2024(令和6)年度「地域創造大賞(総務大臣賞)」を受賞した岐阜県県民ふれあい会館・サラマンカホール。2012年からふれあいファシリティズが指定管理者として運営し、一流の音楽家の鑑賞機会を提供するだけでなく、少年少女合唱団、子どものためのオペラ、0歳からのコンサート、安価な料金の「フラットシリーズ」、弦楽器貸与事業など、専門性と地域性を両立する取り組みを実践してきた。現場をリードしてきたサラマンカホール支配人の嘉根礼子さんに寄稿していただいた。

嘉根 礼子(岐阜県県民ふれあい会館・サラマンカホール 支配人)
●“専門性と地域性”の両立を実現
2025年1月17日、令和6年度の地域創造大賞の表彰式に出席した。
「専門性と地域性の両立を実現」という受賞理由は、我々が目指してきたホールの姿であり、対極ともいえる2つの方向性を大切に考えてきた事業展開を認められたことが、何より嬉しかった。
指定管理者としてサラマンカホールの運営に携わって13年。公共文化施設(劇場・音楽堂)としての役割をどのように果たしていくのか、という課題は、片時も私の頭から離れることはない。地元の一企業が日本有数のクラシック音楽専用ホールの運営を託され、その重責にどのように対峙してきたのか、これまでの道のりを振り返ってみたい。

●“敷居の高い”ホールから“愛される”ホールへ
サラマンカホールは2024年に開館30年を迎えた岐阜県が所有するコンサートホールである。舞台正面にはオルガンビルダー辻宏によるパイプオルガンが設置され、舞台は大きくフルオーケストラがのる広さを確保しながら、客席数708席という贅沢な音響空間。ホール内部は木のぬくもりが感じられる美しい装飾がなされ、天井にはウィーンのムジークフェラインザールばりのゴージャスなシャンデリアが6基下がっている。しかし、この目を奪われるような美しいホールの最大の特長は、アーティストや観客がこぞって絶賛する音響の素晴らしさにある。

ところが、美しすぎるホールゆえか、地域の人々に「敷居が高い」と思われていることを運営に携わってみて初めて知った。それは、サラマンカホールの役割がそれまで「鑑賞事業」の提供のみに限られていたことに由来する。地域の芸術拠点としての責務を持つ県立ホールが「これではいけない、地域の人々に愛されるホールを目指そう!」と考えたのが我々の出発点である。
●指定管理者としてやるべきは「仕様書」を超えること
全国の舞台芸術の公演を主目的とする施設の管理運営は、2024年の全国公立文化施設協会による調査では、その*61.5%が指定管理者に委ねられている。指定管理者が施設を運営するにあたっては、設置者の県市町村が示す「仕様書」、つまりそこに書かれた”業務内容やその基準“に沿うことが義務付けられている。
しかし、この「仕様書」にある“業務内容”とは行政が定めているもので、ソフト面においてこれらを踏襲しているだけでは、何の発展もなく創造性もない。
我々はまず、「仕様書」に書かれていない3つの事業に着手することにした。
1.レジデント事業としてホール付属の児童合唱団を設立する
2.「子どものためのオペラ」を制作し毎年上演する
3.青少年育成のための音楽教育プログラムを立ち上げる
1.レジデント事業は地域の誇り
CORO Junior
「サラマンカ少年少女合唱団」、通称コロ・ジュニオールは、運営を開始した翌年に設立した合唱団である。ところが、この募集に地元の児童合唱団からクレームが届いた。「ホールが合唱団を作ったら、団員を取られてしまう」。地域に溶け込もうと思った行動が逆に既存の団体の反発を招いてしまった。地元と密着するには、まずは挨拶と丁寧な説明が必要なのに、それを忘れて礼を欠いてしまったと大いに反省。多くの教訓を得ながら何とか穏便に船出をし、今年で12年。現在53名の団員が活動し、2025年3月末の定期演奏会には、コロナ禍で全曲上演が叶わなかったオリジナルのミュージカル『音どろぼうと凸凹探偵団』(作曲・音楽指導:谷川賢作、脚本・演技指導:ごとうたくや)を完全な形で上演した。
余談だが、サラマンカホール事業部にはこれまで合唱団の卒団生が2人入社している。2人とも大学で音楽を専攻し、そのうち1人はアートマネージメントを学んで古巣に戻ってきた。嬉しい誤算とはこのことか、まさか合唱団で歌っていた子どもたちと机を並べるとは思っていなかった。
2.「子どものためのオペラ」はドイツ在住時代の経験から
ドイツでは、子どもたちが初めて見るオペラは決まっている。フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」である。クリスマスシーズン、子どもたちは、親に連れられて緊張した面持ちで地元のオペラ座の客席にデビューする。私も幼稚園に通う我が子の手を引いて何回も通った。ドイツでは「こうやって、子どもたちがコンサートホールやオペラ座を身近に感じる素地が出来るのだ」と納得した。
この経験をもとに、“愛されるホールを”目指すには、まずは子どもたちに足を運んでもらうこと。そして、オペラを身近に楽しんでもらおうと、これまで11作品を上演してきた。
そのうち10作品は、ホールの自主制作オペラである。どこの団体にも委託をせず、ホールスタッフで通常の業務をこなしながら、毎年オペラ制作を手掛けるのは並大抵なことではない。声楽専門の事業部スタッフがそれを支えてくれていることに心から感謝したい。

上演する作品を選び、演出家を決め、作曲家に編曲を依頼(ホールのパイプオルガンを使ったり、オーケストラ版を室内楽版にしたり)、オーデションを行って配役を決め、音楽稽古,立ち稽古、ゲネプロ、本番まで10カ月。オペラの歌唱部分は原語にこだわり、ディクション指導にも力を入れた。
これまで、『ヘンゼルとグレーテル』のほか、『アマールと夜の訪問者たち』『不思議の国のアリス(作曲家木下牧子さんに8重奏版を委嘱)』『魔笛』『森は生きている』『セロ弾きのゴーシュ』『子どもと魔法』『サンドリヨン』などを制作してきた。毎年のオペラを楽しみにホールを訪れる親子連れの姿を見て、ホールの在り方が少しずつ変わっていくのが感じられた。

3.青少年育成のための音楽プログラムを立ち上げる
岐阜県の県有施設の指定管理期間は5年間である。期間を短く区切られることが指定管理制度の短所ではあるが、それを考慮に入れてあれこれ考える前に行動に出た。運営が始まって3カ月、初年度の夏から、フルートの工藤重典さんに頼んで「アカデミー・デ・テ(夏の講習会)」を企画した。毎夏、一流の管楽器奏者がホールに集い、公開レッスンや講座、ワークショップ、そしてコンサートを行った。ジュニアオーケストラや大学のオーケストラの指導もお願いした。
「アカデミー・デ・テ」が6年続いたところで、夢のような話がホールに持ち込まれた。
愛知県にお住まいの音楽愛好家の方から、収集されていた弦楽器40本をサラマンカホールに寄贈したいというお申し出であった。
●運も味方につける、青少年育成事業の拡大へ
ただ運が良かっただけ、とは思っていない。楽器を寄贈してくださった方は、たびたびサラマンカホールを訪れ、自主企画のコンサートについて私と意見を交わしていた。あとから聞いたところによると、地域の公共ホールの企画制作力を比較しながら寄贈先を選定していたとのことだった。寄贈者は、「楽器の貸与を通して、音楽家育成に取り組めるホール」を探していたのだ。
寄贈された弦楽器の貸与については、チェリストの原田禎夫さん、バイオリニストのフェデリコ・アゴスティーニさんら音楽家と一緒に準備委員会で検討を重ね、2020年に「ぎふ弦楽器貸与プロジェクト<STROAN>」を発足させた。<STROAN>とは我々の考えたネーミングで、STRING(弦楽器)とLOAN(貸与)を合体させた貸与事業の愛称。弦楽器を学ぶ人たちに向けて、全国でも珍しいこのプロジェクトの周知に奔走した。


現在、小学校4年生から上は50代の弦楽器奏者まで、ドイツに留学している2名も含めて34名に弦楽器を貸し出しており、これまで合計78名の弦楽器奏者が貸与楽器を使って修練を重ねてきた。その中には、オーケストラの入団試験に合格し、今ではプロオケの副首席奏者として活躍しているメンバーもいる。貸与期間は2年(1回の更新が可能で最長4年)。1年に一度、成果発表の場としてサラマンカホールでのSTROANコンサートに楽器を持って集まり、公開レッスンやソロ及びアンサンブルのコンサートに参加する。

●地域の人たちの応援を受けて
このプロジェクトを開始して驚いたことがあった。地元紙に弦楽器寄贈のこと、オーデションの告知、貸与者決定の記事など、事あるごとに取り上げていただいたからだろうか、STROANコンサートに、毎回びっくりするほど多くのお客さまが訪れる。公開レッスンでさえ100名以上の方々が聴講される。ある時、ヴィオラの講師が不思議に思って「この中で、弦楽器を弾いている方は?」と聞いたことがある。手が挙がったのは2名だった。

我が町の楽器を使って音楽家を目指している弦楽器奏者を、温かい目で見守ってくださる地域の人々。毎年、その成長を楽しみに見ながら「あの子、上手になったね」と声をかけてくださるお客さまもいる。地域が貸与者(STROANメンバー)を支え、貸与者(STROANメンバー)の演奏が、地域の人たちに喜びを与える。我々はそのお手伝いを少ししているだけだ。

自然に出来上がったこの音楽家×地域の人々との温かい関係性が、この先もずっと続いていくよう陰ながら支えられればと思っている。2025年のSTROANコンサートは、7月と11月の2回。全国から集まる貸与者たちが新しいコミュニティを作って、親しく交流する姿を見るのも嬉しい。
●サラマンカホールの新しい挑戦
今回ご紹介したのは、“愛される”ホールとして努めてきたことのほんの一端。地域の芸術拠点として存在するホールの運営には、常に触角を働かせた新しい挑戦が必要だと感じている。クラシックのホールではあるが、能や日本舞踊などの日本の古典とパイプオルガンで新しい作品に挑戦し、現代音楽の公演では作曲家三輪眞弘さんと協働し「第20回佐治敬三賞」(サントリー芸術財団)を受賞した。これらの新しい挑戦は、実は天から与えられたような美しい音響を持つサラマンカホールのポテンシャルに助けられていることも、ここに付け加えたい。

*令和6年度 劇場・音楽堂等の活動状況に関する調査報告書(公益社団法人 全国公立文化施設協会)「指定管理者導入状況」による。
嘉根 礼子(かね れいこ) プロフィール
岐阜市出身。武蔵野音楽大学音楽学部(ピアノ専攻)卒業。成城大学文芸学部(西洋美術史専攻)卒業。1993年ドイツ、デュッセルドルフ市「Japanwochen」文化事業に携わったことがきっかけでアートプロデュースの世界へ。2012年より岐阜県県民ふれあい会館・サラマンカホール支配人。2020年サラマンカホールの自主企画事業「三輪眞弘祭―清められた夜―」が「第20回佐治敬三賞」(サントリー芸術財団)、2025年1月に「令和6年度地域創造大賞(総務大臣賞)」を受賞。