一般社団法人 地域創造

特別寄稿 ビューポイント view point No.23

アーツカウンシルしずおかでは、高齢者の独創的な表現活動を「超老芸術(ちょうろうげいじゅつ)」と名づけ、その発掘と活動を支援するプロジェクトを展開している。チーフプログラム・ディレクターとしてプロジェクトを牽引しているのが、介護福祉士として知的障害者福祉施設で勤務した経験を持ち、アウトサイダー・アートのキュレーターでもある櫛野展正さん。表現活動は高齢者にとっての「生存戦略」であるという櫛野さんに、アーツカウンシルしずおかでの取り組みについて寄稿していただいた。

 

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櫛野展正(アーツカウンシルしずおか チーフプログラム・ディレクター)

 

●「生存戦略」としての表現

 

 僕の活動の原点は、かつて介護福祉士として働いていた障害者支援施設での日々にあります。そこで目にした光景は、それまで僕が漠然と抱いていた「芸術」や「表現」という言葉の概念を、根底から覆すものでした。施設には、言葉でうまく意思を伝えられない方や、周囲との関わりの中で生きづらさを抱えている方が多く生活していました。しかし、彼らの中には、毎日決まった時間に決まった場所で、ひたすらにチラシを細かく切り刻んだり、ガムテープを丸めて巨大な塊をつくったり、あるいは独り言のようにノートをびっしりと文字で埋め尽くしたりする人々がいました。

 

 それらは誰かに見せるためのものでも、売るためのものでもありません。ただ、そうせずにはいられない差し迫った衝動、いわば「生存戦略」としての表現でした。彼らにとって描くことやつくること、あるいは壊すことは、変化の激しいこの現実世界で自分を保ち、なんとか今日を生き抜くための、たったひとつの手段だったのです。この「表現せずにはいられない」という剥き出しのエネルギーに触れたとき、僕は、美術教育の枠組みの中にある上手さや正しさがいかに小さなものかを痛感しました。

 

●ホワイトキューブの外側へ

 

 その後、僕はその施設を運営する法人が立ち上げたアール・ブリュット美術館「鞆の津ミュージアム」のキュレーターとなり、退職後は自身の拠点であるアートスペース「クシノテラス」を立ち上げました。一貫して取り組んできたのは、既存の美術界の枠組みからはみ出してしまった、いわゆる「アウトサイダー・アート」と呼ばれる表現者たちの発掘と紹介です。

 

 日本全国を駆け回り、ヤンキー文化の文脈で独自の装飾を施す人々、確定死刑囚の描く絵画、あるいは自宅を何十年もかけてセルフビルドし続ける高齢者など、多種多様な表現と出逢いました。そこで確信したのは、優れた表現はホワイトキューブ(美術館やギャラリー)の中だけに存在するのではなく、僕たちの暮らしと地続きにあるということです。 

 

 彼らの多くは、自分の営みを「芸術」だとは思っていません。しかし、彼らがつくり出したものには、他人の評価を一切介さない独自の評価軸と、圧倒的な個の強さが宿っています。自分を取り巻く困難な状況や、抱えきれない不安を形にすることで、なんとか自分自身を立て直そうとする。僕は、完成した作品の美しさだけでなく、彼らがなぜそれをつくらざるを得なかったのかという、背景にある「生きるための切実な必要性」を世に問いたいと考えてきました。

 

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宮﨑甲子男さん(1924‐2016)と福島県いわき市の「喫茶ブルボン」にて

 

 

●「超老芸術」という希望

 

 現在、僕はアーツカウンシルしずおかのチーフプログラム・ディレクターとして、高齢者の独創的な表現活動を「超老芸術(ちょうろうげいじゅつ)」と名づけ、その発掘を続けています。 アーツカウンシルしずおかの根幹には、特別な才能を持つ誰かだけでなく、ひとりひとりに固有の創造性が宿っているという強い信念があります。目指しているのは、アーティストを支援することにとどまらず、「全ての県民が表現者になる」という社会の実現です。超老芸術の発掘も、まさにその思想の実践にほかなりません。
 
 日本全体で見れば、2035年には人口の約3人に1人が高齢者となる、さらなる超高齢社会の深化が予測されています。これまで高齢者の芸術活動といえば、盆栽や書道、絵手紙といった趣味や習い事の枠組みで語られがちでした。しかし、僕たちが注目しているのは、そうした型を軽々と飛び越え、老いさえも表現の燃料に変えてしまうような、力強い高齢者たちの姿です。 

 

 高齢期は、身体の衰えだけでなく、仕事や社会的役割の喪失、さらには大切な人との死別といった「対象喪失」など、人生の大きな困難に直面しやすい時期でもあります。僕が出逢ってきた超老芸術のつくり手たちの多くも、そうした深い喪失感や孤独、あるいは病による絶望をきっかけに、何かに突き動かされるように創作を始めていました。

 

 かつての仕事への未練や、失った家族への癒えない悲しみ。そうした、社会の中では捨て去るべき負の感情とされてしまうものさえも、彼らは表現の源泉に変えてしまうのです。彼らにとっての表現は、心にぽっかりと空いた穴を埋め、崩れそうになる自分を繋ぎ止めるための、欠かすことのできない営みなのです。

 

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日本各地で出逢った超老芸術のつくり手たち

 

●止まっていた針を動かす

 

 2023年に静岡市のグランシップで開催した「超老芸術展」では、全国から22組1,500点以上の作品を集めました。そこで目にしたのは、老いによる身体の不自由さえも独自の工夫で乗り越えた表現や、何十年という膨大な時間をかけて、ただひたすらに同じ行為を繰り返すことで生み出された、見る者を圧倒する濃密な世界の数々でした。 

 

 特に印象深かったのは、会場を訪れた出展者の多くが、見学者に対して自主的に自分の作品解説を始める姿でした。それまで「介護をされる側」だった高齢者が、自らの表現を誇らしく語り、他者と対等に交流する。その生き生きとした表情や振る舞いは、表現が生活の質(QOL)を劇的に向上させる力を持っていることを明確に示していました。

 

 展覧会を鑑賞したシニア世代の方々が、「自分もまだ何かできるかもしれない」「これなら自由にやっていいんだ」と目を輝かせて語る姿を見たとき、表現には、止まりかけていた時計の針を再び動かし、自らの人生を鮮やかに塗り替えていく力があるのだと改めて感じました。 

 

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「超老芸術展」は、来館者の半数以上が高齢者の方たち

 

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展覧会だけでなく、超老芸術のつくり手と若者世代が対話を交わす座談会も開催

 

 2025年1月から2月にかけては、静岡県内の高齢者施設で超老芸術を使ったモデルプログラムを実施しました。これは、単に外部から楽しみを届けるようなアウトリーチではありません。高齢者がひとりの表現者として、自身の内面を解放する場をつくる試みです。特に重要視したのは、作品を見て対話する「対話型鑑賞」と「絵画制作ワークショップ」です。

 

 作品を「正しく理解する」のではなく、作品を「鏡」として自分の人生を語る。対話型鑑賞の場では、驚くべき光景に何度も出逢いました。認知症を患っている方も含め、参加者が目の前の作品に刺激され、自身の深い長期記憶を鮮やかに呼び起こしたのです。かつて見た風景、肌で感じた季節の空気、大切な人との記憶。それらが作品を介して次々と溢れ出し、鮮明な言葉となって紡ぎ出されました。このプロセスは、こぼれ落ちそうになっていた自分の人生をもう一度肯定的に繋ぎ直す「自我の統合」において、極めて有効であることが分かりました。


 絵画制作ワークショップでは、60歳から独学で絵を描き始めた本田照男さんに協力を仰ぎました。静岡県沼津市在住の本田さんは、ある夜、バッハの音楽を聴いて、まるで自分の手が勝手に動き出したかのように突然、創作を始めた人です。美術の教育を受けたわけでも、誰かに教わったわけでもなく、ただ内側から湧き上がる熱量だけで筆を走らせる。

 

 本田さんが参加者の隣で、「丸、三角、四角を繰り返し描けば誰でも描ける」「自由にやっていいんだ」と語りかけると、それまで上手く描けないと不安そうだった方々の筆が、驚くほど滑らかに動き始めました。これまでの介護現場では、スタッフが完成をサポートしすぎてしまう、いわば先回りしたケアの結果としての創作が多く見られましたが、今回目指したのは、失敗も含めた本人の選択です。

 

 自分で色を選び、形を置く。その小さな主体性の積み重ねが、彼らの表情を劇的に変えていきました。さらに、それまで「手のかかる高齢者」として接していた職員や家族が、作品を通じて、その人の底知れない創造性に触れ、一人の人間として尊敬の念を抱き始める。表現は、ほころびが生じていた関係性をも修復する力を持っていました。 

 

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本田照男さんの「富士山」をモチーフにした作品での対話型鑑賞会

 

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高齢者施設での本田照男さんによる絵画制作ワークショップ

 

●「不可欠なインフラ」としての文化芸術

 

 これらの実践に基づき、2025年7月に「高齢者の文化芸術振興に関する提言書」をまとめました。ここで僕たちは、文化芸術は単なる余暇活動ではなく、高齢者の健康寿命を延ばし、社会的孤立を防ぐための「不可欠なインフラ」であると位置づけています。 

 

 提言では、表現を通じて社会と繋がる「文化的処方」の確立や、移動手段がなくて活動を諦めている現状を打破するためのアクセス保障を求めました。特に、認知症を抱える方や施設で生活する方々など、ひとりの人間としての背景が見えにくくなりがちな状況にある人々に対し、自身の人生を物語として語り、それを表現として形にする「ナラティブ・アプローチ」を、福祉現場のスタンダードにしていくべきだと提案しています。 

 

 一方で、提言書という公的な枠組みの中だけでは語り尽くせなかった、僕自身の切実な危惧があります。それは、多くの超老芸術が、作者の死とともに散逸・廃棄される危機にあるという事実です。家族や周囲に理解されないまま、ゴミ袋に入れられて捨てられていく作品の数々は、その人が生きた証そのものです。それを救い出すことは、個人の人生を救うことと同義ではないでしょうか。彼らが生きた証としての表現を、いかに社会の財産として保存し、次世代へ繋ぐか。制度の整備とともに、このアーカイブの仕組みづくりもまた、僕たちが向き合うべき急務だと感じています。

 

 最近、公立文化施設などで「社会包摂」という言葉が頻繁に使われるようになりました。しかし、僕は単に「弱者を助ける」というような文脈でこの言葉を捉えてほしくありません。 僕が考える真の包摂とは、社会の「正解」や「常識」から外れてしまった人々の表現を、無理に矯正したり枠に当てはめたりするのではなく、そのままの形で面白がり、受け入れる「器」が社会の側にあるかどうかを問うものです。
 
 今の社会は、効率や生産性、あるいは「普通であること」を求めすぎるあまり、そこからはみ出した人々を「支援が必要な弱者」として一括りにしてしまいがちです。しかし、彼らが放つ圧倒的な熱量や独創性は、むしろ僕たちが忘れてしまった根源的な生きる力を突きつけてきます。僕たちが「支援する側・される側」という固定された上下関係を解き放ち、対等な「表現者同士」として、互いの創造性をリスペクトしながら向き合うとき、そこには本当の意味での豊かな、そして自由なコミュニティが生まれるのだと確信しています。

 

●表現は社会の記憶になる

 

 現在の大きな関心事は、表現の「発見」のその先にあります。僕はこれまで、400名以上の市井の表現者を見つけ出し、光を当ててきました。しかし、一度光を当ててしまった以上、彼らが亡くなった後、その表現をどう守り抜くのかという発見した責任を強く感じています。 

 

 事実、2025年に本田照男さんが急逝された後、地元の有志の力により遺作展・譲渡会が開催されました。2000点近い作品がアーカイブされ、一点1000円以上のカンパで譲渡されていきました。この企画が公的な機関ではなく、地域コミュニティの自発的な連帯で成立した点は極めて重要です。本田さんの、自らを救うための祈りにも似た作品が、いま相互救済の熱量となって地域に還流しています。表現は個人の生を超えて、社会の記憶になるのです。 

 

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地域の人たちに愛された本田照男さん(1946-2025)

 

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生まれ育った西伊豆の風景を描いた本田照男さんの絵画作品

 

 表現せずにはいられない人々の衝動は、今この瞬間も、どこかの居間や施設の片隅で、静かに燃えています。その火を絶やすことなく、社会の側がその熱を受け取り、共に生きていくこと。老いを、恐れるべき終わりの始まりではなく、誰もが「表現者」としてかつてない自由を手に入れる新たな創造の始まりへと書き換えていきたい。それが、僕がこの静岡で取り組んでいきたい仕事です。

櫛野展正(くしの のぶまさ)プロフィール

広島県出身。京都芸術大学大学院芸術研究科修士課程修了(MFA)。2000年より知的障害者福祉施設で介護福祉士として勤務する傍ら、2012年から広島県福山市鞆の浦の「鞆の津ミュージアム」にてキュレーターを務める。2016年4月にアウトサイダー・アート専門スペース「クシノテラス」を開設し、独立。表現せずにはいられない人々に焦点を当て、全国各地で取材を行いながら、執筆や展覧会の企画・運営に携わる。主な著書に『超老芸術』(ケンエレブックス)、『アウトサイド・ジャパン 日本のアウトサイダー・アート』(イースト・プレス)、『アウトサイドで生きている』(タバブックス)など。2021年よりアーツカウンシルしずおか チーフプログラム・ディレクターに就任。2022年、総務省主催「令和3年度ふるさとづくり大賞」にて「クシノテラス」が団体表彰(総務大臣賞)を受賞。