一般社団法人 地域創造

特別寄稿 ビューポイント view point No.25

まつもと市民芸術館が2024年度から新・芸術監督団での運営体制に移行し、団長に古典演目の現代化を目指す「木ノ下歌舞伎」主宰の木ノ下裕一さん(1985年生まれ)が就任した。2004年の開館から同館を率いた初代串田和美芸術監督による体制からより幅広い活動を展開できるよう木ノ下さん(演劇部門)、倉田翠さん(舞踊部門)、石丸幹二さん(ゼネラルアートアドバイザー)の3人体制となって3年目。同館のプロデュースにより全国9館で公演を行った『心中天の網島』アクセシビリティ版など、新たな体制、新たな活動について木ノ下さんにお話を伺った。

 

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撮影:平林岳志

 

木ノ下 裕一(まつもと市民芸術館 芸術監督団長/芸術監督(演劇部門)、木ノ下歌舞伎主宰)

 

●まつもと市民芸術館の新体制
 「劇場をひらく」がミッション

 

 私は、2023年度からまつもと市民芸術館(以下、市民芸術館)の参与として関わり、24年4月から芸術監督団の団長として、演劇部門の芸術監督に就任しました。これまで日本における芸術監督というと、カリスマ性のある演出家が一人で率いるイメージがありましたが、私たちは舞踊部門の倉田翠さん(演出家・振付家・ダンサー)、ゼネラルアートアドバイザーの石丸幹二さん(俳優・歌手)との3人体制で取り組んでいます。

 

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まつもと市民芸術館外観

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主ホール内観

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ロビー内観

 

 非常に驚いたのですが、初年度の1回目の会議で私から「劇場をひらく」というテーマを提案したところ、「いいね!」「実は私も……」と、全員同じ方向を見ていたことがわかりました。たとえば私は、「視聴覚に障害がある方にも舞台芸術を楽しんでいただきたい、ろう学校や盲学校でもワークショップをやりたい」、石丸さんは、「病院に長期入院している方や、子どもたちのところに出向いてコンサートをやりたい」、倉田さんも、「松本少年刑務所の受刑者や、地元のお年寄りに向けてワークショップをやりたい」と、同じ感覚を持っていて、思いが合致していました。それぞれ、どこに向かってひらいていきたいのか、対象への興味関心にも個性があって、お互いが補完できているところも、複数制の醍醐味ですね。

 

 そこから今日まで実にさまざまなことを話し合ってきました。社会の仕組みや価値観、環境がめまぐるしく変わり、市民や地域が求めることも多様化する中で、芸術監督団として受け皿が3通りあり、みんなで話し合うことができるのは、これからの公共ホールのひとつの理想の形ではないかと考えています。

 

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「みんなのコンサート はじめまして!」(2026年、松本市音楽文化ホール)撮影:円山なみ

 

 ちなみに芸術監督3人が一緒に取り組む事業として、「みんなのコンサート はじめまして!」があります。0歳の赤ちゃんからお年寄りまでを対象に、幅広い選曲で芸術監督の持ち味を生かした参加型のステージを楽しんでいただいています。これも「劇場をひらく」実践のひとつです。

 

 改めて、私がどのようにして「劇場をひらく」という考えに至ったかを振り返ってみると、芸術監督に就任する5年ほど前から、木ノ下歌舞伎が全国の公共ホールとお付き合いする中で鑑賞サポートに取り組んでいました。そして、とても可能性を感じました。考えてみると、木ノ下歌舞伎という劇団そのものが“歌舞伎へのアクセシビリティ”に実験的に取り組んできた場ともいえるわけで、「ひらく」ということがそもそも私という演劇人の軸のひとつだったんですね。

 

●全国9カ所での上演を実現
 『心中天の網島』アクセシビリティ版

 

 今夏、『心中天の網島』(2015年木ノ下歌舞伎初演)を市民芸術館のプロデュースにより、視覚や聴覚のサポートを必要とする観客が舞台を楽しむことができる「アクセシビリティ版」として再演しました。各地の公共ホールと協力しながら全国9カ所で上演できた意義は大きく、微力ながら公共ホールが取り組むアクシビリティへの追い風になれたのではないかと思ってます。劇場へのアクセシビリティはやっぱり公共ホールが率先して取り組んでいくべきだし、少しずつ底上げしていきたいですね。

 

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木ノ下歌舞伎「心中天の網島」アクセシビリティ版(2026年、まつもと市民芸術館小ホール) 撮影:田中亜紀

 

 音声ガイド、字幕、手話、通訳などをいきなり各館が自前で準備するのは大変な負担ですが、私たちがパッケージで持っていくことで実現できないかと考えました。ただ地域ごとにアクセシビリティで求められることも異なるので、各々で試行錯誤していただきました。将来的には自分たちにあった方法を見つけることが必要不可欠ですが、「アクセシビリティ版」ツアーが、その機運の高まりに繋がればと考えています。

 

 アクセシビリティについては、当事者の方だけを向いていてもダメだと思っています。「世の中にはさまざまな理由で劇場に行きづらい人がいます。でもその人たちが劇場に足を運べるのが当たり前なんです」ということを、全ての観客の皆様に知ってもらうことが大事です。木ノ下歌舞伎の「アクセシビリティ版」では、サポートを必要としない方にも字幕や手話通訳が目に入ります。この体験を通して「字幕を工夫してこのニュアンスを伝えているのか」とか、「手話ってすごく豊かな言語だな」といったことを、擬似体験してもらいたいと思っています。こうした相互理解が全ての人が安心して舞台芸術を楽しめる、心地のいい環境を育んでいくのではないでしょうか。

 

 余談ですが、近年「観劇マナー」という名のもとに、観劇環境がどんどん厳しくなっていく傾向にあります。もちろん観劇の集中力を著しく妨げる故意的な行為は問題ですが、これが過激化されると、本当に限られた人しか劇場に来なくなるのではないかと危惧しています。数時間、劇場の椅子に静かに座っていられて、狭くても暗くても恐怖を感じず、音が出ちゃうかもしれない補聴器や呼吸器をつけていない、〝健常者〟と呼ばれる人だけでマナーを厳格化していくと、どうしても弾かれてしまう人が出てくる。

 

 私が高校2年生の時、大阪の扇町公園に設置された平成中村座(江戸時代の芝居小屋の名前を冠した可動式の劇場)で歌舞伎を観たのですが、近くに消防署があって、ちょくちょくサイレンの音がした。でも幕間に役者さんが、「これも中村座の醍醐味ですから」とおっしゃった。「ここは歌舞伎座でも南座でもない、外の音も含めて舞台になっているんだ」と気づかされました。そもそも劇場って不特定多数の人と時間と空間をシェアする場所だし、周りの環境も含めて〝観劇〟なんですよね。

 

 「そういうふうに捉えてくださいね」と作り手が語りかけるだけで、「ああ、なるほどそうか」と思える。「アクセシビリティ」について思考することは、「自分とは異なる人」を想像することであり、「自分の当たり前が、他者の当たり前ではない」ということに気づくことなんです。本当の意味での作り手と受け手の信頼感について考え、豊かな劇場文化について思考することなのだと思っています。

 

●コロナ禍で気づいた2つのこと

 

 私が「公共」について深く考える契機となったのが、2020年の新型コロナウィルス感染症によるパンデミックで、そこで2つのことに気づきました。ひとつが、劇場が排除してきた人たちが存在するという事実でした。舞台芸術は、基本的にその場所に行かなければ観られません。コロナ禍では、高齢者や基礎疾患のある方など、「心配だから劇場に行きたくても行けない」という方たちを生み出しました。

 

 そうした観客のことを考えていく中で、私たちは長い間、自力で劇場に来ることができて、数時間座っていられる、聞こえる/見える人だけを前提としていたことに気がつきました。劇場の「外」を想像できていなかった、外側に届ける努力をできていなかった、自分たちの根本を問い直す必要性を痛感しました。

 

 もうひとつの気づきが、舞台芸術の外の方たちを説得する言葉の脆弱さです。コロナ禍では劇場やライブハウスへの風当たりが強まり、演劇人がさまざまな反論を展開しました。しかし、残念ながらそれらの多くは劇場文化の良さをすでに知っている人にしか届かず、「何のために劇場があるの?」という外の方を説得するには至りませんでした。私を含めて今まで演劇人は、街に劇場がある意味を伝える努力を怠っていた。このことを強く感じました。

 

 劇場、特に公共ホールは、「その街のライフラインになり得る」と確信していますし、私個人の団体である木ノ下歌舞伎にも公共性があると信じて活動しています。じっくり腰を据えてこうした気づきに向き合いたい、そのためには拠点が必要ではないか、と考えていた時期に、芸術監督のオファーをいただきました。「ぜひやってみたい」とお引受し、「劇場をひらく」をミッションにしました。

 

●スペックの高い公民館

 

 私は和歌山で生まれ、京都を拠点に活動してきました。地方の人間にとっては、公共ホールや図書館、地域コミュニティなど、大なり小なり「公共」というものに助けられてきた実感があるのではないでしょうか。十代の頃はインターネットが途上であり、情報は自分の身体を使って得るしかなかった。図書館など文化的なアーカイブを備えた公共施設が育んでくれたという実感があります。

 

 文化芸術がサブスク化して享受できる量や質が各々の経済状態に大きく左右される、格差社会が加速すると、分断が進み、失われるものがたくさんあります。生身の身体を持って集まる場所が減る中で、年齢や性別や収入を問わず集まれる場所、人々が集まってものを考えたり、ともに体験を共有できる公共劇場の役割は今こそ重要になっていくと思います。

 

 誤解を恐れずいえば、公共劇場は「スペックの高い公民館であるべきだ」と考えています。その時に重要になるのがアクセシビリティです。どんな方にも「自分とは関係ない場所だ」と思われないよう、「来てもらえたら嬉しいし、その準備はしていますよ」とアピールできる場所を用意することが、市民芸術館の重要なテーマだと考えています。

 

●

 

 現在、市民芸術館は施設の大規模な改修を行なっています(※)。この劇場が使えないイレギュラーな時間を好機と捉えて、秋からメインロビーを「シアターパーク」として活用するさまざまなイベントを予定しています。ダンスワークショップ、市民との読書会、学者や伝統芸能の実演家、小説家の方を招いてのトークイベントなど、盛りだくさんの内容を芸術監督3人でいろいろと企画しているところです。劇場が使えない時こそ、“公民館”の本領発揮!劇場は作品を上演するためだけの場所ではなく、考えたり、身体を動かしたり、体験したりしながら、みんなでいろいろなことを「共有する」場所なのです。

 

 ※改修期間は、主ホール(2025年10月〜2027年3月)、小ホール(2026年9月〜2027年2月)。

 

木ノ下 裕一(きのした・ゆういち)プロフィール

1985年生まれ(和歌山県出身)。まつもと市民芸術館 芸術監督団長/芸術監督(演劇部門)、木ノ下歌舞伎主宰。小学3年生で落語と出会ったことをきっかけに日本の古典芸能に傾倒。以来、文楽、歌舞伎、能・狂言に触れ、京都造形芸術大学在学中に歌舞伎演目の現代化を目指して自ら補綴を務める木ノ下歌舞伎を旗揚げし、京都を拠点に活動。2024年4月よりまつもと市民芸術館の現職。2026年に同館プロデュース公演として『心中天の網島』アクセシビリティ版を企画。障害のある人が「特別に」招待されるのではなく、あらゆる観客が共に鑑賞できるよう、字幕や音声ガイド、手話通訳を演出の一部として標準装備(デフォルト化)する先進的な試みを主導。セゾン文化財団2026年度セゾン・フェローII。