一般社団法人 地域創造

特別寄稿 ビューポイント view point No.11

小岩秀太郎((公社)全日本郷土芸能協会常務理事、縦糸横糸合同会社代表、東京鹿踊代表)

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 ©︎Mayumi+Hirata

 

郷土芸能を社会実装する

 

 私は、郷土芸能・民俗芸能の宝庫ともいわれる岩手県に生まれ育ち、「鹿踊(ししおどり)」という芸能の継承者です。現在は公益社団法人全日本郷土芸能協会(東京都 以下、全郷芸)で常務理事を務めながら、縦糸横糸合同会社(宮城県仙台市)を設立し、郷土芸能をはじめとした地域に伝わる文化と現代・未来社会とをつなぐコーディネートを、鹿踊を踊りながら行なっています。

 

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ガーナでの鹿踊交流©️Masa Iida

 

●郷土芸能が抱える課題

 「郷土芸能」という言葉は、私が鹿踊をはじめた35年前や、全郷芸に入職した約15年前は、古めかしい過去の遺産として捉えられることが多かったように思います。誰も好き好んでこれを職業にする人もいませんでしたし、仕事になるとも誰も思っていませんでした。ところが昨今、特に東日本大震災以後、郷土芸能が国内外から注目を浴びるようになり、現代社会において必要なものと認識されはじめました。

 

 郷土芸能は、基本的には地域住民の手で、地域の“ため”になることを願って創られ伝えられてきました。そして、一般への開放や関係を持つことをそれほど熱心に行ってはきませんでした。加えて、郷土芸能が伝わる地域は、特に過疎・少子高齢化が激しいところが多く、芸能の休止・中断だけでなく、地域そのものが消滅の危機にあります。郷土芸能の現状は、日本の地域課題の縮図、先行事例とも言えるかもしれません。であるなら、郷土芸能を盛り上げること、継承者をつくることが、地域の課題解決の一方策になりえるかもしれません。そんな期待を持てる事例を、東日本大震災後の被災地で、生活再建よりも先に次々復活する郷土芸能の数々の中に見ることができました。

 

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被災地の郷土芸能(2012年9月,岩手県大槌町)

 私も被災地で、「芸能や祭りがあるからここに住んでいる」という声を頻繁に聞きました。芸能団体のリーダーが地域の再建の中心人物であり、その後議員になった例もありました。郷土芸能は、地域を守る最後の砦で、人や世代をつなぐ紐帯であり、希望であると、被災地の芸能の活動を見てつくづく感じました。そして、まさに被災地から郷土芸能への注目度が高まっていき、地域を離れた活動や、地域外との交流が盛んになっていったのです。

 

●郷土芸能のコーディネートと全日本郷土芸能協会

 郷土芸能は「民俗芸能」とも言われます。行政や学術的には「民俗芸能」という用語が使用されることが多く、民俗=人々の日常生活と言い換えることができます。地域(郷土)に住む人々の日常生活に密接に関わって、その地の住民によって伝えられています。プロではありません。外部に招聘・出演するにあたり、契約条件もはっきり定まっていないことも多いですし、そもそも地域外に出たり、活用されることに慣れていません。その必要性に駆られたことも少ないところがほとんどです。

 

 郷土芸能・民俗芸能をパフォーマンスや芸術の側面だけで捉えると、“民俗”=地域の暮らしの上に成り立ってきた芸能の本質が理解されにくくなりますし、“民俗”を押しすぎても芸術的感動や表現、クオリティが担保されにくくなり、魅力が半減します。この“民俗”と“芸能”をバランスよく捉えて紹介し、時には外部をつなぎ調整するためのコーディネートが、郷土芸能や地域文化の継承、地域づくりの現場に必要とされています。

 

 そうした役割を担っているのが、「全日本郷土芸能協会(以下、全郷芸)」です。全郷芸は、全国の民俗芸能の保存団体、関係団体などの団体会員と、関係者、研究者、愛好者(ファン)といった個人会員を社員とする公益社団法人です 。東京の事務所を中心に、会員同士が情報交換できるネットワークを構築し、全国の郷土芸能における広範囲な情報の集約、提供、発信を行っています。

 

 また、イベント等の開催では、文化庁事業の企画制作や「全国」の冠をつけた催し、国際交流基金と連携した海外派遣等、公的かつ中央集約型の催しを多く手掛けてきました。さらに、東日本大震災をはじめ災害で被災した郷土芸能支援のために、ネットワーク網を活用した情報把握と、支援先への情報提供、マッチング等を行ってきました。

 

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全国地芝居サミット
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全国こども民俗芸能大会
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全国獅子舞フェスティバル

 特に全郷芸が得意としているのは「舞台公演」の企画・制作です。全郷芸発足のきっかけとなった約50年前の大阪万博以来(参考:伝統芸能アーカイブ&リサーチオフィス 『郷土芸能と大阪万博』http://traditional-arts.org/report/2020/11/01/898/)、国内外で多くの郷土芸能公演を手掛けてきた実績があります。

 

 地域に根差した郷土芸能を地域から切り離して舞台に乗せるわけですから、地域性や歴史、事情等の背景のリサーチを、現地調査を交えて行います。郷土芸能はアマチュアによる形無き繊細な文化です。出演にあたり、他団体との交流や演出によって簡単に芸態が変容してしまう危険性もはらんでいます。出演団体とは、主催者から提示した目的や公演時間だけでなく、出演が団体にとって何を生み出すのかという問いを与え、一緒に考えていくことをいつも念頭に置いています。

 

郷土芸能と異分野の出会い

 東日本大震災によって、東北の郷土芸能の多くが継承の危機に陥りました。それでも次々と復活するその姿は、伝統や保存・保護の対象だと思われていた郷土芸能のイメージを大きく覆しました。また、東京五輪のようなビッグイベントを契機に、日本独自の郷土芸能を観光等でも活用しようという動きも加速化しました。

 

 震災後10年ほどの間に、郷土芸能を取り巻く環境は大きく変わりました。様々な分野、職業の人が、郷土芸能の可能性に興味を持つようになったのです。私が所属する全郷芸や個人SNS等にも連絡が頻繁に入り、郷土芸能バブル期のようでした。私自身、異ジャンルの人の特性やニーズをヒアリングし、全郷芸で培ったネットワークと知識をもとに、郷土芸能をマッチングし、現地までアテンドするような個別窓口的役割を担うようになっていきました。

 

 異分野との出会いや交流は、芸能団体の継承活動における新しい視点やモチベーション向上のきっかけとなりました。芸能団体への入会者の増加や体験ワークショップのような自主企画の開催等、これまで見られなかった動きが出始めました。

 

縦糸横糸合同会社の立ち上げ

 震災後の郷土芸能バブル期、私は映像・広告業界にいながら、その業界の消費文化を憂いていた山田雅也氏と出会い、2016年に「縦糸横糸合同会社(以下、縦糸横糸)」を東北で立ち上げました。私が専門とする“縦糸”(地域に受け継がれてきた文化)と山田氏のような“横糸”(新たな分野・異分野)が出会うきっかけづくり、両者を適切に結び付け、再解釈・新解釈を生み出すこと、その概念を具現化し、地域住民が使えるよう社会実装すること、それらが地域文化の後継者の継承モチベーションの向上につながっていくことを目的としています。

 

◎イメージの整理と情報発信、プロデュース

 縦糸横糸は、郷土芸能との出会い方のコーディネートにも力を入れています。郷土芸能は難しい、閉鎖的といったイメージが強く、また知るための入口や情報が散乱し、更新もされていません。興味がない人、知らない人は情報がなければ関わる術がありません。興味や魅力を感じなれければ、地域を訪れることもありません。芸能側も、ただ受け継ぎ渡していくだけでない、能動的な継承の方法や視点が生まれれば、刺激になるでしょう。

 

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郷土芸能のイメージを変えるビジュアル

 そこで縦糸横糸は現地に足を運び、情報の元になる資料や人を徹底調査し、郷土芸能を構成する要素をピックアップします。中でも大事だと思われる要素を軸に、芸能×アーティストやデザイナー、企業といった、芸能とは異なる視点で表現する人材や予算をマッチングし、映像や媒体、商品として具現化するプロデュースを行っています。

 

◎郷土芸能の活用と継承者・関係人口の育成

 郷土芸能は、公演だけではなく、体験や観光活用、現地での奉納見学等、ニーズが多岐に渡ってきています。しかし、芸能側には受入体制やノウハウがありません。謝礼等条件も定まっておらず、そもそも担い手は一般人で、日常生活に支障が出るような依頼は不可能です。芸能側が無理をしたり、負担を抱えたりしないよう中間に入って調整するコーディネーターがますます必要になってきています。なぜそれを公開・体験してもらいたいのか、体験者や鑑賞者に何を感じてもらいたいのか、受入側の芸能や地域に還元できるものは何なのか、芸能の未来に寄り添ったコーディネート、企画を心がけたいものです。

 縦糸横糸では、芸能に関わったことがない、あるいはこれから地域で関わってくれるであろう異分野や次世代を中心に、芸能の用具や衣装の造形・色から興味の入口をつくる体験ワークショップや、子供自身が祭りを取材し、模擬テレビ番組を作る企画等を開催してきました。

 

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継承者・関係人口につながる体験企画

 地域に伝わってきた固有の文化を残すためだけではなく、現代の人や次代の人にとっての発展や発想につなげたい。興味や楽しみを芸能の中に自ら見出し、将来携わりたい、関わりたいというきっかけを提供すること、その中から継承者、関係人口が増えていくことを常に意識しながら企画をつくっています。

 そしてそのベースを形作るのは、民俗、いわゆる郷土・地域の中での人々の生活・くらしで、それは私たちの生き方に直結するものでなければならず、郷土芸能が、社会生活に密接な関係にあるものと、多くの方に気づいてもらう必要があると思っています。過疎・少子高齢化で、伝承地だけでの継承は困難となり、外からの関わりや新たな継承のあり方を検討する時代に突入しています。

 

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青森県八戸市の「えんぶり」。2月17日〜20日、市内に数千人ものえんぶり継承者が溢れかえる

地域で暮らす豊かさ

 震災によって、外の人たちが閉じられていた地域の情報をインターネットやSNSなどで眼にすることができるようになり、また実際に足を運ぶ人たちも増えてきました。その属性は、芸能に興味があるファンだけでなく、地域おこしや活性化に関係する人、芸術やデザインに関わる表現者、日本の精神的な文化に興味がある外国人旅行者など、多種多様で、こうした人たちに、地域・地方にいながらにして出会えるようになったのが震災以後でもあります。

 

 またコロナ禍では、在宅やオンラインが推奨されたことで、都会にいる必要性は薄れ、より自らや家族の時間や生き方の選択の意識が高まりました。仕事をドロップアウトしたら地方に住みたい、帰りたいという60・70代、子供を地方で育てたいという30代・40代の保護者世代の声を、都会ではよく耳にするようになりました。ふるさと納税などの高まりもその流れでしょう。地域に豊かさを求めたい、可能性を見出したい人は確実に増えています。

 

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三陸国際芸術祭2022in岩手県洋野町(全郷芸企画)
上から、県内高校郷土芸能部による芸能交流|地域資源を取り扱う企業によるレクチャー|芸能の未来と可能性を語り合うミーティング

 

 教育、福祉、医療、環境、観光、経済…様々な人材と要素が絡み合う、オールマイティな地域資源の集合体が郷土芸能や祭りです。​これらの円滑な運営が、地域づくりや人材育成につながるという視点を持ちたいものです。例えば、地元企業が郷土芸能を応援することが、地域に根差した素晴らしい人材の発掘と育成に繋がり、彼らがその企業に入社してくるという循環につながっていく可能性もあるのです。

 

 ちなみに縦糸横糸では、2022年度に公益財団法人仙台市市民文化事業団「持続可能な未来へ向けた文化芸術の環境形成助成事業」の助成で『仙台げいのうの学校』を企画し、以下のようなキャッチコピーのもと実施しました。

 

“民俗芸能”を継ぐ人たちが、出会い、つながる。
見る人支える人、みんないっしょに、これからを語り合う。
「人が出会い、考える【場】=学校」を仙台で開校します。

 

 仙台は東北一の都市で、企業・学校も多く、各地からの出身者や移住者が集まります。市民が、芸能を継ぐ人に出会うきっかけを作ろうと一般に呼びかけたところ、20名ほどの“生徒”が集まりました。芸能ファンはもちろんのこと、子育て世代や経済畑の人、大学講師や地方出身者、外国人、市内芸能団体の皆さん、そして子供たち。都市らしい多様な属性が集まり、様々な視点で郷土芸能に触れ、継承や関わり方への意見やアイディアを出し合っています。

 

 私たちは、地域で伝えられてきた文化が、現代・未来社会を生きる人たちと有機的に結びつくことを願って、弛まず活動しています。

 

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仙台げいのうの学校(縦糸横糸合同会社企画)
上から、福岡鹿踊・剣舞体験|生徒と芸能団体のディスカッション|芸能に興味を持つ子供達

 

小岩秀太郎 プロフィール

1977年岩手県一関市生まれ。郷土芸能「鹿(シシ)踊」伝承者。郷土芸能のネットワーク組織(公社)全日本郷土芸能協会で芸能の魅力発信や災害復興支援、コーディネートに携わる。東日本大震災を契機に、出身者・首都圏在住者が芸能でつながる「東京鹿踊」プロジェクトならびに「縦糸横糸合同会社」を設立。地域に伝わる民俗芸能や祭り等“縦糸”の文化を縒り出し、多分野・他視点の“横糸”を交差させ再定義する場のコーディネートと、次世代への伝達方法を検討・実践する企画提案を国内外で行っている。