一般社団法人 地域創造

特別寄稿 ビューポイント view point No.6

吉澤延隆(筝奏者)

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▪️最初の一歩
 「“おとこ”の教室行くんだろ?」それは7歳から「おことの教室」に通う私にかけられた、冷やかし混じりの言葉です。
 私が箏*1を習い始めたきっかけは、二人の妹が習っていた教室の送り迎えに母に連れられていったのが始まりです。独身時代に箏を習っていた母にとって、子供たち全員でアンサンブルさせることも希望であったようで、私の後には弟も習い始め兄弟姉妹4人で教室へ通うようになりました。
 小学4年生になると少年野球を始めたこともあり、女性ばかりの教室へ通っていることは、どこか恥ずかしい、クラスメイトには隠しておいた方が良いと思う隠し事でした。けれど、そんな隠し事は小学6年生の冬にセンセーショナルな発表機会を得ることになります。
 私の師匠である和久文子師は、当時、尺八や津軽三味線奏者とキャラバンを組み市内の小学校、中学校を無償で巡回する「スクールコンサート」を行なっていました。そんな中、そのキャラバン隊は私の通う小学校へ来ることになり、「ノブ君の通う学校に行くことになったから、当日一緒に演奏したらお友達が喜ぶよ!」という提案で、当日の体育館に集まった同級生たちの前で演奏することになったのでした。
 「おことの教室」へ通っていることを恥ずかしいと思っていた私ですが、その日のキャラバン隊の一員になり、クラスメイトからは「すげー!」「格好よかった!」という言葉を貰ったことで、“おとこ”の私が箏を弾く気持ちは180度変わりました。そして、それは私が箏の演奏家への道を歩むきっかけでもあり、現在、コンサート活動とあわせて、アウトリーチ活動にも積極的に取り組んでいる理由です。

【画像1】幼少期写真 (1).jpg

「おことの教室」に通っていた頃。発表会での1枚。


▪️アウトリーチで目指していること 

 いわゆる「邦楽」「伝統」といった言葉の持つイメージに真っ新な状態の子供たちと接する機会は、教員として働く先輩からその学校へ招かれていた学生の頃からありました。それと合わせて、初めてのリサイタルを開催し「これから演奏家としてスタートだ!」と意気込みながらも、演奏依頼の仕事は無くレストランのギャルソンとしてアルバイトをしていた約1年半には「箏?お正月の?」「うちの祖母がやっていたけど、男性で珍しいですね。」といった反応の大人たちと接する機会もありました。
 それらの経験は「邦楽」や楽器に対するイメージはどうつくられていくのか、これまで私が学んできた箏曲*2や楽器は社会の中でどういう存在であるのか、何を、どう発信していけばよいのか、そして、どんな未来を目指すのか考えるきっかけになりました。
 その様な中で、2014年に担当アーティストとなった「邦楽地域活性化事業*3」でのアウトリーチ活動を通して、1つの方向性が見えました。その時に制作したアウトリーチでは、1クラス単位で実施する環境を最大限に活用したいと思い、子どもたちを三角形を描くように3面*4の箏で取り囲み、3人の奏者によるミニマルミュージックなどを通して「子どもたちを音で包み込む」という意図を持って制作しました。その結果、子供たちはキョロキョロ周りを見渡しながら三方向から聴こえてくる音に反応したり、子供たちと奏者が向かい合った一般的な配置での演奏曲では、より集中して手元を見ようとしたり、楽器に近づこうとしたり、興味を持ってアウトリーチを体験してくれたように思えました。その様なコンサート会場とは違って、アーティストと子供たちのパーソナルスペースが密になるような環境(コロナ禍での現在は難しいですが)で、コミュニケーションを交えながら行えるアウトリーチに手応えを感じたことで、私の中でアウトリーチは10年後の「邦楽」のために行う活動と位置づけるようになりました。
 その後、東京文化会館で募集していた「ワークショップ・リーダー育成プログラム*5」を受講し、2016年から東京文化会館ワークショップ・リーダーとして、未就学児やその家族に対するワークショップ活動も担当させていただくようになり、昨年6月には、ピアノ、フルート、マリンバ、カホン、ジャンベなど「邦楽」ではない楽器とともにワークショップ・コンサート『海の仲間の音楽会 ~ふしぎな宝箱のひみつ~』を初演しました。来場者とのインタラクティブ・ワークを土台にしたコンサートの中で、私は太鼓を叩き、アサラト*6を振り、中腰で役柄の亀になりきる箏奏者という、私にとって新たな領域を開拓しました。もちろん、そういったワークショップの中で、コト爪の付け外しや場面ごとのチューニングが必要になったり、演奏する際に客席に向かって目線が下がることで静的な印象になるなど、西洋楽器やそのアーティストと比べると都合の悪いことも出てきますが、箏やその奏者が他の楽器や共演者と混ざり合って存在し、それらの違いと混ざり合いが楽しめるようになること、そして、未就学児を連れた家族、同じ舞台に立つ共演者にとって、そういった環境が特別なことではなく、日常的なことになることを願って活動しています。

【画像2】(C)Mino Inoue 東京文化会館提供 (1).JPG

2020年6月
ワークショップ・コンサート『海の仲間の音楽会~ふしぎな宝箱のひみつ~』
(東京文化会館小ホール)
 東京文化会館ワークショップ・リーダー:
磯野恵美・櫻井音斗・桜井しおり・野口綾子・吉澤延隆

*1 現在、琴(キン)と箏(ソウ)の両方が、楽器の「コト」を指す漢字として用いられていますが、ここでは箏の文字を使用します。
*2 ここでは、広い意味での箏を用いた全ての音楽を指しています。
*3 平成26年度に富山県で行われた邦楽地域活性化事業(主催:公益財団法人富山県文化振興財団/共催:一般財団法人地域創造)
*4 箏の数は、面(めん)で数えます。
*5 ミュージック・ワークショップで参加者のリードを担うワークショップ・リーダーには、音楽的能力だけでなく、高いコミュニケーション能力、自己表現力などが求められ、その国際的先駆施設であるカーザ・ダ・ムジカ(ポルトガル)のワークショップ・リーダーを講師として招き開催されるトレーニングプログラム。
*6 2つの木の実に紐を通し結び、手でその紐や木の実を持って演奏する西アフリカの民族打楽器。

 

▪️コロナ禍での新展開

 このコロナ禍の中で、私の活動にもたらされた変化は公演企画を話し合うミーティング、弟子のレッスン、公演の配信などで、これまで以上にインターネット環境を使用していることです。同時に周囲では、そのオンライン上で行われるレッスンや公演の配信について「本質が伝わらない」「劇場公演への来場を遠ざける」などマイナスの懸念も指摘されていますが、今後、私たちの活動をどういった相手に届けたいのか、その未来に何を残したいのかを考えると、これまでのやり方と組み合わせながら活用していくべきだと思っています。そのため、通信環境の影響を受けたり、同時での合奏が難しい場合*7がありますが、交互に演奏をやり取りし、手元の映像を録画してフィードバックするなど工夫し、弟子とのオンラインレッスンも継続しています。
 このオンラインレッスンの利点は、楽器とインターネット環境があれば、世界中の愛好家が居住地に居ながら邦楽器のレッスンを受けることが可能なことです。同じ古典曲であっても同時代の音楽や地域性による影響から、それぞれの味わいを持った演奏が生まれた箏曲の歴史に鑑みれば、海外の都市に住む愛好家から日本の演奏家にレッスンを受けたいという声が上がり、ついには国柄の違いによる芸風が生まれたら面白いと考えています。既に海外在住で教授活動を行なっている方たちもいますが、海外の愛好家が、日本国内の演奏家のレッスンを受けられる環境を作ることで、「邦楽」にとってより大きな輪が広がるのではないかと思います。

 

*7 但し、現在ではヤマハ「SYNCROOM」などインターネット回線でのオーディオデータの双方向受信の遅れを極力小さくし、リアルタイムで遠隔合奏ができるシステムがリリースされています。

 

 そして、昨年から「NOBU-LAB.」(ノブラボ)と題したコンサート・プロジェクトを立ち上げました。このコンサートでは、分野の異なるアーティストや専門家をゲストに招き、その専門分野にまつわるお話や箏との共演を通して、それぞれの専門分野の魅力を紹介するとともに、日常で「邦楽」を聞く機会のない人たちとの関わりをつくり出したいと思って始めました。
 今年6月に開催した初回公演は、オペラ歌手とコンテンポラリーダンサーをゲストに、箏独奏曲や曲間に挟む私のMCはもちろん、箏伴奏によるドイツ歌曲やカンツォーネ、ダンスと箏の共演で旋律や余韻などの持つ音や音楽のイメージを視覚化する試み、そして、3人の共演による日本歌曲をプログラムしました。来年は、これまで携わってきたミュージック・ワークショップに焦点を当て、未就学児の入場も可能で、箏曲を基にしたワークショップ・コンサートの様なものを制作したいと思っています。まずは10年を目標に、「邦楽」と関わりがないと思われるようなゲストと新しい関わりや接点を生み出すプロジェクトに成長させたいと思っています。

【画像3】ノブラボ・コンサート (1).JPG

2021年6月 

ノブラボ・コンサート・シリーズvol.1『箏×歌×コンテンポラリーダンス』
(大和市文化創造拠点シリウス やまと芸術文化ホールサブホール)
 箏:吉澤延隆 テノール:北嶋信也 コンテンポラリーダンス:小林啓子

 
 今日、私の周囲では伝統的な古典曲はもちろん、ポピュラーソングやゲーム音楽の演奏、オリジナル曲によるグループ活動、西洋楽器、アート作品との共演や、「現代音楽」作曲家による新作演奏など、それぞれに目指すものを持って様々な活動が繰り広げられています。と同時に、楽器や用具材料の不足、製作技術者の後継者不足など、危機的なニュースも飛び交っているのが現状です。
 今の「邦楽」には、保存、保護のためでなく、面白いと魅力を感じて、積極的に関わってくれる様々な専門分野の人たちを増やしていくことが求められています。例えば、素材や化学、情報技術に金融など、これまで私たちが目を向けていなかった分野の人たちとのネットワークを「邦楽」は必要としています。それらの音楽や芸術分野を越えた人々との繋がりが、きっと「邦楽」の伝統と革新という両輪を走り続けさせるエネルギーになると信じています。
 この寄稿文が、これまで「邦楽」との関わりがなかった方々に届き、お互いを知り、「邦楽」の未来を一緒につくる、最初の一歩になることを願っています!
 

吉澤延隆 プロフィール

1982年生まれ。7歳から和久文子氏のもとで箏をはじめる。東海大学大学院芸術研究科修士課程修了。2008年第15回賢順祈念全国箏曲コンクールにおいて第1位賢順賞を受賞。近年ではコンサート活動に加え、東京文化会館ワークショップ・リーダーとして未就学児やその家族などに対するワークショップ活動や、地域創造の邦楽事業でアウトリーチ活動なども行っている。現在、東海大学教養学部芸術学科非常勤講師。

公式ウェブサイト http://www.nobutaka-yoshizawa.com