一般社団法人 地域創造

特別寄稿 ビューポイント view point No.18

 地域創造のリージョナルシアター事業の派遣アーティスト、アドバイザーとして全国各地の公共ホールとともにアウトリーチや市民参加劇などに取り組んできた劇作家、演出家の岩崎正裕さん(劇団太陽族代表)。長年にわたる地域との関わりについて振り返っていただいた。

 

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岩崎 正裕(劇作家・演出家、劇団太陽族代表)

 関西を拠点とする劇団太陽族の代表を、旗揚げから40年このかた務めている。劇団では毎年新作を発表し、地道に作品を作り続けているが、様々な地域に出かけて市民参加演劇やワークショップに取り組むことも多くなった。私にとっては劇団での創作と地域に出かけることは地続きで、地域からもらった閃きが劇団での創作に生き、それをまた地域に還元して自己の中で良い循環が生まれる。それが創作を続ける原動力となっているように思う。記憶に残る人びととの出会いやその成果をまとめてみよう。

 

 

●市民広場のような市民参加劇

 

 2009年3月に長崎ブリックホール開館10周年事業として「the Passion of Nagasaki」が上演された。9歳から66歳までの65人の市民が参加し、私は総合演出であった。この作品は長崎の100年史を演劇で辿るというもの。台本は北九州在住の劇作家、泊篤志さん。「passion」には受難の意味がある。軍艦島での炭坑労働や原爆投下、長崎大水害の場面などが盛り込まれた。この作品を作るために前年度には、泊さんによる戯曲講座が開催された。そこで生まれたこの地域が舞台の様々な戯曲が、本作に生かされた訳である。

 

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「the Passion of Nagasaki」(写真提供:長崎ブリックホール)

 

 稽古の後半には当時市長だった田上富久さんも訪れ、市民役者たちを激励した。行政と市民の距離が近いのも長崎市の特徴である。市民役者の中には定年退職を機に志願した者、教員、医療関係者、銀行員など様々な職種の人びとがいた。それはまさに「市民広場」のような空間となった。小学生は4時頃に稽古場に到着し、早く稽古に来た大人たちがその日の学校からの宿題の面倒を見る。作品のクオリティーを高めることはもちろんだが、一人一人の関わりが地域の活気を醸成する。そのことを思い知らされた滞在の日々だった。

 

 

●子どもたちの柔軟な発想に舌を巻く

 

 地域でのワークショップを実施するに当たって、その特性に応じて新たなプログラム作りを依頼されることも多い。これは2014年茅野市民館を軸とした小学校アウトリーチでの出来事。担当者から「縄文」をキーにプログラム作りをお願いしますとのことであった。いささか唐突であったので、その理由を訊いてみた。「仮面の女神という土偶が出土して、街は盛り上がってるんです」とのこと。嫌な予感がした。

 

 縄文人は弥生人に駆逐されたのではなかったか。負のイメージを持ったまま小学生と向き合うことは出来ない。まずは縄文時代について知る必要がある。担当者は尖石縄文考古館に案内してくれた。学芸員さんに説明を聞きながら館内を回っていると、「この火焔式土器の焔の模様、デザインしたのは男だと思いますか、女だと思いますか」と学芸員さん。私は答えに窮した。

 

 火焔式土器には煮炊きに使われた痕跡がある。「生活用品にこんな無駄な模様を施すのは男だと思います」と言葉を発した学芸員さんは男性だった。学芸員さん自身、子どもの頃に畑で黒曜石の矢じりを発見し、縄文の魅力に取りつかれたのだという。聞けばその土器が作られたのは4000年前~5000年前。定説というものが存在しないそうだ。おぼろ気ながらアウトリーチプログラムが浮かんだ瞬間だった。

 

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縄文ワークショップ

 

 当日は小学校に土器のレプリカを持ち込み、どんな風に使ったかを考えてもらった。あるグループは、女性に火焔式土器を差し出す男性の場面を作った。結婚指輪の代わり、ということだった。「自分はこんな素敵な模様をつけられます」という意味らしい。柔軟な発想に舌を巻いた。

 

 縄文時代は狩猟と木の実などの採取が中心で、それが平等に分配される社会だった。富の集約が始まるのは稲作が始まる弥生時代以降。これが我々の現代社会へつながる。縄文人は弥生人と混血し、そのDNAは今も私たちの中に残されているという。当初の懸念は払拭され、子どもたちとの時間を過ごせたことは何よりだった。根気強く情報の収集に立ち合ってくれた職員の姿勢がプログラムに反映されたと云える。

 

 

●その土地、その人ならではの物語

 

 関西在住の私にとって、最も遠方での仕事となったのは、深川市文化交流ホールみ・らいとの作品づくりである。北海道空知地方に位置する深川市は人口2万人。3ヶ年の継続事業で「異色のコラボ」と銘打って、様々なジャンルの異なるアートを舞台でつなげようとの試み。ピアニストの中川賢一さんと私は3年間を通じて関わった。

 

 初年度は子どもダンスあり、ヒップホップあり、クラシックもあれば演劇仕立ての場面もありと賑やかな舞台。2年目は写真や絵画、書道に絵手紙など、どちらかと云えば舞台表現に不向きなジャンルの方々に舞台に上がっていただき、創作の方法や苦労をお聞きするというもの。「次の文化の担い手が育たない」と書道家の方が嘆かれたのが印象深かった。

 

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「音楽劇 みらいSHOW学校 劇と音楽の展覧会 時をこえて深川」
中川賢一(左)と村上敏明
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「音楽劇 みらいSHOW学校 劇と音楽の展覧会 時をこえて深川」
5つの劇のひとつ『真悲死(まかなし)』のシーン
(写真提供:深川市文化交流ホールみ・らい)

 

 コロナ禍による中止を挟んでの2021年12月、いよいよ3ヶ年の締めくくりとして「音楽劇 みらいSHOW学校 劇と音楽の展覧会 時をこえて深川」に取り組んだ。この企画は戯曲講座からスタートし、市民劇作家の短編戯曲を音楽でつないでいくというもの。講座に参加した市民の中に、戯曲初挑戦の村田信子さん(72歳当時)がいた。村田さんは身近にあった事件を題材とした。酒浸りの父を過失によって亡くし、その不幸が孫にまで連鎖してしまうという痛ましい物語。この土地で長く暮らしてきた村田さんだからこそ書けた作品。土地の記憶を留めること、新しいことに挑戦する意欲。その両方の大切さを教えていただいた。

 

 

●点在する世界の中心を拡大する

 

 近年の事例を紹介させていただこう。2023年~2024年にかけて、和歌山県で実施した公共ホール創造ネットワークモデル事業(*)に関わらせてもらった。県が主導してかつらぎ町、串本町、上富田町で事業を展開するというもの。劇作や演出で地域と関わることが多かったが、今回はコーディネーターという立場で参加する。音楽の北島佳奈さん(Vl.)、上野絵理子さん(Pf.)とダンスユニット、セレノグラフィカの隅地茉歩さん、阿比留修一さんが参加アーティスト。私の仕事は音楽とダンス、その双方の仲立ちをせよということらしかった。

 

 この事業は2023年度は小学校アウトリーチに赴き、2024年度はそれを各町での公演につなげるというもの。音楽とダンスは、同じアートと一括りにされがちだが、アプローチの仕方は随分違う。どちらかが主であっても従であってもいけない。双方の歩み寄りから、妥協的でなくより高みを目指すプログラムを作ることが求められる。アーティスト同士の、長い時間の話し合いから、それぞれの考え方を共有し、なだらかに合意が形成されていった。

 

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公共ホール創造ネットワークモデル事業「音楽とダンスが出会う夢の旅~響きの先のあしたへ~」
『シャコンヌ』(写真提供:和歌山県)

 

 結果的に子どもたちに手渡されたのは、音楽とダンスに垣根はないということ。2年目の公演では、これまでに観たことがないような作品が立ち上がった。最終曲は北島さんが独奏で、最大の集中力をもって奏でるバッハの「シャコンヌ」。隅地さんはウェディングドレスに目隠し。阿比留さんは正装で赤い花を舞台に散らしていく。何とも形容しがたい悲しみが空間を満たしていく。それは最先端のアーティスティックな表現だった。

 

 上富田町の終演後のロビーで「わからん、わからん」と呟きながら帰る観客がいたが、私は問いたかった。「あなたの人生も、私の人生も、わからんことばかりじゃないですか」と。名付け得ぬものを表現する力が音楽にもダンスにもあると確信するに至った公演だった。全公演終了後の客席で事業に関わる全ての人が一言述べる機会があった。照明の岩村源太さんはこう締めくくった。「私はどこにいても、今日世界の中心はここだと思います。今日、私にとっての世界の中心は和歌山のこの劇場です」と。

 

 長々とまとめる必要もないだろう。アートによる地域との関わりは、点在する世界の中心を拡大する作業なのだ。

 

 



*公共ホール創造ネットワークモデル事業
地域創造が2022(令和4)年度から取り組んでいる事業。都道府県内の公共ホール間の連携の促進、公共ホール職員等の企画制作能力の向上を図ること等を目的に、都道府県等を中心に市町村の公共ホールが協働・連携して取り組む2カ年事業。地域創造から企画に応じてコーディネーターを派遣し、クラシック音楽・現代ダンス・演劇等の複数ジャンルのアーティストの交流により、1年目の相互理解を深める研修および新たなアウトリーチプログラムの開発と実施、2年目の舞台作品の創作と巡回公演および地域交流プログラムを支援。

 

岩崎 正裕(いわさき まさひろ) プロフィール

三重県鈴鹿市生まれ。劇作家、演出家。劇団太陽族代表。1997年に『ここからは遠い国』で第4回OMS戯曲賞大賞を受賞。劇団外での劇作・演出も多く、市民参加劇やワークショップにも定評がある。2008年度からスタートした地域創造のリージョナルシアター事業を契機に地域の公立ホールと数多く関わり(2013年から派遣アーティスト、16年からアドバイザー)、地域における演劇の可能性を追求。