そこで個人個人がそれを共に体験する場が、コンサートであると私は思うのです。

私にはコンサートの醍醐味と思える瞬間があります。これからこのピアニッシモの、この音に、溢れんばかりの大切な心を込めて出そうという瞬間、その音が発せられる直前の無音の瞬間に会場中の方々の意識が集まったような緊張感に満ちた瞬間を体験します。その時に、多くの個である方が、他者の存在を意識する、そんな瞬間が生まれるのだと思っています。

他者の気配を感じる。他の人がどう感じているのか、その気配を感じるということ。

それがいかに幸せかということを、私たちは、このコロナ禍にて、一緒にいることが叶わないという状況になってはじめて、痛感したことではないでしょうか。

この拙文をお読みくださっている方の多くは、公共の施設に関わり、その中で「文化」をどう盛り上げていくのかを日夜お考えくださっていることと思います。

冒頭に、音楽とは名詞ではなく動詞として存在するものだと書きました。

文化も、同じことなのではと私は思います。文化を創り出し、繋げ、継承していく。そこに在るのは、生きている、生きていた人です。

私の中では、今、ある言葉の存在が大きくなっています。

それは、「ぬくもり」という言葉です。

「ぬくもり」には、産まれて最初に知る母のぬくもりなど、本能的に求める身体的なぬくもりもありますが、人と人との繋がりの中に生まれるぬくもりもまた、人にはなくてはならないものです。

これらのぬくもりには、体温があります。

体温があるということは、生きていることを感じられるということなのです。

存在しているということを、感じるということなのです。

それは時間や空間をも超えても感じとることができるものでもあります。

クラシック音楽というおよそ200年以上も前の、日本ではない遠い異国の見たこともない人たちが創り連ねてきたものの中にも、その時代を生きていた作曲家の心のぬくもりを感じます。それを、今に生きる私が今を生きる聴き手とシェアする。

興味深いもので、芸術の中には、繋がることができない、ぬくもりを感じることができないことへの叫びとしての芸術もあります。でもそれも、ぬくもりを希求することでぬくもりという存在を肯定しているとも考えられます。


一方で、みんなが同じような繋がりを欲し、ぬくもりを一緒に感じるわけではないのも事実です。“共生”という言葉がありますが、大雑把に共生の場を作ることは無理な話だと思うのです。

ある繋がりだけがあり、そこから外れたら排除されると考えるのではなく、ぬくもりの小さな輪が様々に、縦横無尽に重なりあっていけば、どうでしょうか。

縦横無尽に重なり合うぬくもりの小さな輪という繋がり。

私がコロナ禍にて、スピーカーから聞く音楽が辛く感じた理由の一つは、そこに人と人との繋がりが生むぬくもりを感じることが難しかったからなのだと、今になって思います。

コンサートは、人と人との思いの小さな輪という繋がりを生むことができる大切な場です。その貴重さを身に染みて感じたからなのだと思います。

そんな「ぬくもり」を創出する場として公共施設ができることの可能性は、とても大きいのではないでしょうか。

 

仲道郁代 (ピアニスト)

4歳からピアノを始める。桐朋学園大学1年在学中に第51回日本音楽コンクール第1位、増沢賞を受賞。文化庁在外研修員としてミュンヘン国立音楽大学に留学。ジュネーヴ国際音楽コンクール最高位、メンデルスゾーン・コンクール第1位メンデルスゾーン賞、エリザベート王妃国際音楽コンクール第5位と受賞を重ね、以後ヨーロッパと日本で本格的な演奏活動を開始。88年に村松賞、93年にモービル音楽奨励賞を受賞。古典派からロマン派まで幅広いレパートリーを持ち、これまでに日本の主要オーケストラはもとより、海外のオーケストラとの共演も数多く、人気、実力ともに日本を代表するピアニストとして活動している。2018年よりベートーヴェン没後200周年の2027年に向けて「仲道郁代 The Road to 2027プロジェクト」をスタートし、リサイタルシリーズを展開中。一般社団法人音楽がヒラク未来代表理事、一般財団法人地域創造理事、桐朋学園大学教授、大阪音楽大学特任教授。

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仲道郁代オフィシャルウェブサイト